PFFアワード2016『人間のために』


 

こんにちは、普段はWorldNews等を書かせてもらっているIndieTokyoの三浦です。

この度、自作『人間のために』(2016)が第38回ぴあフィルムフェスティバル(以下略:PFF)コンペティション部門「PFFアワード2016」にて入選し、東京国立近代美術館フィルムセンターにて9月11日18:00~と21日15:00~の二回、上映させて頂くこととなりました!!つきましては、この映画を簡単に宣伝させてもらおうと思います。

人間のために1『人間のために』は横浜国立大学教育人間科学部人間文化課程の卒業制作として作られた映画です。卒業年度の2015年はまずイスラム国の事件から始まり、そして日本にとっては戦後70年を迎える年で、現代の反戦映画を撮りたいと考えていました。そんなことを考えて大島渚や、いろいろな映画を見ながら脚本を書いていたのですが、夏には実際に「戦争反対」を掲げる、安保法制を巡った抗議デモに参加しました。そのとき、同じ世代で抗議デモを引っ張っていたSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)という集団に「表現に関わるものとして」強く惹かれたことが僕の映画に大きな影響を与えています。実際に彼らの率いる抗議デモへ参加するうちに、新しい表現の可能性がここにあるのではないかと思ったのです。

 

人間のために3ストレートに自分の意見を言い、政治の話を当たり前に出来る社会を作りたい、という積極的なスタンスは今の日本の状況で鋭く批評的な行為だと思いました。そして、デモの空間には、うねる様なシュプレヒコールのリズムが(その短絡的なメッセージ性とは別に)どんどん多様な声を生んでいく、そうしたところに僕は自分の知っている演劇や映画の優れた表現と重なる瞬間を感じたのです。映画には何が出来るのか!!そうした経緯から僕はイスラム国のことやオリンピックの問題、シュプレヒコールを授業で取り扱って停職になった福岡の大学教授の話など、2015年に見たこと聞いたこと、そしてそれにまつわる発言や意見をモンタージュしていきながら映画を作っていったように思います。

 

映画のあらすじは以下のようになります。

 

ある大学の実験演劇部の物語。2015年7月、授業でシュプレヒコールを叫んだ先生は大学を辞めさせられた。真相を知るべく、都市の中に先生を探す生徒たち。演劇部員の里子は過激な反政府活動に熱中している。部員たちが革命のためのリハーサルを行う中、里子は政府のお役人を殺してしまう。里子を裁くため演劇部員による裁判が行われる。

 

2015年のことを記録し、政治の問題を扱うにあたって、ある視点から単純なストーリーを描くよりも複数の視点が交錯することを考え、群像劇とまでは行かないのですけど、この映画では、先生のお話、里子のお話、演劇のお話、という主に3つのラインが交錯することになります。

 

人間のために2

ゴダールとかリヴェット、ヌーヴェルヴァーグっぽいとよく言われるんですけど、実は並行してジャック・リヴェットを研究していたので、都市を彷徨う二人の女の子であったり、演劇を撮ることであったりなど、露骨に影響を受けました。ですが、リヴェットの真似をしたかったわけでは無くて、どちらかと言えば、僕が面白いと思っている演劇(特に小劇場系)の知をどのように映画に組み込めるか、ということを考えて、実験的にたくさんの台詞が映像に被せられています。

 

人間のために6

スタッフや出演者のほとんどは、僕の信頼のおける友人たちです。彼らは、パフォーマンスやインスタレーションアートなどの制作を大学で共に行っていた仲間です。演劇、ファッション、詩、ノイズミュージックに携わる仲間たち、そして映画研究部の仲間たち、多彩な人たちがこの映画に参加してくれました。

 

ここで、出演者とスタッフのコメントを三つだけ紹介します

 

戦争や政治を考えるだけでなく、その中に生きる「わたし」と「あなた」を考えること。ひとりひとりの「物語」を失うことなく、共に生きることを考えること。未来を考えること。今を考えること。

この映画の発するものが、2015年のそれぞれの感覚や記憶をまた新たにひらくのではないかと感じています。2016年の感覚や記憶も。

是非会場にいらしてください。

出演:吉水佑奈

 

映画終盤の教室のシーンをゲリラで撮ったとき、たった1時間くらいだったけれど、監督やスタッフも含めてそこにいた全員が役者になっていました。それぞれが即興的に演じ、幾つもの表現が交錯する空間が立ち上がったとき、仲間たちと共に作品をつくることの歓びを感じました。あの瞬間の興奮と熱狂がどれだけ映画に映っているか分かりませんが、僕にとっては忘れられない経験として何度も立ち返る作品です。

撮影:宮崎輝

 

この映画の脚本をはじめて読んだとき、毎日目の前のことに追われ続けていた自分の手が、ふと止まった気がしました。1年前のわたしは、正直この作品が伝えようとしていることすべては理解できなくて、自分が発する里子の言葉について考え、悩み、彼女の視点から2015年を見つめてみようとしました。そんな日々を繰り返しながら、1年経った今、この映画の持つ意味が、自分の中で少しだけ鮮明になった気がします。 

わたしがそうであったように、この作品が誰かの前向きなきっかけになることを願っています。

出演:小野寺里穂

 

出演者の一人に、本村宗一朗という同期がいるのですが、彼も僕と同じように国会前に行き、よく議論を交わし、お互いに影響を受けている仲です。彼は、2016年の一月に「人文社会系学部縮小に抗議する集団行進」を横浜のみなとみらい地区で行いましたが、もちろん僕をはじめとしてこの映画に関わった人もたくさん参加し、そのことが僕の映画の結末にも大きく影響を与えました。また、横国の映研では「デモと私」の関係について、たくさんの映画が作られました。こうした熱気の中、僕も作品を作り上げ、彼らに影響を受けています。大学のこと、政治のこと、世界と私の関係をどう捉えるか、いま必死にもがいた「学生たち」による思考群。このようにして同時多発的に生じた「変化」を受け留めながら、この映画は完成にたどり着きました。

 

人間のために5『人間のために』という大それたタイトルは、何処から来たのでしょうか。明確な理由は無いのですが、幾つかの理由から、直感的にこれしかないなということで早い段階から決まったタイトルです。所属していた人間文化課程(現在は廃止されました)では、「社畜になるな」、「孤独に思考しろ」とか「それでも人間か?」と学部一年生の頃からよく言われてきたことが大きいのかもしれません。あるいは大きく影響を受けたハンナ・アレントの『人間の条件』が大きいのかもしれません。動物という言葉が流行った時代がありましたが、そもそも私たちは人間なのだろうか?弱者を排除し、他人への尊敬が蔑ろにされている、こんな時代だからこそあえて「人間」という言葉が僕の中や、僕の周りで響いてくるのです。

 

僕は、映画だからこそ縮こまらず、貪欲に大きなテーマへと食って掛かりたいと思っています。そして、受け身で映画を消費していくのはもう止めたい。この映画を見てもらった人とたくさん話してこれからをどう生きるか考えてみたいのです。是非、ご来場よろしくお願いします!!

 

最後に予告編を下のリンクからチェックしてください!!

https://youtu.be/lN7If4PWZuA

 

【上映日時】

2016年9月11日(日) 18:00~ / 21日(水) 15:00~
※同時上映『溶ける』 ※各回とも上映後、監督、出演者など来場予定。

【場所】

東京国立近代美術館フィルムセンター

http://pff.jp/38th/tokyo/access.html

【PFF作品ページ】

http://pff.jp/38th/lineup/pff-award2016/13.html

【Twitter公式アカウント】

https://twitter.com/ningennotameni

三浦翔 横浜国立大学人間文化課程卒、東京大学大学院学際情報学府所属、映画雑誌NOBODY編集部員、舞踏公演『グランヴァカンス』大橋可也&ダンサーズ(2013)出演、映画や演劇、インスタレーションアートなどジャンルを定めず芸術の感性と政治の感性を再分配する方法について研究している。