Metoo時代に強烈なパンチを繰りだす怪作『LORO(ロロ)』


 

ソレンティーノの創る世界は、どうしてこんなに美しくもの悲しいのだろう。東京国際映画祭で公開の始まった最新作『LORO(ロロ)』は、怪作にして、まぎれもなくソレンティーノの決定版だ。悪名高きイタリアの首相ジュリオ・アンドレオッティを取り上げた『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男(原題:Il Divo)』に続く政治風刺ドラマであり、オスカーを受賞した『グレート・ビューティー』、その後の『グランド・フィナーレ』でも描いてきた「老人の見る夢」をもうひとつのテーマとしている。

 

主人公として登場するのは、実在するイタリアのリッチな実業家で名物政治家のシルヴィオ・ベルルスコーニ。首相在任中から汚職、脱税といった腐敗にまみれ、差別的表現を含んだ数々の問題発言(「ベルルスコーニ 失言」で検索すると山のように出てくる)で国内のみならず国際舞台でも物議を醸し、加えて、無罪にはなったものの、2013年に未成年の女性を買春したかどで訴追された当時は御年なんと74歳(!)であった。映画は政治的野心と性欲を満たすことに旺盛な意欲をみせるベルルスコーニが、政権を追われてから再び返り咲くまでを追う。

 

『ロロ』はソレンティーノ作品の中で最も挑戦的な一作になるだろう。いわゆるゆりかごから墓場までの典型的な伝記ものではないが、存命する政治家、とりわけ好ましからない噂と所業の主を取り上げるには、どうしても名誉毀損といった問題がつきまとう(この点に関してはソレンティーノの弁護士チームが慎重に対応している)。そして何よりセクハラ撲滅と多様性の大切さを訴えるMeToo運動が世界的にうねりをあげる今この作品が登場したのは奇跡といってもいい。劇中でベルルスコーニを取り巻く女性たちはすべて画一化された若さと美とパーフェクトボディを備えた「人形」だ。ベルルスコーニの富に歓声を上げ、ためらうことなく裸になり、音楽に合わせて無言で体をくねらせる。彼の性欲の対象としての存在価値しか持ち合わせていないかのような描かれ方である。

 

ソレンティーノは、なぜこんなひんしゅくと非難しか得られそうにない人物の映画をつくったのだろうか。「トランプが影響しているか?」という問いには、「本作のシナリオはトランプ政権が樹立する前に完成していた」と影響を否定。その上で、「イタリア人という次元を超えたある男性の肖像画を描きたいと思っていた。マイナーな変更を加えれば、この肖像画はどの国のどの時代にも見られるものだ」と答えている。ソレンティーノが描きたかったもの、『ロロ』はカウンターパンチの効いたMeToo時代の映画なのである。

政治家ベルルスコーニを見せられながらとまどうのは、彼がまったく政治に関心を示さない点だ。国民のためにと政策を掲げ、そのいくつかには着手をする。ただしそれはどこまで行っても人心を買う行為以外のなにものでもなく、国のためというよりあくまでも自分の人気を高めるためのものだ。政治家が私的欲望を公権で果たさんとするときに起こる悲喜劇的な状況は、イタリアという枠を超え、私たち自身の問題としても迫ってくる。結局のところ彼らはビジネスマンなのだ。ベルルスコーニは、かつて不動産を売っていたときのように、「買い手」である国民に甘い夢をちらつかせ、その期待を当てのない未来に向けて膨らませるだけ膨らませる。ふんだんに出てくる女性の肉体は、いっときの快楽をもたらす表層的な喜びのメタファーなのかもしれない。鮮やかな将来が空虚な夢として破れ去ったとき、何が残されるのか。映画の終わりに人々が見せる疲れ切った表情はやるせない。が、彼らの視線の先にあるものに、ソレンティーノがそれでもイタリアに託す希望が感じられる。

 

最後にふれておきたいのが、ソレンティーノの老いへの関心である。老人が夢を見る映画の多くは、過去を懐かしみ、嘆き、こうであったらと幻想する別の人生を描く後ろ向きのものであった。ソレンティーノがあらわす老人の夢は、回顧を交えつつ未来へと向かっている。そこには、現在48歳とまだ若いソレンティーノが抱く老いの境地への興味と好奇心が見てとれるようだ。避けることのできない時間の制約に焦燥し、不安から目を背け、能力と体力の限界を知って煩悩しつつもなお輝こうとする主人公の力強さには、言葉にしがたい複雑な感情をわき起こされる。

 

もともとは100分と104分からなる二部作を国際版として145分に編集しなおした本作は、前半の政治的駆け引きの部分でイタリアの政界に通じていない限りややわかりづらいところはある。それでもベルルスコーニ周辺の事情はなんとなくつかめるし、ソレンティーノ映画の常連俳優トニ・セルヴィッロが演じるベルルスコーニがとにかく素晴らしく、必見。道で出くわしたら間違いなく二度見する独特の風貌で、傲慢かつ狡猾な性格を(困ったことに)人好きのする態度で前面に押し出してくる。まずは、さらに磨きのかかったスタイリッシュでポップな映像、脳を直撃するアップテンポでリズムのきいたEMDのもたらす刺激に浸ってほしい。そして、ふと訪れる静寂の瞬間に、虚栄にまみれた男の孤独を垣間見るとき、『ロロ』は忘れがたい強烈な体験となるだろう。

 

東京国際映画祭での上映はあと1回、10月29日(月)11:00~(TOHOシネマズ 六本木ヒルズ SCREEN7)。

◆作品情報 『彼ら(原題:LORO)』(2018年/イタリア)

監督:パオロ・ソレンティーノ

キャスト:トニ・セルヴィッロ、エレナ・ソフィア・リッチ、リッカルド・スカマルチョ

151分/イタリア語/英語・日本語字幕

小島ともみ
80%ぐらいが映画で、10%はミステリ小説、あとの10%はUKロックでできています。ホラー・スプラッター・スラッシャー映画大好きですが、お化け屋敷は入れません。