『ヴィクトリア』Victoria(97 分、フランス)
監督:ジュスティーヌ・トリエ
主演:ヴィルジニー・エフラ メルヴィル・プポー ヴァンサン・ラコステ 



 

 

 フランスのエリートたちっていまだに恋愛とセックスしか頭にないわけ? それで、人生むちゃくちゃになっちゃうってどうなのよ。一方日本では、若者はいい大学出ても仕事も生きがいもなくますます鬱々として一部極端に政治的になったり、あるいは何をしていいかわからずにただただ無難に日々をやり過ごすのに尽力しているっていうのに。呑気なもんだ。はっきりいってこの人たちに同情はできない、むしろうらやましい。世界の分断は進展する一方。あー僕も(私も)フランスに生まれればよかったかな。

  この映画をみたあとでこんな見方をする向きもひょっとするとあるかもしれない。ただ、本作は一方で、鋭く社会を批評する不気味な悲喜劇でもあるのだ。

 

 

 主人公・ヴィクトリアは熟練の弁護士だが、そのキャリアが判事との数々の情事によって得られたものだとの噂が耐えない。二人の幼い子供をアパートに残し、ベビーシッターとして雇った若い男性に世話を任せて、日々複数の法廷を駆け回る。そのベビーシッターとも寝ているらしい。すでにして崩壊一歩手前といった様相の日常に、ある事件が拍車をかける。メルヴィル・プポー演じる友人がその恋人から殺人未遂容疑で訴訟されるという事態になり、ヴィクトリアに弁護を求めてきたのである。さらにヴィクトリアの元夫で作家志望の男性が彼女の性愛の遍歴を自身のブログで暴露したことを受け、ヴィクトリアは元夫を訴えることにする。彼女は「友人のセクハラ裁判」に弁護士として、「自分自身への名誉毀損」に原告として、二つの法廷に出廷することになったのだ。ヴィクトリアは睡眠薬で武装して非日常的な法廷で闘いを続けようとする。

 

 

 法廷という権威ある舞台で生きてきた女性を主人公としながら、この映画の登場人物たちと社会との断絶は実際、甚だしいものがある。誰もが自分のことしか考えていない上に、愛情のないセックスに浸りきっている。多くの時間を一緒に過ごした恋人を平気で非難し、あいつはくずだ!と叫びたてる。ヴィクトリアはあらゆる困難を乗り越え、友人のために弁護人席に座るが、しまいに証言台に立つのはチンパンジーやダルメシアンといった動物たち。そして、判事たちはこの悲喜劇をできるだけ真面目に執り行なおうとしかめ面をする。そう、社会はかようなまでに動物化した。しかし、性愛をめぐるイザコザはじめ、私たちの社会なんてそもそもが動物的であったのでなかったか? 真面目に考える意味なんて実際、いままで一回でもあったか? ・・・こうして彼らは社会性をかなぐり捨て、ただただ実存的な不安と向き合うことになる。

 それが本作で描かれる「アクチュアリテ」だ。悲哀に充ち満ちた現代性、それでも彼らが抱える疎外感には独特な味わいがある。

 ヴィクトリアたちがうまく生きられないとすれば、それはどうしてか。単純なことだけれど、きっと彼ら・彼女らがもう若者ではないからだ。ヌーヴェル・ヴァーグ的な「若者の反乱」の活力も、かつてあったはずのエリートとしての尊厳もとうに過ぎ去ったもの、真面目にそんなことを話すにはこの社会も私たちも歳をとりすぎた。誰もが喪失感を共有しながら、一人として口にすることができない。口にすれば終わってしまうから。この社会は、私たちにうまく歳をとらせてくれなかった。でも、このまま自分が払うべきツケを後回しにし続けるほかないのだろうか? ヴィクトリアが友人の裁判で弁護しようとしたのは、自分がそれでも尊厳を守ることの権利だったのではないだろうか。

 ヴィクトリアを演じたヴィルジニー・エフィラはこの映画でセザール賞の主演女優賞にノミネート、またベルギーのアカデミー賞にあたるマグリット賞に選ばれた。確かに彼女の演技には切迫感があった。監督・脚本は 1978年生まれのジュスティーヌ・トリエ。このレビューには登場しなかったヴァンサン・ラコステ演じるベビー・シッターの演技にも注目。

 

【第8回マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル】
 
開催期間 :2018119日(金)~219日(月)
料金   :長編映画-有料(各配信サイトの規定により異なる)、短編映画(
60分以下)-無料
配信サイト:青山シアター、アップリンク・クラウド、
VIDEOMARKET、ビデックスJPDIGITAL SCREEN
 
短編のみ :GYAO!、ぷれシネ
長編のみ :
iTunesGoogle PlayMicrosoft StoreAmazon Instant VideoPantaflix
 
※配信サイトにより配信作品や配信期間が異ります。
公式サイト:
www.myfrenchfilmfestival.com
 
アンスティチュ・フランセ東京
 
「スクリーンで見よう!マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」

 

 

井上二郎

「映画批評MIRAGE」という雑誌をやっていました(休止中)。文化と政治の関わりについて(おもに自宅で)考察しています。趣味は焚き火。