3月16日から29日まで、ポレポレ東中野にて山本英監督の「小さな声で囁いて」が上映される。山本英監督は東京造形大学を卒業後、東京藝術大学大学院映像研究科監督領域に進学。
「小さな声で囁いて」は東京藝術大学大学院の卒業制作となる。今作は第29回マルセイユ国際映画祭、第40回ぴあフィルムフェスティバルに正式出品された。
また、それ以前に制作された3作の短編映画(「回転(サイクリング)」「グッド・アフタヌーン」「イン・ダ・ホーム」)も特集上映される。

上映される全4作品を紹介する。

小さな声で囁いて

==あらすじ==
結婚を考え始めた遼に対し、乗り気じゃない沙良。互いの溝を埋めようとした3泊4日の熱海旅行でも二人の心はすれ違う。漠然とした将来への不安から未来像を描けない男と女。それぞれの「愛」と「I」の行方。
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今作は、東京芸術大大学院映像研究科の卒業制作として作られた山本英監督による初長編作品だ。

付き合って5年になるカップルの熱海旅行を描いた今作は、全編熱海で撮影された『観光映画』でもある。熱海の観光地をユーモラスで独特な会話や秀逸なショットで魅力を掴み、引き出している。
決定的な何かではなく、どことなく噛み合わない、ずれている2人。それはいつからだったのだろう。いつしかそうなってしまったのか、もしくは初めからそうだったのか。
冒頭のシーンの、2人が泊まるホテルの部屋でのやり取りをはじめとして、
どこか噛みわないおかしな雰囲気がジワジワと侵食してくる。そしてその溝はお互いが知らぬ間に1日、また1日とどんどん広がっていく。
私たち観客は私たちが普段旅行先ですれ違う人と同じ距離感で彼らの物語を静かに眺めるだろう。しかし一つ一つのシーンに引き込まれ、サスペンスさえ感じさせる。熱海を彷徨う恋人たちの物語をぜひ堪能して欲しい。

監督・脚本:山本英
脚本:山崎陽平
出演:大場みなみ/飯田芳/山崎陽平/中野目理恵
(’18・日本)

回転(サイクリング)

==あらすじ==
中田盛雄(75)と藤井圭子(79)の姉弟は、隣り合う一軒家に暮らしている。エアロバイクや賛美歌の練習、ゴルフの打ちっ放しをして散歩する。なにげない日々の日課をとらえた一見ドキュメンタリー風の映像が、ある地点で一変する。
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第40回ぴあフィルムフェスティバルにもノミネートされた今作。監督の親類の方が出演し、録音は監督の妹が担当したという。
「何気ない時間」が”回転”することで、「特別な時間」へと”転回”するこの作品は、この後作られた3作を予見しているとも言えるだろう。

ところでこの作品は、いくつかの小さな回転によって大きな回転を生み出している。弟のゴルフクラブが円を描き、姉は庭をぐるぐると散歩する。また「被写体」は「鑑賞者」へ、「読み手」は「書き手」へ立場を逆転させる。
こうした姉弟が日常的に繰り返す回転が、更に大きな回転をなに不自由なく接続させていく、その手つきにゾッとさせられる15分だった。

監督・脚本:山本英
出演:中田盛雄 藤井圭子 チーズ
(’16・日本)

グッド・アフタヌーン/Good Afternoon

==あらすじ==
8月のお盆、東京で両親と暮らす真純(14)の家に母の妹家族と祖父がやってくる。久々の家族団欒だが、二つの家族は祖父の老後をどちらが世話するかという問題で揉めはじめてしまう。
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何気ない空間がある瞬間に、特別な空間へと一気に、そして不条理に昇華すること。山本英監督の作品に共通するこの不気味な変容は、今作では都内にあるマンションを舞台に変奏される。
マンションのエレベーター、ベランダ、コンビニ。どこにでもある空間は2家族の子供達にとってどこでもなくここでしかない特別なものとなり、各々の「良い午後(Good Afternoon)」は過ぎてゆく。
なぜ特別なものとなったのか、意味深なラストショットはさもその原因を突き止めたようだが、余計に謎は深まるばかりだ。

ちなみに祖父役の大西成明さんは監督の大学時代のゼミの担当教授でもある。

監督:山本英
脚本:山崎陽平
出演:拝生諭緯/久藤今日子/岡野正一/正木凪碧/湯舟すびか/平吹正名/大西成明
(’17・日本)

イン・ダ・ホーム

==あらすじ==
有料介護施設で働くタケル(24)は明るく礼儀正しい模範のような職員だ。しかし一方で一緒に暮らしている母親に対しては上手く距離感を掴めずにいる。母親はそんな息子との接し方に悩みつつも所属しているフラダンス同好会の活動に精を出す。
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距離感の映画である。「おまえんちじゃないんだからさ」と瀧正広が、この上映では三度登場する山崎陽平を注意するとき、そこに現れているのは真面目な男性と不真面目な男性の対比ではない。瀧正広演じるタケルは自宅にいるときの自分と、介護施設で働いているときの自分の間にも、ある程度の距離を保ちながら生活をしている男だ。そのオンとオフとがくっきりと分かれていることを示している。その距離感があるときゆっくりと、それこそ介護用具が作動するようにゆっくりと、近づき、混ざり合う。または、フラダンスで波打つ腕のようにゆったりと。

ところで山崎陽平の、この人は絶対にオンとオフの違いはなく、きっといつ会っても彼でしかないのだと思える佇まいは、「小さな声で囁いて」を見ていればなおさら可笑しく見えてくるだろう。

監督:山本英
脚本:山崎陽平
出演:瀧正広/安澤千草/山崎陽平
(’16・日本)

(小さな声で囁いて)

永山桃
早稲田大学4年生休学中。ロンドンに留学しています。声のお仕事をしています。あとは、猫が好きなのに、柴犬をかっています。ワンワン!

(前文、回転(サイクリング)、グッド・アフタヌーン、イン・ダ・ホーム)

髙橋壮太
自主制作映画を細々と作っています。住所は転々としていますが、いずれにしてもロケ地利用可のところに住んでいますので、是非ロケハンに来てください。