第22回東京フィルメックス。本記事では、11月1日(月)に上映されたニアン・カヴィッチ『ホワイト・ビルディング』を紹介します。

『ホワイト・ビルディング』White Building

カンボジア、フランス、中国、カタール / 2021 / 90分
監督:ニアン・カヴィッチ ( NEANG Kavich )

 画面右方向へとスクロールするドローンが真上から大きな集合住宅を見下ろしている。屋根のレンガは茶色く汚れ、トタンは錆びついてところどころ剥がれている。植物が繁茂し緑色になっていたり、ゴミが散乱していたり、おそらく住民の洗濯物であろう衣類がはためいていたりする。

 本作は、もはや白くはないこの「ホワイト・ビルディング」を舞台としている。家族とともにこの集合住宅に住みながら、仲間二人とダンスを練習して日銭を稼ぐサムナンは、ダンス・コンテストの番組に出演することを夢見ている。ホワイト・ビルディングの取り壊しが近づく中、サムナン一家を中心として、立ち退きをめぐる住人たちの姿が映し出される。本作は、三部作で構成されているが、前半の生き生きとした画面構成は次第にゆるやかに変化していき、後半では、固定カメラによる長回しが多用されるようになってゆく。

 ヴェネチア映画祭オリゾンティ部門でワールドプレミア上映されたプノンペン出身のニアン・カヴィッチによる長編第一作『ホワイト・ビルディング』は、一昨年の第20回東京フィルメックスで上映されたドキュメンタリー『昨夜、あなたが微笑んでいた』と同様、監督自身がそこで暮らし育ってきた「ホワイト・ビルディング」を舞台とした作品である。ル・バン・ハップとウラジミール・ボディアンスキーによって建てられ、当時、学者やアーティストが入居する最先端のモダンな建築であったこの建物は、ポル・ポトによるジェノサイドを経て、貧しいものたちが住む場所となっていったという。しかし、そこで育った監督は、この場所を外部がまなざすところの危険なスラムとして表象することはしない。監督は、ジェントリフィケーションの影響を被るものたち、行政あるいは資本家が支払う幾ばくかの金銭によって「ホワイト・ビルディング」という思い出の場所が失われてゆく人々のかなしみや喪失感を映しだしながら、その陰惨な暴力性を暴きだす。立ち退きとは、強者の論理によって、弱者がその土地からいやおうなく排除されることではないか。

 

≪作品情報≫

『ホワイト・ビルディング』White Building

2021年 / カラー / 90分 / カンボジア語 / カンボジア、フランス、中国、カタール
監督:ニアン・カヴィッチ ( NEANG Kavich )
出演:ピセット・チュン
   シタン・ウ
   ソカ・ウク

板井 仁
大学院で映画を研究しています。辛いものが好きですが、胃腸が弱いです。