第21回東京フィルメックス。本記事では、11月4日(水)に上映された、ツァイ・ミンリャン『日子』と、7人の監督たちによるオムニバス映画『七人楽隊』を紹介します。

 

『日子』Days

台湾/2020/127分

監督:ツァイ・ミンリャン(TSAI Ming Liang)

 映画は、画面中央、革の一人掛けソファに座るカンのミディアム・ショットから始まる。そのショットはややくすんで薄暗く、青みがかっている。画面左にはテーブルの一部が見切れており、その上には水の入ったグラスが置いてある。画面上部はガラスのようなもので遮られ、風に揺れる木が反射している。白いTシャツ姿のカンは左手前へと視線を向けている。シーンのはじめから雨が降る音が聞こえ、また微かに雨の滴が落ちるのが見える。カンは、開放された窓から外を眺めているのだとわかる。

 ラオスからやってきた移民労働者アノンは、風呂場で手際よく野菜や魚介類を洗っている。彼は自分のアパートで、食事の準備をしている。このようにして、映画は二人の男の生活を交互に映していくのだが、彼らは映画の中盤で出会うことになる。カンは、首の痛みを癒すために街のホテルに向かい、そこでマッサージ師を呼ぶ。アノンは、カンが宿泊するホテルを訪れ、彼をマッサージする。

 ツァイのこれまでの作品と同様、本作もまた長回しで撮影されている。長回しは、たんにショットの長さが長いというだけではない。消費主義に対する批判というだけでもない。ストーリーやビジュアル効果を重視する映画と比較して、長回しによって構成される映画は、なによりも観客の身体にじかにかかわるものであり、それは個人的な精神や身体の状態、あるいは観賞環境によって大いに左右される。そしてそれは、身体をテーマにした本作のあり方と共鳴する。字幕がない本作では、対話はほとんど行われることがないが、かかわりあいは身体をつうじて行われ、それは観客の身体のほうへと伝えられてゆく。カンの身体がアノンの掌によって揉みほぐされているとき、長回しの只中に投げ出されているわれわれもまた、なんともいえない感覚にとらえられる。

 『郊遊』を最後に商業映画からの引退を宣言していたツァイ・ミンリャンの最新作『日子』は彼の11本目の長編作品であり、わずかな台詞しかない46カットの長回しによって撮影されている。これまでと同様、主人公はリー・カンションが演じている。また本作は、ベルリン映画祭でLGBTやクィアをテーマにした賞に与えられる、テディ審査員賞を受賞している。

 

『七人楽隊』Septet: The Story of Hong Kong

香港 / 2020 / 113分

監督:アン・ホイ(Ann HUI)、ジョニー・トー(Johnnie TO)、ツイ・ハーク(TSUI Hark)、サモ・ハン(Sammo HUNG)、ユエン・ウーピン(YUEN Wo Ping)、リンゴ・ラム(Ringo LAM)、パトリック・タム(Patrick TAM)

 香港映画界を代表する7人の映画監督たちによるオムニバス映画である。2010年初頭、ジョニー・トーが映画監督8人へ呼びかけたことによって制作が開始されたという(途中でジョン・ウーが降板)[1]。英語タイトルにあるように、7本の短編はどれも香港を舞台にフィルムで撮影されたノスタルジックなストーリーであるが、それぞれは独立した作品となっている。

 映画は時系列に並べられている。1950年代をサモ・ハン、1960年代をアン・ホイ、1980年代をパトリック・タム、1990年代をユエン・ウーピン、1990〜2000年代をジョニー・トー、2010年代をリンゴ・ラム、最後に、未来を舞台にした作品をツイ・パークが担当している。急逝したリンゴ・ラムは本作が遺作となり、完成した作品を見ていないという。その多くの作品において、愛するものとの別れや、イギリスへの移住や留学などがテーマとなっているが、イギリスからの返還後、雨傘運動以降を経て、今年施行された国家安全維持法によって一国二制度が破壊された現在の香港に対する批判となりうるであろう。本作はカンヌ2020に選出された。

[1]http://www.festival-lumiere.org/manifestations/septet-the-hong-kong-story.html

板井 仁
大学院で映画を研究しています。辛いものが好きですが、胃腸が弱いです。