東京国際映画際6『殺人の権利』『スウィート・カントリー』


 

 映画祭日記ということで、その日観た映画についての感想をサクッと書く、というのが当初のコンセプトだったのに、見返してみると普段書いているWorld Newsとさして変わらないような。終盤にしてようやく気付くも時すでに遅し、このまま駆け抜けることにしよう。

 

 今回取り上げたいのは二作品、アジアの未来部門から『殺人の権利』とワールド・フォーカス部門から『スウィート・カントリー』。どちらも人種差別問題が絡んでくるという点では共通しているといえる。

 

※以下ネタバレを含みますのでご注意ください

 

 まずは『殺人の権利』(2017)について。シナグ・マニラ映画祭でグランプリを受賞したフィリピンの作品で、監督の名はアーネル・“アルビ”・バルバローナ。これまで数々の映画で撮影や音楽を担当してきたが、監督として参加するのはこれが初めてだ。本作では、撮影、音楽、編集も兼任している。

 

 

 マノボ族の一家、ダーウィンとマブナイ夫婦、そして彼らの子どもたちはミンダナオ島の奥地で暮らしている。狩りや漁で食料を手に入れ、自然と共に生きる、これが彼らのやり方だ。しかし森林伐採により土地を開拓しようとする政府が、反政府組織を追って森の中へとやってくる。ダーウィンと子どもたちが食料を分けてくれるよう族長に頼みに出かけたとき、彼らはついに政府軍と対面する。捕えられるダーウィンと森を彷徨う子どもたち。程なくしてマブナイも拘束され、彼らは屈辱を受けることになる。ある時脱走を試みるも失敗に終わり、妻の目には夫が死にゆく姿が映る。マブナイは再び脱走し、森の中を逃げ回る。

 

 さて、この物語が迎える結末はいかなるものか。物語の最後、マブナイは子どもたちと再会する。彼女は知り尽くした森の中で動物を仕留めるための仕掛けを使い、政府軍に“復讐”をしたのである。罠にはまり死を迎えた敵の姿を見て、彼女はうっすらと笑みさえも浮かべる。実際にフィリピンで起きたことをもとにしているというこの物語は、「殺人の権利」とでもいえる、あるはずのないものが存在している状況を描いている。

 

 

 続いては『スウィート・カントリー』(2017)。監督を務めたのはウォーリック・ソーントン、彼もまた監督、脚本、撮影といった役割をマルチにこなす人物である。監督としては長編処女作『Samon and Delilah』(2009)で第62回カンヌ国際映画祭カメラ・ドールを受賞し注目を集めた。その後短編やドキュメンタリー作品を何本も撮っているが、一つのまとまった長編フィクションとしてはこれが第二作目である。そんな本作は、数々の映画祭に出品され、第74回ヴェネツィア国際映画祭で審査員特別賞、第42回トロント国際映画祭Platform部門(2015年に設けられた部門で、名称はジャ・ジャンクーの『プラットホーム』からとられた。北米での配給は決まっていないが世界的に注目されている作品を選定している)でPlatform賞を受賞している。

 

©2017 TIFF

 

 「私は砂漠で育った。これは私の仲間、中央オーストラリアで生活するアボリジナルの人々についての物語なのです」物語や設定との個人的な繋がりについて問われたソーントンはこう答えている(*1)。

 

 1929年のある日、退役軍人のハリーが新しく牧場経営者としてフレッドのもとへやってくる。フレッドもまた牧場経営者で、この土地では珍しく人種差別を許さない人物だ。人手を貸して欲しいというハリーの申し出を受け、フレッドの農場で働くオーストラリア先住民のサムは、妻と姪を連れてハリーのもとへ行く。酷い扱いを受けるサムと、性的暴力を受ける妻。彼らは自分たちの働く牧場に戻るが、数日後、血相を変えたハリーがやってくる。彼のもとで働く少年が逃げたからである。サムが少年を匿っているのだと思い込んでいるハリーは、家に向かって射撃する。サムがドアを開けたその瞬間、銃撃音が響く。倒れたのはハリーだった。サムと妻は追手も寄せ付けぬまま逃走するが、妻が身ごもっていることを知ったサムは自ら出頭する道を選ぶ。裁判では正当防衛を認められ無罪を勝ち取るも、街を出た瞬間、彼の体を銃弾が襲う。待ち受けていたのは死だった。

 

 このような題材を取り上げることの重要性について監督はこう語っている。

 

 オーストラリアでは今なお誰もが、世界中に広がっているカウボーイ神話を信じていて、白人が国をつくったのだと考えています。しかし私たちには、オーストラリアは”羊の背中にたてられた”という言葉があります[……]オーストラリアは、国境を越えた奴隷によって、黒人の背中にたてられたのです。多くの人々が黒人をタダで働かせ、とりわけ牛肉と皮革が高騰した世界大戦中には多くのお金を得ていました。私にとって、黒人が畜産業に貢献してきたという真実を示すことはとても重要なのです(*1)

 

 さて、この作品で特徴的な技法の一つに、フラッシュ・フォワードが挙げられる。つまり、未来に起こることが断片的に提示されるのである。例えば、序盤から度々登場するショットで、人々が綱で引っ張っていたものは、最後サムの冥福を願ってたてられた大きな十字架であることがわかる。敬虔なキリスト教徒であるフレッドの描写と、運命を予感させるショットが並ぶことにはある種の絶望感がつきまとう。物語のラスト、広大な土地に一人佇むフレッドの前には虹がかかっていた。2017年の今、フレッドの思い描いたであろう光景は広がっているだろうか。

 

 

 

引用URL

(*1)https://www.screendaily.com/interviews/warwick-thornton-talks-venice-buzz-western-sweet-country-and-a-dark-chapter-in-australias-past/5121995.article

 

参考URL

http://www.imdb.com/name/nm3994643/

http://www.imdb.com/title/tt6958212/

 

 

原田麻衣

WorldNews部門

京都大学大学院 人間・環境学研究科 修士課程在籍。フランソワ・トリュフォーについて研究中。

フットワークの軽さがウリ。時間を見つけては映画館へ、美術館へ、と外に出るタイプのインドア派。