東京フィルメックス2016レポート『ティクン~世界の修復』


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アジアを中心に独創的な作品を集めた国際映画祭・東京フィルメックス。
その中でも、”イスラエル映画の現在”と題して特殊上映が組まれた2作品のうち『ティクン~世界の修復』を観てきた。

2015年、エルサレム映画祭で最優秀作品賞を受賞するとともに、ロカルノ映画祭で審査員特別賞を受賞し、監督アヴィシャイ・シヴァンの国際的な名声を高めた作品だ。ストーリーはHPより以下…若く献身的なユダヤ教超正統派の神学校生のハイム・アロンは、ある日、シャワーを浴びている時に突然意識を失う。昏睡状態となり、いったんは臨死状態と思われたハイム・アロンは奇跡的に意識を取り戻す。だが、その後のハイム・アロンはこれまでとは別人のように変わっていた。神学への興味を失くし、食生活も変わってしまったハイム・アロンはテルアビブの街を彷徨し、以前の彼には考えられなかった行動に移る…。

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映画祭パンフレットによると、ユダヤ教における「ティクン」は「世界の修復」を意味する。ユダヤ教は、人の魂は死んだ後に世界に戻ってくるという輪廻転生を支持しており、前世で未解決の事柄を正すために、来世に転生するために、現世に戻ってくる魂を「ティクン」と呼ぶという…ううむ、難しい。

私は聖書すらもロクに知らない。この間、ふと思い立って友達に聖書を借りて読み始めたばかりだが、ソドムが滅亡したきりページは進んでいない。どうして私はユダヤ教超正統派の映画を見ているのだろうかという思いすら抱いてしまう無知さである。そうなってくると、ただ映画を味わうしかない。そうとなれば目で耳で感じるしかない。

モノクロームで紡がれていくシーンはどこまでも静謐で、ある種ナイーブな美しさを感じる。主人公ハイム・アロンが椅子に腰をおろすときの洋服を持ち上げる所作は、なんだかユーモラスに見えて楽しい。字面でたどっていたユダヤ教という宗教が、空気になって、風になって、観客席へと立ち込めてくる。

「慎みがないよ」「まじめに沐浴しろ」
かつて優等生だったハイム・アロンは、死の淵から生き返ってからというもの、やたらと叱られる。叱られるという風に私の目にはうつるが、ユダヤ教の中でも特に厳格な超正統派の神学校においては、こういったお叱りの言葉は、また重さが違う。しかし、当の本人は、太陽の光を浴びよう!体をたくさん動かしてみよう!とにかく肉体を謳歌しようとアグレッシブだ。しかし、物語の契機ともいえる「死」を誘発した性欲が、再び彼をすっぽりと柔らかく追い詰めていく。
彼を包み込む深く濃い霧は、映画を観ている私たちからもハイム・アロンを隠してしまう。
距離感もわからない。彼はそこにいるのか、いないのか。私たちには見えない。彼も自分自身が見えていないかもしれない。

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上映後には主人公ハイム・アロンを演じたアハロン・トライテルが登場して質疑応答も行われた。
彼自身もかつては超正統派のコミュニティで生活しており、15歳の時に世俗に戻ったという。その時のことを彼は、言葉も通じない新しい惑星でイチから生活を始めたみたいだったと語っていた。

そういえば映画の中でハイム・アロンが徘徊する夜の街は、確かにどこぞの惑星のような冷ややかな質感だったなと思い出す。

映画を観終わってから、帰りの電車の中でポチポチとユダヤ教やイスラエルについてアイフォンで調べていた。目と耳で味わった空気が、一体どういった土地に存在し、誰がその空気を吸って吐いているのか、よく見ようとしていた。何かに目をこらすことは、字面を追うことと、また違った速度を持つ。次回の上映は11月27日(日)13時10分から。「なんだこのかっこいいジャケは!」そんな気分で手軽に手に取り、思いもよらない風景に出会ってほしい。

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伊地知夏生
無為自然担当。お金はないが、夢はある。魔術と香料にハマっています。