太陽も死も直視することしかできない。 『ルイ14世の死』レビュー


 “太陽王”と呼ばれ70年以上もの間フランス国王として君臨、絶対王政を確立し、かのヴェルサイユ宮殿を建造したルイ14世。1715年8月、狩猟から戻った彼が左脚に痛みを覚えてから死を迎えるまでの数週間を描いた本作は、室外でのシーンは初めの数秒のみでその後はずっと室内、巨大なカツラを被りながらベッドに寝たままのルイ14世が死にゆく様子がただ淡々と映される。まるでバロック絵画さながらの光と闇が織りなす画面の中、豪奢な美術と衣装に身を包み横たわるルイ14世を演じるのはジャン=ピエール・レオ。スローモーションのようなゆっくりとした動きでスクリーンを占拠する。
 ジャコモ・カサノヴァやドン・キホーテなど、歴史や古典に登場する人物を独自の視点で大胆に翻案してきたアルベルト・セラの、究極にシンプルに死にゆく王を描いた最新作がこの『ルイ14世の死』である。

 一人の人間が自分の死を悟りながらもただその死を待つ…。トルストイの中編「イワン・イリイチの死」や、ウジェーヌ・イヨネスコの戯曲「瀕死の王」(まさにこの『ルイ14世の死』での王を表しているような題だ。)では、主人公は死の恐怖や痛み、絶望と対峙し心理的葛藤を見せるか、死を受け入れられずに足掻く様子が描写される。しかし、『ルイ14世の死』では驚くほどに彼自身の恐怖や絶望、もがきと言ったものが表面化されることはない。痛みに呻くことはあっても、医師たちにされるがまま薬を塗られ飲まされ、ただただ衰弱していくばかり。横たわる王と、彼を立ち囲む侍医や従者、貴族たちの対比は時に馬鹿らしくも見える。アルベルト・セラは敬愛するストローブ=ユイレの『オトン』(1969)について、その皮肉さと滑稽さゆえに特に好きな作品の一つだと言うが、王がただ一口食べ物を口にしただけで取り巻きたちから拍手が起こる『ルイ14世の死』にはまさに、セラ流の皮肉さと滑稽さが表れている。ルイ14世が亡くなり解剖を済ませた医師の放つ最後の一言は辛辣にも程があり驚嘆するしかない。

 また、幼い頃からバレエを嗜み、太陽神(アポロン)に扮して自ら舞台に立つことも好んだというルイ14世。この舞踊の部分に焦点を当てたのはブノワ・マジメルがルイ14世を演じた『王は踊る』(2000 / ジェラール・コルビオ)であったが、『ルイ14世の死』では、踊ることのできなくなった王の脚はただベッドの上に置かれ、壊疽が進み黒ずんでいくばかりだ。踊る王を誰も止められなかったように、壊疽する王の脚も誰も止めることができない。

 そんなルイ14世を演じたジャン=ピエール・レオは『大人は判ってくれない』でアントワーヌ・ドワネルを演じて以来ヌーヴェル・ヴァーグの、そしてフランスを代表する俳優として映画に出演し続けてきた伝説とも言える存在。彼の大胆にして繊細でもある身体の動き、それは時に予測不能に展開し観客を魅了してきた。しかし、この映画の中にいるジャン=ピエール・レオはまるで大きな人形のように動かない。煌びやかな美術の一部にでもなってしまったかのようだ。かつて少年鑑別所を自ら抜け出し海に辿り着いたドワネルはもうそこにはいないが、70歳を超えたジャン=ピエール・レオが自身の肉体をもって生み出したルイ14世が存在している。本作の後にジャン=ピール・レオが出演した『ライオンは今夜死ぬ』(2017 / 諏訪敦彦)が死を通して描かれる生への賛歌だとしたら、『ルイ14世の死』は必然的な死を事務的に描いているだけとも言えるが、それでも見入ってしまうのは彼が演じるルイ14世に取り憑かれてしまったからに他ならない。動くことを止めてもなお惹き付けるジャン=ピール・レオを見ずにはいられないのだ。本作で演じたルイ14世は彼の新境地でもある。

 『ルイ14世の死』と同じくルイ14世をモデルにしたロベルト・ロッセリーニの『ルイ14世の権力掌握』(1966)は、父であるルイ13世亡き後に実質政治の指揮を取っていた宰相マザランが世を去り、ルイ14世が自らの力で国を統治することを決意、これから自分の時代が始まろうとする20代前半の王の映画であり、落日間近の太陽王を描いた『ルイ14世の死』とは対照的ではある。しかし二作に共通するのは、過度なドラマを排して出来事をリアリスティックに映し取ったということだろう。本作では、ただ死んで行くだけのルイ14世と、彼の死をただ見つめている周囲の人間がそこにいるだけだ。
 ロッセリーニは『ルイ14世の権力掌握』においてまだ若い王に、ルイ14世と同時代を生きたラ・ロシュフーコーの“太陽も死も直視できない”という箴言を言わせるが、アルベルト・セラによる70代半ばの死にかけた王は何を思うのか。ジャン=ピエール・レオの肉体を通して現れたルイ14世の姿を目の前にして、沈みゆく太陽をただじっと見つめることしかできなかった。

『ルイ14世の死』
(2016年 / 115分 / フランス・ポルトガル・スペイン / フランス語)
監督:アルベルト・セラ
脚本・台詞:アルベルト・セラ、ティエリー・ルナス
出演:ジャン=ピエール・レオ、パトリック・ダスマサオ、マルク・スジーニ、イレーヌ・シルヴァーニ
配給:ムヴィオラ
原題:La Mort de Louis XIV
2018年5月26日(土)渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
公式サイト

『ルイ14世の死』公開記念特集上映〈21世紀の前衛〉アルベルト•セラ お前は誰だ!?
5月19日(土)~5月25日(金)渋谷シアター・イメージフォーラムにて
アルベルト・セラ監督の旧作に加え、セラ監督お気に入りの作品も一挙に上映されます。
公式サイト

鈴木里実
映画に対しては貪欲な雑食です。古今東西ジャンルを問わず何でも見たいですが、旧作邦画とアメリカ映画の比重が大きいのは自覚しています。