イーストウッドは前線を行く 『15時17分、パリ行き』レビュー


かつて、これほどドラマティックではない、普通の人々を描いたイーストウッド作品があっただろうか。彼の長編監督36作目にあたる『15時17分、パリ行き』を見て確信した。クリント・イーストウッドほど、見るものを驚かせる、困らせる映画監督もまたいないのではないかと。

『バード』(1988)で初めて実在のジャズ・サックス奏者チャーリー・パーカーの伝記映画を監督し、『父親たちの星条旗』(2006)以降更にその路線を推し進め実在の人物や実際の事件を基にした映画を多く監督してきたイーストウッド。最新作『15時17分、パリ行き』は『アメリカン・スナイパー』(2014)、『ハドソン川の奇跡』(2016)に続く3作目のリアルヒーローの物語である。しかしこれまでの作品と大きく異なるのは、主役をプロの俳優ではない演技初心者である本人たちが演じ、どこまでもごく普通の人間として描いていることだ。物語性を極端に削ぎ落とした本作には正直驚愕した。困ってしまったと言った方が合っているかもしれない。目の前に映し出されるありふれた日常と、列車内で起こる衝撃的な事件の不思議な往復は、一体なんなんだ!
2015年8月、15時17分アムステルダム発パリ行きの高速列車内。フランス国境内に入ったのち、重武装したイスラム過激派の男アイユーブ・ハッザーニが自動小銃を発砲。乗客554人の命が危険にさらされる中、たまたま乗り合わせた3人のアメリカ人の若者がこの無差別テロ襲撃事件に立ち向かい未然に防止、一日にして英雄となった。
アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーンの3人はカリフォルニア州サクラメント出身の幼馴染であり、映画は彼らの少年時代から描かれる。それぞれ成長し二人は軍に入隊、一人は大学生になり、休暇を利用してのヨーロッパ旅行中であった。プロの俳優のオーディションを進めながらも、イーストウッドは本人たちが自分自身を演じることを決定、20代前半の若者が遭遇した映画のような実話を、本人たちが淡々と再現していく。

本人が自分自身を演じる映画といえば、第二次世界大戦のアメリカの英雄オーディ・マーフィの自伝を映画化した『地獄の戦線』(1955 / ジェシー・ヒッブス)や、エミネムの半自伝的映画『8 Mile』(2002 / カーティス・ハンソン)、同じくラッパーである50centの半自伝的映画『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』(2005 / ジム・シェリダン)などがある。日本でも元安藤組組長・安藤昇の自叙伝を映画化した『血と掟』(1965 / 湯浅浪男)は有名だが、『15時17分、パリ行き』はそのいずれともかけ離れている。主役然とした人物がドラマティックな出来事をドラマティックに再構成するのではなく、どこにでもいそうなごく普通の若者3人が普通ではない事件に遭遇し、咄嗟の勇気ある行動で大勢の命を救ったその出来事を、ドラマティックな装飾を施すことなく本人たちの再現によりありのままに映そうとしているのだ。

『グラン・トリノ』でイーストウッド演じる主人公ウォルトの隣の家に住むモン族の家族など、これまでにも重要な役でプロではない俳優を起用することはあったが、演技の素人に映画の主役を担わせるなんてことはこれが初めてである。主役以外にも、乗客を含め多くの実在の人物たちが登場するのだが、キャスティングだけではなくロケーションもリアルにこだわっている。彼らが辿った旅程を可能な限り追い、事件のシーンでは実際に高速列車タリスに乗り込んで、走行する列車内で照明や反射体の使用なしに撮影を行ったという。とことんまで事件発生時の状況を作り出そうとしているのだ。

事件発生後の2016年にテレビ局主催のイベントでイーストウッドがプレゼンターとして3人に“ヒーロー賞”を贈ったことがきっかけとなって映画化に至った本作。イーストウッドがその完成を待ったという原作「15時17分、パリ行き」(アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーン、ジェフリー・E・スターン共著)では、アンソニー、スペンサー、アレクの視点で少年時代から事件現場、事件後の当惑ぶり、更に犯人アイユーブの生い立ちと事件を起こすまでの足取りも描かれており、3人が何かに導かれるようにパリ行きの列車に乗り事件に遭遇した経緯を、偶然と偶然の積み重ねがさもそうしたとでもいうかのように劇的に描かれるのだが、これがデビューとなるドロシー・ブリスカルの脚本ではこの原作を基により簡潔に事件に向かって焦点が絞られている。あくまでも彼らの日常と事件をストイックに描く本作は、今までのイーストウッド作品の中で一番短い上映時間(94分)でもある。

また、本作での列車内の事件と、主人公たちの少年時代からヨーロッパ旅行に至るまでを交互に見せる編集からは、回想シーンと現在、更に回想シーンの中の回想シーンとで複雑に構成されている『父親たちの星条旗』を思い出さずにはいられない。“アメリカの英雄”を描いているというのも共通する部分だ。その『父親たちの星条旗』において、原作の著者であり摺鉢山の頂上に星条旗を掲げた兵士の息子でもある語り手は映画の最後でこう言う。「英雄なんてものはいない。皆、父のような普通の人間だ。(中略)彼らの栄誉を讃えたいなら、ありのままの姿を心にとどめよう。」イーストウッド自身がこれまで演じてきた、そして監督としても描いてきた多くのヒーローの究極の形が、この『15時17分、パリ行き』の3人の若者たちなのだ。

ほんの僅かな時間でいきなり英雄となった、それまではごく普通の若者であった彼らの“ありのままの姿”を心にとどめる為に、当事者たちと事件を再現し、事件にいたるまでのありきたりな日々や旅の様子をも延々と見せてしまう。現代においては誰でも遭遇するかもしれない日常の地続きにある事件をごく普通の人々の視点で描くことで、誰もが彼らのようになる可能性を秘めている、誰もが英雄になる可能性を持っている、ということを示唆してくれるのが、この新たなヒーローの登場する『15時17分、パリ行き』ではないか。

本作の評価は決して高いとは言えない。映画レビューサイトRotten Tomatoesでの一般の評価は45%、映画批評家の評価は25%とかなり低く、IMDbのユーザー評価は10点満点中5.1点、Metacriticでは45%である。(2月27日現在) しかし、かつてインタビューで「自分の本能を信用しているから、自分が信じる映画しか撮らない。観客がついてきてくれれば、ありがたい。ついてこなければ、それまでだ。」と語ったイーストウッド。常にその言葉を実践している彼は、自分が信じた通りに徹底的にリアルを追求し“その事件”を映し撮ることを最優先にした。そして遂に物語を紡ぐことすらやめた本作は、簡単に人を感動させてはくれないのだ。
私自身、この映画そのものに心を動かされているのか、こんな野心作を作ってしまったイーストウッドに感嘆しているのか未だにわからない。しかし、これまでの自分のイメージを破壊し常に新たな場所へと進んでいくイーストウッドを同時代に目撃できることが嬉しくて仕方ないのだ。87歳にして新たな、そして究極のヒーロー像を描いたイーストウッド。どこへ向かおうとも、ついていくに決まっている。

『15時17分、パリ行き』
(2018年 / アメリカ / 94分)
原題:THE 15:17 TO PARIS
監督:クリント・イーストウッド
脚本:ドロシー・ブリスカル
製作:ティム・ムーア
製作:クリスティーナ・リベラ
製作:ジェシカ・マイヤー
製作総指揮:ブルース・バーマン
撮影:トム・スターン
出演:スペンサー・ストーン、アレク・スカラトス、アンソニー・サドラー
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式サイト:http://1517toparis.jp

【参考文献】
「15時17分、パリ行き」 (2018年 / ハヤカワ・ノンフィクション文庫 / 著:アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーン、ジェフリー・E・スターン / 訳:田口俊樹、不二淑子)
「ユリイカ2009年5月号 特集=クリント・イーストウッド」(2009年 / 青土社)
「孤高の騎士 クリント・イーストウッド[映画作家が自身を語る]」(2008年 /フィルムアート社 / 編:マイケル・ヘンリー・ウィルソン / 訳:石原陽一郎)

鈴木里実
映画に対しては貪欲な雑食です。古今東西ジャンルを問わず何でも見たいですが、旧作邦画とアメリカ映画の比重が大きいのは自覚しています。