アラン・ロブ=グリエ 連続レビュー第4弾 『快楽の漸進的横滑り』


 「あなた、少し遊びすぎよ
 類似、繰り返し、置き換え、模倣
 もう沢山」

これは『快楽の漸進的横滑り』の本編中、ルームメイト殺しの容疑者として捕らえられた主人公アリスに対して、その殺されたルームメイトに瓜二つの弁護士が放つ台詞であるが、私がこの映画に対して抱いた思いをまさに表している台詞でもあった。同一ショットやイメージ、モチーフの繰り返し、一人二役で演じられる登場人物や血と似た赤色の多用、何の繋がりもなく重ねられたように見えるショットと音の配置等々…「類似、繰り返し、置き換え、模倣」が連続する。更には女の裸体(アニセー・アルヴィナは『スペースバンパイア』のマチルダ・メイばりに裸でいる時間が長かったのではないだろうか。)やSM趣味、中世カトリックを思わせるセットや魔女狩りを連想させるシーンといった一見すると際どい要素までもが加わった、奇妙な映画である。

真っ白い部屋に置かれたベッド。心臓に大きな鋏を突き立てられ血を流した女(オルガ・ジョルジュ=ピコ)が横たわっている。右手をベッドに繋がれ、まるで人形のように動かない。彼女を殺した犯人として刑事の取り調べを受ける女、アリス(アニセー・アルヴィナ)。殺された女、ノラのルームメイトである彼女は、怖がった様子も悪びれた様子もなく平然としているどころか、刑事の質問に対してとんちんかんな受け答えをしてみせる。彼女は殺人の容疑者として感化院の独房に収監されるが、ここでもまた予審判事や弁護士、牧師、修道女たちを煙に巻いたような対応を繰り返していく。ノラを殺したのはアリスなのか、アリス自身もそのことを覚えていないのか、謎は深まっていくばかり。
あらすじだけ抽出すればいたってシンプルな物語のように思えるかもしれない。しかし物語を語ろうとしないのがこの映画。過去と現在と妄想が同居し、直線的な時間軸では進まない。まずオープニングでは登場人物の紹介なのかこれから起ころうとする事件の断片なのか、ショットの羅列がクレジットと共に続くのだが、それが異様に長い。商業映画慣れしている目には既にこの映画がそれらとは全く別のものだということを思い知らされる。ロブ=グリエの長編小説「迷路のなかで」(1959)は、“この物語は虚構であって、証言ではない。”という一文で始まるが、その小説から15年経ったこの映画でも、これから始まるこの映画は“虚構”であって一人の女の証言ではない、と宣言しているようにも思える。
こうして始まる本作だが、先にも述べたように繰り返し=反復の多さに驚かされる。事件現場でもある二人が一緒に住んでいたアパートを捜査しに来た刑事ジャン=ルイ・トランティニャンは、ノラが横たわっているベッドに辿り着くまでにその家の中をぐるぐると周り、一度通った場所を同じ行動を取りながらもう一度通ってようやくベッドに辿りつく。同一のショットとも思えるショットが何度も現れるということもしばしば。そしてやはり印象的なのは血=赤色の多さだろう。ノラが流す血を筆頭に、アリスが流す血やかつて彼女が憧れていた教師が流す血、真っ赤なシロップ、血のような色の絵の具、と気持ち悪さを覚えるくらいに赤が出現する。

しかし繰り返されるのは目に見えるものだけではない。ロブ=グリエが以前小説や映画で用いたテーマがこの映画でも描かれる。ノラを殺したのか殺してはいないのかアリスの証言が曖昧であるように、ロブ=グリエの小説デビュー作「消しゴム」(1953)に登場する人々もまた事件への証言は曖昧であった。更に記憶をめぐる往来は、ロブ=グリエがオリジナル脚本を書いた『去年マリエンバートで』(1960 / アラン・レネ)にも見られる。
類似している様々なモチーフを繰り返しながら進んでいく本作だが、それにも増して際立っているのは“裸”であることの多さだろう。アリスは裸であることがさも当たり前のように服を着ていない。マネキンのように(事実、マネキンそのものも登場する。)アリスの意のままになるノラも全裸か半裸でいることが多い。上着まで着ている男性キャラクターとは対照的に、この映画の世界には下着など存在しないような出で立ちの女たちばかり。ただ、これだけ裸が出てくるのに、しかもSM趣味までもが垣間見えるのに全くいやらしさを感じないのは、彼女たち、特にアリスがあどけない子どものような表情でごっこ遊びや悪戯をしているように見えるからだろう。それはアリスだけではなく、反復や類似を多用し鮮烈なイメージで重ねられたこの映画全体が戯れているようでもある。しかしこれらの戯れが即興的であったり偶然によるものかというと、まるで違う。この映画の公開後すぐに出版された、映画のシノプシスと撮影台本、採録コンテをまとめた「快楽の漸進的横滑り」(1974)を読むと、この遊びが実は周到に用意されたものだとわかる。綿密に組み立てられた悪戯でもある実験。

タイトルの通り、快楽と思われるものはアリスを軸に他の登場人物たちへとスライドする。アリスが憧れていた女教師の死からアリスへ、アリスからマイケル・ロンズデール演じる予審判事(アルヴィナに跪くロンズデールの見事な執拗さ!)へ、それぞれの血がそれぞれの唇へと移り、快楽がまるで伝染病のように広がっていく。冒頭の台詞を放った弁護士(オルガ・ジョルジュ=ピコの一人二役)へもそれは移り、いつの間にかアリスの世界へと入っていくのだ。そして、この弁護士が辿った末路のように、あらゆる反復や悪戯、裸体に「もう沢山」と思いながらも、大真面目に映画と戯れているロブ=グリエの世界にいつしか引きずり込まれている自分がいた。

『快楽の漸進的横滑り』
監督・脚本:アラン・ロブ=グリエ
編集 :ボブ・ウェイド
出演:アニセ―・アルヴィナ(『フレンズ〜ポールとミシェル』)、ジャン=ルイ・トランティニャン、マイケル・ロンズデール(『007 ムーンレイカー)、イザベル・ユペール
1974年/フランス/カラー/ヴィスタ/DCP/106分
原題:GLISSEMENTS PROGRESSIFS DU PLAISIR  日本語字幕:齋藤敦子
(c)1974 IMEC

■「アラン・ロブ=グリエ レトロスペクテブ」公式サイト

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鈴木里実
映画に対しては貪欲な雑食です。古今東西ジャンルを問わず何でも見たいですが、旧作邦画とアメリカ映画の比重が大きいのは自覚しています。