開催中の東京国際映画祭より、「TOKYOプレミア2020」部門から2作品を紹介します。昨年までそれぞれの賞を競っていた「コンペティション」「アジアの未来」「日本映画スプラッシュ」が統合されたこの部門では、日本や世界の新作映画が集められ一挙にプレミア上映されます。

『アフター・ラヴ』
(90分・カラー・英語、フランス語、アラビア語、ウルドゥー語・2020年・イギリス・原題:After Love)

イギリスに暮らすメアリーはパキスタン人のアーメドと結婚し長年連れ添ってきたが、ある日突然死別してしまう。遺品からフランス人女性・ジュヌヴィエーヴの写真を見つけたメアリーは、携帯電話の履歴から二人が親密な関係にあったことを知る。真相を探るためフランスに渡り彼女を訪ねるメアリーだったが、清掃スタッフと勘違いされてしまい、目的を隠したまま招かれることとなる。

映画の序盤、期せずして自分の知らない夫の顔を知ることとなり、しかも真実を隠したままジュヌヴィエーヴと徐々に親しくなっていってしまうメアリーの心境が、静かでどこか気まずいサスペンスのように展開されるが、二人の関係はやがて激しいぶつかり合いへと変化していく。
フランスにアーメドの子供がいたことを知ったメアリーは、ホテルの自室で衣服を脱ぎ、自らの姿をまじまじと見る。長く人生を歩んできた女性が、自分にも他の人生があったのだろうかと思いを馳せているようでもあるし、この映画が二つの喪失を抱えている人物の物語であるということがわかる場面でもある。
夫がいるが子供のいない女性、子供がいるが夫のいない女性、あるいは身を置いている宗教や文化の違い──メアリーとジュヌヴィエーヴの人生は、ドーヴァー海峡を隔て、対になっているかのような一方で、二人を知らず繋ぐ存在であったアーメドはもういない。二人の間の激しい感情は、もしかしたら二重生活の張本人であるアーメドに向けられるべきなのかもしれないが、今では二人は彼の不在を共有している。
エンドロールでただ響いているドーヴァー海峡の波の音が、喪失から始まる物語に美しい余白を持たせているようだった。

監督のアリーム・カーンは本作が長編第一作目。イギリスで生まれ育ち、パキスタンとイギリスにルーツを持つ。『アフター・ラヴ』のきっかけについて、インタビューでこのように語っている。
「自分自身のアイデンティティについて何かを探りたいというところから着想した。私は人種の交わった家庭で育ったが、そのために、本当は社会のどこに適合するのかわからなかったんだ。
私の母は父と生きていくためにイスラム教に改宗した。彼女は白人のムスリムだ。私は自分のアイデンティティとセクシュアリティに葛藤していたし、母もきっと父のためにした選択に葛藤していた。私が19歳くらいだった頃、それらが交錯する瞬間があったと思う。そこにはアイデンティティと、どのようにしてそれを作り上げていくのかということについての問いを探りたいという欲求があった。それは、どのように私たちが自らのアイデンティティを探っていくのか、見つけていくのかということだけでなく、それらを誰に定めてもらえるのかということでもある。」*1

*1https://cineuropa.org/en/interview/394263/

『スウェット』
(106分・カラー・ポーランド語・2020年・ポーランド/スウェーデン・原題:Sweat)

フィットネスインストラクターのシルヴィアは、SNSで60万人のフォロワーを抱えるインフルエンサーである。イベントでは大勢のファンに囲まれ、日常でも常に写真や動画の投稿を怠らずファンに発信しているが、内心では孤独を感じている。自身の孤独を涙ながらに告白する動画を投稿し話題になっていたある日、シルヴィアは自宅マンションの前に停まっている車から男に見られていることに気づく。

華やかに見える世界に生きている人が、実際はそんなに幸せではない、満たされていない、といった話は、これまでも色々な映画で見てきたような気がする。見た目には華やかに装い、他人の注目を浴びる一方で、内面ではその虚しさを感じているという、外面と内面のギャップの物語だ。

本作のシルヴィアも、「みんなも健康のために階段を使ってね!」と呼びかけながら自室までマンションの長い階段を上っていく姿まで投稿し、提供された新製品を試しハイテンションに騒ぐ姿は滑稽なようにも見えるが、親しい相手には「この仕事を辞めたいと思うことがある」と語る。指先の操作一つで一喜一憂するSNSの世界に虚しさを感じている、と。SNSに投稿する前に動画を確認し、自分の姿を見る彼女の目はどこか冷めている。

シルヴィアは自身の抱える孤独をSNSでさらけ出したがためにある危機を迎えるが、それでもシルヴィアは「見られる存在」であることを選ぶ。その理由はきっと、彼女がテレビ番組の司会者から投げられる「どうして自分をネットで発信するのでしょうか?フィットネスの仕事にだけ集中していれば良いのに」という問いの答えにある。
それはもしかしたら底なしの地獄に進んでいるのかもしれないが、自分の抱える孤独に対処するため、ある意味で誠実に生きていく手段のように筆者は感じた。ラストのパフォーマンス的なシルヴィアの笑顔は、虚像に浅はかさを見出すことは簡単だが、では繋がりを求める人はどのように生きていったら良いのか、という問いを残している。

今後の上映はTOHOシネマズ六本木にて、以下の日時を予定。
11月3日(火) 16時50分〜
11月5日(木) 10時20分〜

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吉田晴妃
四国生まれ東京育ち。大学は卒業したけれど英語と映画は勉強中。映画を観ているときの、未知の場所に行ったような感じが好きです。