本記事では、B.クローネンバーグの新作『ポゼッサー』と、日本を舞台に技能実習生の実情を描いた『海辺の彼女たち』の2本を紹介する。

 

『ポゼッサー』

遠隔で他人の人格に入り込み目的を実行する女性工作員と、不運にも人格を乗っ取られることとなった男の攻防を、鮮烈なビジュアルで描き出すSFバイオレンス。時代設定は2008年だが、本作の舞台は20年ほど前に現実と異なる進化を遂げたパラレルワールドだ。

ある日、まるで自分が自分でないような感覚に襲われ、急遽自身の人格を創造する必要を迫られたというB.クローネンバーグ監督。本作はこの経験から着想を得て製作された。他人の身体に入り込み、人格をコントロールしていく過程で、工作員の女と完全にコントロールされているはずの男の自我は、次第に一つの身体の内で混ざり合っていく。

本作において道徳的価値や倫理観は主役ではない。思わず全身がこわばってしまうような凄惨なシーンと、引き裂かれ曖昧模糊としたアイデンティティを強調する強烈なイメージが、観る者の体力を消耗させる。異なる性の身体を乗っ取るというジェンダー的主題を含みつつ、身体と思考の隔たり、異なるアイデンティティの対峙を描き出す。

デビュー作の『アンチヴァイラル』(2012)がカンヌ映画祭でプレミア上映され、トロント国際映画祭国内長編作品賞やシッチェス国際映画祭新人監督賞など、数々の賞を受賞したB.クローネンバーグ監督。本作では、巨大企業が暗殺を発注するビジネスを描くなかで、グローバル企業と国家が対峙する現状を風刺しているという。

作品の世界観を具現化するにあたり、CGよりもフィジカルな特殊効果にこだわったという本作、そのビビッドな色味もすべて現場で作られている。東京国際映画祭での上映は終了したが、鑑賞の際にはその強烈なイメージに自分の人格が支配されないよう覚悟が必要だ。

 

《作品情報》

原題:Possesor イギリス・カナダ/2020/カラー/104分/英語
監督・脚本  ブランドン・クローネンバーグ
撮影     カリム・ハッセン 
編集     マシュー・ハンナム
美術     ルパート・ラザラス
作曲     ジム・ウィリアムズ

 

 

『海辺の彼女たち』

東京近郊、職場の劣悪な環境に耐えられず、夜陰に乗じて職場から脱走を図る3人の若いベトナム人女性たち。フェリーに乗ってたどり着いた地では、ブローカーに実入りのいい仕事を紹介してもらう。寒さの厳しい北国で漁業の雑用をしながら、肩を寄せ合うように生活を始めた3人であったが…。

2017年の『僕の帰る場所』において、日本で生活するミャンマー人家庭の苦境を描いた藤元監督。今作では、技能実習生として日本に訪れた外国人女性に焦点をあて、彼女たちが日本で生きる難しさを白日の下に晒し出す。

若くして日本に働きにやってきた彼女たちは、それぞれが母国ベトナムに家族を抱えており、過酷な労働に耐えて家族を支えるか、さもなければ母国に帰るかの選択を迫られている。そのどちらの道も選ばないのなら、身分証を捨て、綱渡りの生活をせざるを得ない。共に決断した彼女たちは、苦境に立ちながらも自分たちの将来を語りあい、生きていく方法を探る。
なかでも次第に物語の中心となっていく一人の女性フォン。彼女を淡々と見つめる映像には、その心の動きが非常に丁寧に刻まれていく。私たちは寒々とした北の地で、他に選択肢のない一本道を彼女と共に歩むこととなる。日本における外国人技能実習生や留学生が置かれている厳しい現状に注目した今作は、海辺にたどり着いた彼女たちの苦境を静かに伝えている。

藤元監督は、ビジュアルアーツ専門学校大阪で映像制作を学んだ後、東南アジアを中心に劇映画やドキュメンタリーの制作を行っている。日本・ミャンマー合作の初長編作品『僕の帰る場所』(2017)では、第30回東京国際映画祭「アジアの未来」部門で2冠を手にした。長編2本目となる本作は、第68回サンセバスチャン国際映画祭新人監督部門にも選出されている。

『海辺の彼女たち』の今後の上映は、11/3(火)19:10-、11/9(月)11:40-の2回。いずれもTOHOシネマズ六本木ヒルズで予定されている。

 

《作品情報》

『海辺の彼女たち』 日本、ベトナム/2020/カラー/88分/ベトナム語、日本語
監督/脚本/編集  藤元明緒
プロデューサー  渡邉一孝、ジョシュ・レヴィ、ヌエン・ル・ハン
撮影監督     岸建太朗
音響       弥栄祐樹

 

 

 

小野花菜

現在文学部に在籍している大学3年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。