本日開幕の第33回東京国際映画祭、第1日目は特別招待作品から、『ノマドランド』を紹介する。
今年は新型コロナウイルスの影響で、六本木のEXシアターも、この上映での座席数は1/2に削減。海外から製作陣が招かれることはなく、今作についても上映後の舞台挨拶やQ&Aが行われることはなかった。しかし本編上映前には、監督のクロエ・ジャオと主演のフランシス・マクドーマンドからビデオメッセージが届いた。「感想は声高に、ネタバレは禁止!」ということである。
舞台は現代のアメリカ。長年住み着いた街が経済破綻したことをきっかけに、主人公ファーンは住む家を失う。家を追われたファーンは、荷物をまとめ、自身のキャンピングカー1台で現代の“ノマド(遊牧民)”として生きていくこととなった。遮るもののない広大な大地を、ファーンはキャンピングカー1台で放浪する。行く先々で仕事をしつつ、多くのノマドたちと出会い、別れる。
自分の身一つ、キャンピングカーで各地を回る旅というものからは、何事にも縛られない、身軽で自由な旅を連想する。しかし今作で描き出されるノマド達のキャンピングカー、そして身体は、多くの荷を負っている。アメリカの雄大な自然の中を一人で移動する不安定な身体には、生きられた過去の苦痛、未来への不安、そしてそれらを含みこんだ現在の孤独が付きまとう。
キャンピングカーに積み込まれた家具、小物、そしてなにより彼らの心の中に刻まれている、屋根の下で生活していた時代の痕跡。人間の生きている時間さえも忘れさせるような雄大な自然を前にして、その痕跡は我々の前にも浮き上がる。そして一人で大地を放浪するファーンには、新たな出会いと別れもまた刻まれていく。
人々がノマド生活をする理由は様々だ。そこには精神的な理由のみならず、経済的事情が大きな影を落としている。そして旅に出てもなお、彼らの存在に深く入り込んだ悲しみや孤独は続いていく。今作は、そうした痛みを抱えながらも、アメリカの雄大な自然とノマドの仲間と共に、“ハウスレス”の道を進む人々を丁寧に描いたロードムービーである。
今作の監督、脚本、編集を務めたのは、中国出身の新鋭、クロエ・ジャオだ。サンダンス映画祭に出品された長編第一作『Songs My Brother Taught Me』(2015)で注目され、『The River』(2017)でインディペンデント・スピリット賞2部門にノミネート。今後はマーベル・スタジオ作品『Eternals』も控えている注目の監督だ。今作では、大きな反響を生んだ原作ノンフィクションを土台とし、実在のノマドたちとともに主人公ファーンの生を描き出す。
IndieWireのインタビューの中で監督のジャオは、意図的に作品から政治的要素を取り除くようにしたと述べている。「人々の経験そのものや、政治的主張を超えて普遍的だと思われるもの —愛する人を失って、“ホーム”を探し求めるといったことーに焦点を当てたいと思いました。」「私は故郷の中国にいる家族のことを考え続けています。彼らはサウスダコタのカウボーイや、アメリカに住む60代の女性を見て何を思うのだろうか?と。」「もしある特定の事柄に的を絞りすぎてしまうと、それが壁を生み出すことはわかっています。『それはあの人たちの問題だ』とね。」(1)
トロントでは観客賞、ベネチアでは金獅子賞と、二つの最高賞を受賞した今作。東京国際映画祭での上映は本日1日限りであったが、2021年1月の公開を待ちたい。
(1)https://www.indiewire.com/2020/09/nomadland-interview-chloe-zhao-1234584703/
≪作品情報≫
『Nomadland』 2020年/カラー/108分/英語/アメリカ
監督・脚本・プロデューサー・編集:クロエ・ジャオ
プロデューサー:フランシス・マクドーマンド/ピーター・スピアーズ
/モーリー・アッシャー/ダン・ジャンヴェイ
原作 :ジェシカ・ブルーダー『ノマド:漂流する高齢労働者たち』
撮影監督 :ジョシュア・ジェイムズ・リチャーズ
音楽 :ルドヴィコ・エイナウデイ
小野花菜 現在文学部に在籍している大学3年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。