マレーシア出身で台湾で活動するホー・ウィディン監督の最新作『テロライザーズ』。ウィディン監督といえば、トロント映画祭のプラットホーム部門で最優秀作品賞を受賞し、東京フィルメックスで上映された『幸福城市』でご存知の方もいるだろう。近未来の台北を舞台にある刑事の人生を描いたウィディン監督が、『テロライザーズ』では現代の台北に住む若者たちの複雑な関係を描く。前作では時間軸を逆行させたが、今作でもタイムラインを巧妙に錯綜させながら謎解きをおこなっていく。
台北駅で幸せなカップルを襲った通り魔事件。一見、彼らの関係に繋がりはなく、犯人の衝動的な犯行のように見えた。しかし、実際には日常の何気ない出来事が重なり、起こるべくして起こった事件にほかならなかった。日本でも近頃そのような事件が実際に起こっており、決して他人事とは思えない内容だ。
※以下、映画の内容を含みます※
原題の『青春弒戀』は、直訳すると”若者の愛”という意味になる。なぜ監督は、このようなタイトルをつけたのだろうか。
物語は、ミンリャンとユーファンという親の事情で同居している2人の若い男女を中心に進む。ミンリャンはある日、気に入っていたポルノ動画に出演していた女優を街中で見つけ、ストーカー行為を行うようになる。彼女が困っていることを知った彼は、彼女を守ると誓い、どんどん妄想を広げていく。実際に彼女と話したことは一度もないのに、ミンリャンの彼女への想いはどんどん強くなっていく。一方、ユーファンは新しい彼氏と幸せな日々を送っていたが、ある出来事から彼氏に顔向けできなくなり、別れも告げず彼のもとを去ってしまう。
一見、全く違う恋愛をしている2人だが、共通しているのは、相手と対話をしようとしていないことだ。2人の関係が上手くいくと思い込み一方的に好きになったり、もう関係は終わりだと一方的に思い込んで別れてみたり。監督のいう”若者の愛”とは、対話が行われないまま一方的に進んでいく愛のかたちではないだろうか。
映画の冒頭、ミンリャンとユーファンの間に気まずい空気が流れ、グラスが割れる印象的なシーンがある。このシーンが後半に繰り返されるのだが、この時点に至るまでの出来事を知ったうえで見ると、また違った印象になってくる。このシーンが象徴するのはディスコミュニケーションだ。ミンリャンとユーファンは同じ家に住んでいながら、言葉を交わさず、お互いに心を開くことがない。だが、視線や態度で彼らはお互いの感情を感じとっていたはずだ。それでも、お互いの存在を無視し続ける。2人とも、愛情深い人間なのは確かだ。しかし、いや、だからこそ、対話の欠如から一方的な思い込みが生まれ、歯車が狂ってしまったのではないか。
こうした対話によって交わることのない一方的な愛のかたちは、ユーファンやミンリャンだけでなく、モニカやキキ、ビリーなど魅力的ながらも危ういキャラクターの群像劇で表現される。彼らの愛情は、報われることなく、一方通行のままだ。その愛情はいったいどこにいくのだろうか。
実はただ一人、最初から最後まで愛する人との対話を諦めないキャラクターがいる。映画は観客の想像にゆだねる絶妙なタイミングで幕を閉じるが、その後そのキャラクターは幸せをつかんだのではないかと思う。なぜなら、このキャラクターだけは愛する人に歩み寄ることを怠らず、その人の目線で物事を理解しようとしていたからだ。
監督は、こうした人々の複雑に絡み合う関係性を巧妙な演出で描いていく。特に、ある時点を示すいくつかの映像を繰り返しながら、その合間に起こった出来事によって、同じ映像が違う印象を与える計算された演出は、時間の演出を得意とする監督の持ち味のひとつだろう。また、象徴的に使われるカットの数々も印象的だ。クローゼットやドアの隙間から覗かれるカットは、世界を観察者と観察対象に二分し、他者と交わることができないミンリャンの一方的な視線を観客に体験させる。登場人物の複雑に絡み合う関係性、錯綜する出来事、それらを全て緻密に計算された脚本、カメラワーク、演出で描く本作は、極上のサスペンスであるだろう。
余談だが、『テロライザーズ』という英題は、80〜90年代の台湾ニューシネマを牽引したエドワード・ヤン監督の名作『恐怖分子』を意識したものだろう。実際、都会的な疎外感や孤独、のぞき趣味といったいくつかの要素が共通している。『テロライザーズ』=”恐怖に陥れる者たち”には、自らの思い込みで恐怖を募らせてしまうという意味もあるのではないだろうか。思い込みでがんじがらめになるのではなく、あのキャラクターのように一歩踏み出してみることが大切かもしれない。
≪作品情報≫
『テロライザーズ』
2021年/カラー/127分/北京語/台湾
監督:ホー・ウィディン
キャスト:リン・ボーホン
ムーン・リー
アニー・チェン
北島さつき
World News担当。イギリスで映画学の修士過程修了(表象文化論、ジャンル研究)。映画チャンネルに勤務しながら、映画・ドラマの表現と社会の関わりについて考察。世界のロケ地・スタジオ巡りが趣味。