【リヨンひとりある記】その一、リュミエール研究所、体験記。


こんちには。普段はWorldNewsを担当しております田中です。

昨年末よりフランスに引越してきて、現在はフランス南東部の街リヨンに滞在しています。

ローヌ川とソーヌ川が絡み合うようにして優雅に流れるリヨンの街は、シモーヌ・シニョレ主演のマルセル・カルネ監督作『嘆きのテレーズ』の舞台として有名です。川岸を歩くたびに、鬱々とした表情で佇むテレーズの姿に自分を重ねてみたり。歴史的建造物が多く残るリヨンでは、映画は白黒でしたが、当時の街の雰囲気を今でも感じざるを得ません。

こんな街から、日本の皆さんにフランスの映画情報をお伝えできればいいなと思い立ち、ちょっとしたブログを始めます。皆さんと映画愛だけでも共有できれば本望です。

ブログタイトルは日本人として尊敬してやまない女優・高峰秀子さん著書『巴里ひとりある記』に敬意を表して。

 

リヨンを選んだ理由はいつくかありますが、何より、「映画(Cinéma)が生まれた街」であることが最大にして唯一の決定打です。そう、ここリヨンは1895年にリュミエール兄弟によって、映画の記念すべき第一作目『工場の出口』が作られた映画の聖地なのです!

映画を第七芸術(Septième art)と呼び、建築,絵画,彫刻,音楽,舞踏,文学に続く第7番目の新しい芸術ととらえるフランスでは、やはり映画に対する意識の高さが日本とはちょっと違うかな、という印象を受けます。映画というアートを国を挙げて守ろうとする姿勢や古典、伝統への崇拝と敬意をひしひしと感じます。つい数日前に報じられたカンヌ国際映画祭総代表ティエリー・フレモー氏による明言:レッドカーペット上のセルフィ禁止やネットフリックス作品はコンペティション部門外という徹底した姿勢(*1)。これもまさに映画という伝統と権威を守ろうとする一例です。

そのティエリー・フレモー氏がディレクターを、そして映画監督のベルトラン・タヴェルニエが代表を務めるリュミエール研究所(Institut Lumière)がリヨンにあります。リヨン育ちのお二人です。かつてリュミエール家が営んでいた工場の跡地に建てられた、美術館、図書館、公園、映画館を運営する総合施設です。また、毎年10月に行われ年々盛り上がりを見せているリュミエール映画祭の企画・開催も行っています。

まず、メトロの最寄駅Monplaisir – Lumière駅を降りて目に入るのが、この歴史を感じる巨大なモニュメント。この裏側は真っ白のスクリーンになっていて、そこには広場が。夏はここで野外映画上映が行われるのだとか。私が訪れた日は、移動遊園地(La fête foraine)として賑わっていました。

そして、この施設があるのは「最初の映画通り(Rue du Premier Film)」。なんと捻りのない粋な名前でしょう!少し進むと、ここからはシネフィルにはたまりません。シネアストの壁(Le Mur des Cinéastes)です。輝く銅のプレートに掘られた映画監督や俳優たちの名前は、彼らの偉大な功績を称えています。知らない人はいないほど有名な名がズラリ。こういう場で日本人の名前を見つけると異様にうれしくなりますね。

 

この壁の先にはついに…『工場の出口』のロケ地となった元工場の出口です。1895年3月19日、ルイとオーギュストのリュミエール兄弟によって、彼らが発明した世界最初の撮影・映写兼用機シネマトグラフを用いて、世界最初の映画の撮影が行われた記念すべき場所です。今では映画館の入り口になっていますが、しっかりと1895年当時の面影を残しています。建物の木造の屋根が当時のまま、これには驚きました。120年超の歴史を感じざるを得ません。

次に、美術館の展示品に関して少し。

リュミエール家の営んでいた工場は写真乾板などの製造業だったため、シネマトグラフなどの映像関連だけではなく、写真機材、ミシン、医療器具などの数多くの発明品が展示されていました。また、作品がカラー化していく様子も実に興味深い。彼らの発明品を用いて世界の記録に向かった様子は、ジャーナリストのようでもありました。1900年前後の世界中の当時の様子を写した記録写真や映像は、私にとってどのニュース映像よりも生々しく、衝撃的。この美術館を通して、映画人であり、写真家であり、ジャーナリストであったリュミエール兄弟のベースはあくまで「発明家」だったんだなあと感じました。

 

私がとりわけ心を打たれたのが、二つ。

1つはリュミエール兄弟の撮影した京都の踊り子の映像。私の知らない100年以上前の日本を、リュミエール兄弟は実際に訪れ、見て、カメラに収めていた。もの凄いことをやってのけていたんだな。

 

そして、1897年の日本での最初の上映の宣伝広告。

最後に、私の参加したイベントに関して少し。

2018年3月19日。リュミエール研究所では『工場の出口』の撮影123年目記念を祝して、”NOUVELLES SORTIES D’USINE”という名のイベントが行われました。(毎年3月19日に行われている。)これは、応募した一般人を対象に、『工場の出口』のリメイク版の撮影が行われるというもの。そう、誰でも役者として、“あの“工場の一員になれるんです!参加しないわけがありません。

参加者は老若男女問わず、平日にも関わらず多くの人。皆さん、自己アピールをしようと必死の恰好です。オリジナル版に忠実に、自転車を持ってくる者、犬をつれてくる者、帽子を被ってくる者、または自家製のプラカードを持参する者、着ぐるみを着てくる者、変なお揃いの衣装を身にまとった集団…。自由すぎます、皆さん。ただ建物から颯爽と出てくればいいだけなのに…。

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撮影後は映画館のシアターの中で上映会です。おそらく初めて映画館のスクリーンに映る自分自身の姿。しかも白黒映像で。感動以外の何者でもありません。しかし会場はなんだか爆笑。こうやって知らない人たちが皆でワイワイと、シアターの中で映画を共有して喜んでる光景って初めてだったので少々戸惑いましたが、なんだかほっこり。映画によって人々が純粋に喜びや幸せを感じる感覚、リュミエール時代の人たちも感じていたんだろうな。どんなにテクノロジーが進んでもこのアナログな気持ちは絶対に忘れてはいけないな、と思いながらその場の幸せに浸っていました。

ちなみに、ここのシアターの座席、すべてのひじ掛けに世界のシネアストの名前が掘ってあります。これも映画ファンにはたまらない。私の席は「ヴィットリオ・デ・シーカ」でした。

実はこの企画、リュミエール映画祭の目玉企画の一つでもあって、その際はリメイク版を撮る監督もスター、工場員ももちろんスターです。昨年は、監督はウォン・カーウァイ、工場員たちはエマニュエル・ドヴォス、アンナ・カリーナ、シャルル・アズナブール…など錚々たるメンバーでした(*2)。基本はリメイクですが、ラストだけ監督独自のオリジナル演出を加えていいというルールが。ウォン・カーウァイ監督の場合は、「一組の犬を連れた若いカップルがキスして別方向に歩いていく」という演出を施しました。

ということまでは既に知っていたのですが、まさか、この機会にこれが観れるとは…!さすが多くの恋愛映画を撮ってきたウォン・カーウァイ、なんともロマンチックなキスシーンでした。この映像は一般公開されていないようなので、この場で観れたことがあまりに不意打ちすぎて、ラッキーというか奇跡というか念願が叶ったというか…感無量です。早くも、リヨンでやり残したことはない。そんな感覚です。

あゝ、なんという幸せ。

 

(*1) http://www.allocine.fr/article/fichearticle_gen_carticle=18671786.html

(*2) http://www.lyoncapitale.fr/Journal/Lyon/Culture/Dossiers/Festival-Lumiere-2017/Festival-Lumiere-2017-La-Sortie-des-usines-selon-Wong-Kar-wai

(Institut Lumière公式HP) http://www.institut-lumiere.org/

(画像元)http://www.sortiedusine.org/2013/02/22/edito-sortie-dusine-0/

田中めぐみ
World News担当。在学中は演劇に没頭、その後フランスへ。TOHOシネマズで働くも、客室乗務員に転身。雲の上でも接客中も、頭の中は映画のこと。現在は字幕翻訳家を目指し勉強中。永遠のミューズはイザベル・アジャー二。