『野火』を観て、見る日常


戦争映画は今でも多く撮り続けられ公開されています。
思い返すと、自分から戦争映画を観たいと思って映画館へ行くことはあまりありません。

昨年、『野火』を観に劇場へ足を運んだのは、塚本晋也監督の渾身の作品だと聞いたからでした。

今回の特集上映で市川崑監督の『野火』を観て思ったのは 同じ原作でも戦争というものの表現は時代によって変わるということ!
当たり前のようだけどどう違うのか、それは見る世代が変わってきているということです。

市川崑監督の『野火』が約50年も前に上映された時 戦争を経験し戦場の記憶が残ったままの人が劇場へ足を運びました。
消えない戦争の記憶を持つ人へ、血の表現は最小で良いのかもしれない。
血が流れるということがどういうことなのかどういう状況なのか、それは知っていることだからです。

だけど私のような戦争を知らない世代は戦争で血が流れ 人が死ぬということ自体理解はしていても、経験として知りはしない。
血が流れるという状況が身近でないからこそ、塚本晋也監督の『野火』には多く表現されています。

暴力的である戦争を今伝えるべきだという使命を持って。

野火血


日本は今平和で、紛争が起きている国と比べると違う時代を生きているような気さえしますが、
いつテロが起きるか、いつ私達が知らない所で戦争に加担する事になるか分かりません。

遠くで起きているように思わないように、 私達は今の時代で起こるかもしれないノンフィクションを 映画のフィクションを通して観る事で、知らない間に出来た戦争との距離を一瞬だけでも縮め 身体により近く感じる事は、何かしら意味があるのではないかと思います。
(特に映画館で観ると意味は増し増しでしょう)

『野火』で描かれる、人間を人間として思えなくなる描写は それはあくまでフィクションであるべきだと思わせ、人間を人間と思える日常に戻った時 これは映画でよかったと思えます。

それこそ戦争映画にあるべき姿だ!

『野火』という作品は、日常の当たり前が当たり前であるべきだという事を教えてくれたようでした。

 

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現在、角川シネマ新宿にて、『生誕100年記念映画祭「市川崑 光と影の仕草」』を開催しております。 野火は上映が終わってしまいましたが、まだまだ見逃せない作品ばかりです! この機会に是非、劇場でご覧ください。

 

市川崑上映

 

 

住本尚子 イベント部門担当。 広島出身、多摩美術大学版画科卒業、映画館スタッフとして勤務、映画と美術の懐の深さで生きています。映像製作初心者で、もがきながらも産み出す予定!