『函館珈琲』レビュー(大阪でのアンコール上映及び、イベント告知あり)


 西尾孔志監督の『函館珈琲』は、古びた西洋アパート翡翠館を舞台に、そこに居住する4人の若者を中心とする物語である。オーナーの荻原時子は、そのアパートの部屋を若者の才能を伸ばすために貸し出ているのである。4人は、それぞれ過去を背負って現在を生きている。テディベアアーティストの相澤幸太郎は、小学生のときに虐めにを受けて、孤独であった過去を持つ。装飾ガラス職人の堀池一子は4年前に子供を出産したが、その子供と会うことができない。ピンホールカメラ専門の写真家の藤村佐和は、対人恐怖症で手帳にその日の数少ない自分の発言を記録している。その3人が住む翡翠館には、4人目となる桧山英二が、家具職人の先輩の藪下の代わりに翡翠館の住人として訪れる。桧山は、小説『不完全な月』を発表後、筆が進まずに悩んでいる。
 この映画では、本編全体で提示するひとつの主題が冒頭のシークエンスの中にすでに要約として込められている。桧山は翡翠館を訪れ、堀池に挨拶をするシーンでは、堀池は桧山の言葉に反応はするが、トンボ玉を作ることに夢中で気付いてはいない。その後、桧山は、堀池と相澤にコーヒーを振舞う。桧山は時間をかけて自分の手動のコーヒーミルで豆を挽き、お湯を注ぐ。そこで堀池と相澤はコーヒーの本当の味、その美味しさに気付かされる。知っていたと思っていたことが覆される瞬間である。恐らく、2人はそのように丁寧に時間をかけてコーヒーを淹れたことがないのであろう。忙しさの中で合理化や効率化することが物事の本質を見落とし、そのことから目を背けていることをコーヒーを淹れて振舞うというシーンから簡潔に説明する。コーヒーを飲む時間は、堀池と相澤に休息を与えるのである。桧山は翡翠館に新風をもたらし、人々がお互いに意識せずとも影響を与え合っているのだ。

 桧山英二が書いた小説『不完全な月』は、彼の20歳であったときの姿が投影されている。桧山は、現在の自分と別の自分が『不完全な月』に書かれていると堀池に話す。20代を経て現在の自分があるにもかかわらず、無理やり過去の自分と決別しようとしていることが桧山に苦悩をもたらしているようである。桧山はネット通販で、1円で売られているたくさんの自分の小説を目にするという悪夢を見る。桧山にとってこれが悪夢となるのは、もちろん『不完全な月』という才能を費やした作品の価値の否定のためであるが、それだけではない。『不完全な月』の価値の否定は、20代の自分の疎外でもあるからだ。桧山は、口では20代の自分と今の自分は違うと言っているが、現在であってもその20代の自分の存在を疎外されることに苦しむという矛盾を抱えている。桧山が再び前に進むことができるのは、過去との決別ではなく、過去があってこその現在であるということと向き合ったときである。『不完全な月』のタイトルにあるように、時間を経た自分も20代のときのように、未だに不完全な存在であるということをいつしか受け止められるようになっていく。桧山はあるときから、オーナーの荻原時子の夫が残したバイクを修理し始める。その「過去」のバイクが修理され、再びエンジンが轟音を上げたとき、「現在」の桧山の時間も動き始める。桧山は、荻原から藪下が自分は再び書くことができると言ってくれていたことを聞かされ、吹っ切れたように鉛筆と原稿用紙と共に再び机に向かう。桧山は、藪下が造った椅子に決して自分が座ることはない。しかし、その椅子に自分の写真を立てかけている終盤のシーンは、志半ばでこの世を去った家具職人の藪下の意思を受け継ぎ、自分なりに進んでいくことの決意が表れている。そして、桧山が原稿用紙に鉛筆を勢いよく走らせる音は、彼の前進する身体性すらも感じさせる。確かな方向性を見極め、若さゆえの走り続けるエネルギーがそこにはある。
 写真家の藤村佐和がピンホールカメラで写真を撮ることには、彼女が対人恐怖症であることが関係している。ピンホールカメラは基本的に人は写らないからである。ピンホールカメラは長い時間をかけて、時間を共有しながら空間を写し出す。ピンホールカメラと共に藤村が体験している時間とは、現実の時間と流れが異なる。そのゆっくりと流れる時間は対人恐怖症を克服していく藤村の時間の流れでもある。桧山が淹れたコーヒーを囲んで4人で団欒を楽しむシーンで、藤村はテーブルとして使っていたダンボールに付いた4人のコーヒーカップの染みの跡をピンホールカメラに収める。その跡には、人は誰も写りこんではいない。しかし、その写真からは確かにそこにいた相澤、堀池、桧山、藤村の存在や共に過ごした時間を感じずにはいられない。藤村のこの写真から、彼女が人と交わりたいという願望が読み取れるのだ。藤村は少しずつ前進していく。藤村は、それまでの声を出して会話した言葉を記してきた手帳をゴミ箱へと捨てることで、対人恐怖症を克服したことが示される。しかし、同時に藤村は対人恐怖症であった過去の自分を否定しない。だから、藤村の対人恐怖症を象徴していたピンホールカメラを止めることはないであろう。藤村は、4人で団欒をしている際に寝ていた桧山の姿も写真に収める。それまで人を写したことがあるのはピンボケの母の写真だけであったが、今度ははっきりと桧山の姿を写す。ピンホールカメラは動いているものが写らないという性質から人を基本的に捉えることはない。しかし、ピンホールカメラが藤村の対人恐怖症であったことの象徴であるならば、敢えてピンホールカメラによって動かず寝ている桧山を捉えることとは、藤村が過去の対人恐怖症であった自分を認め、その上で現在の自分がいることを受け入れていることの表明であろう。 
 

 テディベアアーティストの相澤幸太郎は、小学生のときに虐めを受けていた。しかし、偶然、トラックの荷台から投げ出されたテディベアを拾い、そのテディベアの存在によって相澤は孤独から救われたのである。相澤がテディベアアーティストになった理由もここにあるのだろう。この作品では、相澤だけがほかの3人と少しばかり異質な存在である。映画本編に登場したときから相澤は過去にテディベアに救われ、その過去の延長線上に現在の自分がいることを自覚し、すでに受け入れている。だから、相澤は、誰かが同様のことで迷っていれば、積極的に助言をし、行動を起こす。相澤はテディベアを修復する仕事も請け負っているが、あるとき少女が自分の大切にしているテディベアを直してもらうために彼の元へと訪ねてくる。その少女は、母親からお姉さんになったのだから人形で遊ぶことを止めるように言われたと、相澤に相談する。大人になることとは、子供であった自分を捨てることなのであろうか。相澤は、自分がそうであったように少女が人形を持ち続けることを肯定してあげる。過去の自分があってこそ、今の自分が存在するのだ。この映画は、かつて子供であった自分を、大人になっても心のどこかに持ち続けてもよいのだと優しく語りかけてくれる。
 装飾ガラス職人の堀池一子は、4年前に産んだ自分の子供と会うことすらできない。堀池は、本編の中で居場所がなく、逃げられないのだと話す。過去への後悔は、堀池から決して離れることがなく、彼女を苦しめ続ける。堀池は、自分の仕事場に青い空と海が写された写真を飾っている。堀池は、その青い空と海を見るために函館の地へと来たのだという。その「青」そして「藍」が意味するのは、堀池の子供の名前でもある。なぜ、子供と再会ができないのかについて詳しくは説明されないが、少なくとも、堀池の中には自分の子供の存在が生き続け、叶うことのない再会を望んでいる。相澤は、その子供との再会を実現させるかのように、青い生地で作られたテディベアをそっと、堀池の仕事場の入り口に置いてプレゼントする。相澤によって手動のミシンで丁寧に時間をかけて作られたであろうその人形には、命が宿っているようであり、堀池の心に寄り添ってくれる。だから、堀池は涙を浮かべながら我が子のように抱き上げるのである。
 『函館珈琲』に登場する若者は、皆が過去と向き合うことを余儀なくされて葛藤する。その解決の糸口とは、ゆっくりとした時間であり、他者との関わりである。その他者とは、人に限らず、誰かの心が宿った物であることもあるだろう。ときに他者は自分を焦らせる要因ともなるが、助けてくれる存在でもある。それらは、函館という流れる時間が異なる地域の中で、珈琲を囲んで集まる翡翠館の4人、藪下という不在の登場人物を中心に示されている。
 この映画は、函館の無限に広がっているかのような曇った空と海で幕を閉じる。それは、4人のそれぞれの未来の不確かな行く末であるが、同時に限りない可能性でもあるのだ。

<『函館珈琲』の予告編>

<『函館珈琲』の主題歌「Carnival」のMUSIC VIDEO>

『函館珈琲』は、大阪の「シアターセブン」にて、3月18日(土)~24日(金)にアンコール上映される。また、連日、西尾孔志監督による舞台挨拶が予定されている。
<上映日程>
3月18日(土)            18:50(~20:25終了)
3月19日(日)            12:10(~13:45終了)
3月20日(月・祝)~3月23日(木) 18:50(~20:25終了)
3月24日(金)            12:10(~13:45終了)
詳細URL:http://www.theater-seven.com/2017/movie_hakodate.html

さらに、期間中は上映後に、西尾孔志監督が「BAR 函館珈琲」をオープンする。
「BAR 函館珈琲」
場所:「シアターセブン」の楽屋
日時:3月18日(土)~24日(金)の『函館珈琲』上映後(1時間ほど)
料金:ドリンク代
詳細URL:http://www.theater-seven.com/2017/movie_hakodate.html#bar

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。