『丸』、停滞のススメ


 

ふと目に入っただけなのに目を奪うものがある。

えーっと、アレなんだったっけ?
 
目を奪うその瞬間やその瞬間からの停滞は、はたから見たら止まっているように見えるけれど、頭の中では思い出したり思考しまくっている。
同じ時、隣の家では晩ご飯の準備がされたり、街では沢山の人が歩くように、世の中が動くのと同じく。
 
映画『丸』では、そんな止まった人たちが出てくる。
 
 
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鈴木鉄男は、鈴木家の次男で無職。
家族は父と母と祖母とそして兄。兄は別で暮らしているようだが、家族構成としては特に変わったところはない。
 
ある日のこと、鉄男の恋人である百合子が鉄男と買い物に行く約束をしていたため、鈴木家を訪ねる。呼んでも出てこない鉄男。
 
鉄男のいる二階に行き、微笑ましい恋人のやりとりをして、百合子がふと振り向き台所の上を見た瞬間、そのままの体勢で止まってしまった。
 
その目線を指でなぞり見る鉄男も、そのまま止まってしまう。
 
そんな事もつゆ知らず、父は、実はリストラにあったのだと二階にあがり鉄男に告白するも、同じく同じ方向を向いて止まってしまう。
 
そして立て篭りだと思って駆けつけた警官も同様に止まる。
 
そしてその目線の先には【謎の黒い球体】。
 
一方、立て篭り事件を追う記者の出口は、その二階を遠くから見つめる…。
 
 
 
父が起こした立て篭り事件だと世間では言われる中、それは立て篭りでも何でもなく、
ただ”止まってしまった”ということ。そして拳銃の発砲、ある刑事の失踪。
謎の事件が謎として、人を停滞させていく。
 
 
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【停滞】という言葉に多くの意味を持たせるのがこの映画だと思う。
 
 
鉄男の無職、父のリストラ、警察の対応、祖母の痴呆。
傍から見ると、何かを得ているとは思えない、いわば停滞しているようなその状況に、
人は”何もしていない”という表現をする。
 
 
でも”何もしていない”のだろうか?
 
 
無職の鉄男は食べたうどんのことや食べられるはずだったかもしれないパンについて呟く。
 
父はリストラにあいながら出勤したふりをする。
 
警察は起きた事件を隠蔽しようとし、はたまた好奇心でそれを見せびらかす。
 
祖母は時々思い出したり思い出さなかったりする。
 
 
これは”何もしていない”ことになるのだろうか?
 
 
人は何かを得たり、解決したり、結果が無いと”何もしていない”と判断する。
 
停滞とは無意味だと。
なくていいものだと。
できる事ならずっと進んでいたいと。
 
経済も、身長も、もっともっと伸びて欲しいと思うみたいに。
 
でもそんなことはあり得なくて、あり得ない事が悔しくて、停滞を責める。
 
でも、停滞していると思うのは、渦中の本人というよりも、外にいる他人の方が多かったりもする。
他人から言われるから、本人も思う、みたいな。
 
 
世の中の経済成長が止まった、とか、身長が伸びるのが止まったとか、
すべて、止まった事だけを見つめるその”停止した目線”に対して、わたしは警告をされているように思った。
 
 
この映画に出てくる、【謎の黒い球体】に目を奪われ、動きが止まってしまった人たちは、
いわば”責められてしまう人たち”だ。
 
動けないから使いものにならないと。
でも、その人々の周りはいつも通り動いていて、元気に振舞っていたお母さんが体調を崩してしまうみたいに、
時間は確かに過ぎている。
 
時間は停滞していない。
止めてしまっているのは、そう思う、自身の思考なのだ。
 
 
そしてこの映画で唯一動きまくっているのが、記者の出口。
 
出口はこの事件の真実というものを追い求め、一見して進んでいるように見えるのだが、
真実を突き詰めたところで、止まった人達を動かす事は出来ないという事が事実であり、結局出口も止まってしまっているのだ。
 
【謎の黒い球体】を見ていなくても。
 
 
冒頭で話したような、ふとした停滞はいつでもやってくる。
思い出せないアレ…
 
 
その間、間違いなく時は止まってはいない。
例えそれが思い出せなくても、思い出せないということがわかるという事は、間違いなく進んでいるから。
 
 
停止した目線に目を向けるのではなく、確実に過ぎていく”着実な目線”が、生きていくために必要だと、気付かされる。
 
 
さあ、停滞してみようよ。
 
 
この映画からは、そうやって勧められているみたいだ。
 
 
 
映画『丸』は、イメージフォーラムにて、絶賛上映中です!
是非、映画館で停滞しましょう。
 
公式HP:http://www.yoheisuzuki.com/maru.html
 
 
 
 
 

住本尚子 イベント部門担当。 広島出身、多摩美術大学版画科卒業、映画館スタッフとして勤務、映画と美術の懐の深さで生きています。映像制作、イラスト制作、もがき生み出し、育て中