「夜よ、こんにちは」とイタリアの1970年代


『夜よ、こんにちは』(Bonjorno, Notte)はテロリズムを描いた映画だ。主題となる事件は1978年のイタリアで実際におきた「アルド・モーロ誘拐事件」。1968年を一つの契機とする世界的な「政治の季節」以降、イタリアでは社会変革に身を投じた若者らが徐々に過激化し、1969年のミラノ・フォンターナ広場とローマ・ヴェネツィア広場での同時多発爆弾テロを皮切りとして、左右両陣営によるテロが日常化する時代を迎える。暴力を手段としてとることを辞さない多数の大小のグループが濫立した1970年前後から78年ごろまでのこの時期は、イタリアにおけるテロリズムの全盛期として「鉛の時代」と呼ばれる。この映画の主人公達が属する「赤い旅団」もこうした時代背景のなかで生まれた。のちに、アントニオ・ネグリといった著名な人物も関与を取り沙汰されるグループだ。一方、この時期は、内閣と議会において、左右の各党による矛盾をはらんだ中道左派路線の「大連立」が画策されていく時代でもある。その立役者となるのが、キリスト教民主党のアルド・モロ党首だ。「赤い旅団」がモロ党首の誘拐に踏み切るのは、「鉛の時代」の最後の時期、まさに「終わりの季節」だった。

 さて、映画は一部のシーンを除き、ほとんどが室内の、旅団がモロを監禁するために使用しているアパートの一室内でのショットで進行する。外部と切り離された空間で、誤って宙に浮かんでしまったかのような若者達。それが映画に強い緊張感をもたらしているのだが、同時にベロッキオはその背景にある時代の緊迫感を描写することを忘れていない。主人公のキアラは公務員として図書館で勤務していて、彼女が仕事とアパートとを往復する場面はこの映画にとって重要な幕間劇となっている。バスの中で「これからストライキにいく」と男の声が聞こえる。それに対し「モロが誘拐されたのに?」と叫ぶ老婆の声。あるいは、食堂で「大学を閉鎖して、学生を強制労働させろ」と憤怒する中年の男性。部屋の中で進行する映画の本筋とは関係ないようにみえるこうした「細部」は、当時のイタリアの市民レベルでの奇妙な分裂を巧妙に描きながら、同時にそれらへの批評ともなっていて、その巧みさには舌を巻かされる。また、図書館で出会う作家志望の男との出会いは、ストーリーに別のフィクションを持ち込んでもいる。

 監禁中のモロ党首の姿も卓逸だ。保守党の党首でありながら、左派との懐柔路線を指導してきたモロだが、監禁中「私にはなんの権限もない」と何度か旅団のグループに語っている。本当にそうだとしたら、この連立に、そしてこの誘拐にはいったいどういう意味があるのだろうか。フィクションであれ事実であれ、自分の命に対してというよりもむしろ、イタリアの将来をこそ「あきらめ」ているかのように見えるモロ党首は、「赤い旅団」そして「鉛の時代」に身を投じた若者達の哀しさを象徴しているかのようにみえる。

 最初にこの映画はテロリズムを描くと書いたが、『夜よ、こんにちは』は同時にイタリアにおける宗教を、カトリックを描いた映画でもある。ベロッキオ自身、『眠れる美女』(Dormant Beauty, 2013)についてのインタビューの中で(※)、「自分はカトリックの世界で生まれ育ち、それらに囲まれて生きてきた。たとえ自分が厳格な信者ではないにせよ、私の映画創作はそれらと切り離すことができないだろう」と話しているが、この作品でもテロの時代における市民生活の根底に根ざした宗教観が描かれている。例えば、後半部分でモロが閣僚らに自分のメッセージが無視されていることを知り、最後の手段として法王に宛てた手紙をしたためるシーン。あるいは、旅団のメンバーらがモロに処刑を下すにあたり、胸の前で切られる十字。ここは解釈が別れる部分だと思うが、イタリア人である限り、たとえあなたがテロリストであってもパルチザンであっても、あなたはカトリックであり、それから逃れることはできない。いつもそれとの距離を測りながら行動しなければならない。そんなメッセージも映画の通奏低音をなしているように感じられる。それは「眠れる美女」にも受け継がれるベロッキオの重要なテーマなのだろう。

 最後に、この映画のタイトルとなっているエミリー・ディキンソンの詩『夜よ、こんにちは』(Good Morning, Midnight)も象徴的だ。世を疎んじ、生前にはほとんど作品を発表することの無かったディキンソンは、その孤独の中でそのキリスト教への宗教観をより純化させ、詩の中で表現したことでも知られる。この詩自体が映画の中で登場することはないのだが、ディキンソンのイメージと暗示的な詩のタイトルは主人公キアラやモロの姿と重なり、彼らの孤独を際立たせる。様々なテーマがゆるいつながりのなかで織り込まれた『夜よ、こんにちは』は、歴史的なテロ事件の主犯者たちも一人の孤独な市民であることを強く印象づけるだろう。

※1 http://www.filmcomment.com/blog/interview-marco-bellocchio/


ベロッキオのレアな傑作2本が池袋新文芸坐で上映されます!
新文芸坐シネマテークVol.8 イタリアの怒れる巨匠/マルコ・ベロッキオ
3/18(金)『母の微笑』+講義(大寺眞輔)19:15開映
3/25(金)『エンリコ4世』+講義(大寺眞輔)19:15開映

第8回 新文芸坐シネマテーク


井上二郎

「映画批評MIRAGE」という雑誌をやっていました(休止中)。文化と政治の関わりについて(おもに自宅で)考察しています。趣味は焚き火。