
パブロ・ラライン監督の『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』は、ジョン・F・ケネディ大統領夫人、ジャッキーことジャクリーン・ケネディを描いた伝記映画である。1963年11月22日にケネディ大統領が、テキサス州ダラスのパレードで暗殺される。ジャッキーは、副大統領が後任を引き継ぐことによって確実に夫の存在が忘れ去られていくのを実感するが、その際、彼女は夫の功績を残そうと自分の命の危険を顧みずに行動を起こす。
『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』の音楽を作曲したのは、ミカ・レヴィである。レヴィは、1987年にイギリスのギルフォードに生まれ、ワトフォードで育った。父親はロイヤル・ホロウェイの音楽の教授であり、母親はチェロの教師であった。レヴィは、子供のとき、ヴァイオリンとヴィオラを学んだ。さらに2006年には、ギルドホール音楽演劇学校で作曲の勉強を始めた。また、その頃から、レヴィは友人のライサ・カーンとマーク・ペルと共に、実験的なポップバンドにも取り組むようになった。そのバンドはすぐさま軌道に乗り、レヴィは作曲の学位を取得することはなかった。しかし、レヴィはクラシック音楽を捨てることはしなかった。さらに正確に言うならば、レヴィは自分の音楽世界を築き上げ、クラシック音楽とほかの自身の興味を併せ持っている。
『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』は、レヴィにとっては2番目となる映画音楽である。最初の作品は、2013年のジョナサン・グレイザー監督による『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』である。スカーレット・ヨハンソンが異世界から来た訪問者を演じた。ヨハンソン演じるエイリアンは、スコットランドの路上で出会った男性を誘惑し、捕食する。グリッサンド奏法、微分音、パーカッションによる音楽で彩られた映画である。『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』の音楽は、そのSF作品とは対照的である。レヴィは、現実に根差したスコアを書いたのである。そのスコアは、ジャッキーの人物像からインスピレーションを得ている。
「ジャッキーは、現実の歴史上の人物だからです。彼女はアメリカ人であるからです。それは、現実の中だけで表現することなのです。彼女は優れていて、優雅で、狡猾なのです。だから、フルートは、とても適していると思ったのです。それらは、ヴィブラフォンのような多くの楽器編成の参考になりました。」
この映画音楽に用いられた楽器とは、3挺のベース、8挺のヴァイオリン、6挺のヴィオラ、6挺のチェロ、2本のフルートである。さらにクラリネット、ヴィブラフォンを含むパーカッションが使われた。それらの楽器によって、レヴィが作り上げた音楽は、1960年代も思い起こさせる。
「当時のこと、特にジャッキーが生きた時代を振り返ると、多くの音楽はどんよりしていました。グリッサンド奏法を用いることにより寛大でどんよりした感じを出しています。そこには豊かさもあります。楽器の選択は、ジャズバンドのようであり、その時代を表現しています。しかし、サックスフォンとトランペットは用いていません。」
レヴィによれば、サックスフォンとトランペットを用いなかった理由とは、それらの音色はそれほど風変わりではなく、古風な趣を感じさせないからだという。また、レヴィは、1962年に初めてホワイトハウスで開催されたポール・ウィンター率いるジャズバンドのコンサートなど、当時におけるレコーディング音源を一切聴くことがなかった。それらを模倣しないようにするためである。
レヴィが述べるグリッサンド奏法とは、上下に音階を滑らせるように演奏する技法のことである。この奏法によってもまた、レヴィはジャッキーを表現しようとした。
「ジャッキーにとって映画で描かれているのは一種の頂点の時期です。彼女は子供のことを含め、人生で翻弄されることとなった厳しさと向き合ったり、トラウマを抱えることとなりました。世界との出会いの中で、このすべてと向き合ったのです。しかし、彼女は、自分を保つために、酒や薬に頼りました。」
レヴィは、ジャッキーの毅然とした姿、自身を保つための堕落した姿の2面性をグリッサンド奏法を用いることにより表現した。スコアを貫くのは、その奏法による歪んだような音である。『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』でも取り入れられているが、2011年にリリースされたアルバムChopped & Screwedでも用いられた。
「私は、いつもグリッサンド奏法に興味を持っています。ゆっくりと演奏すれば、このまとわり付き、歪み、変形した音なります。私はその音がすごく好きです。同時にその音には表現の豊かさがあるのです。」
グリッサンド奏法は、スコアにさらなる彩を与える。その奏法が生み出す上下の音の変化は、幸福と残酷さの両面をも表しているのである。
『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』のラライン監督は、映像に対する音楽の選択で、レヴィの音楽を明確に提示した。この作品でレヴィの音楽が印象深いのは、音楽それ自体だけではなく、映像に対する音楽の配置が関わっているためである。ラライン監督は、オーディオミックスにおいて、レヴィのスコアの音を異常なほど高くし、さらに、その音楽を展開する意外なシーンを打ち立てた。この映画のサウンドトラックにおいて最も印象的な楽曲のひとつは、“Walk to the Capitol”である。その音楽が使われている映画を知らずに聞けば、暗い家の中を怪物にひっそりと追いかけられているヒロインを想像するかもしれない。バーナード・ハーマンが弦楽器よって表現したような音楽である。しかし、ラライン監督は、そのスコアをジョン・F・ケネディ大統領の葬儀の行進のために使ったのである。レヴィは次のように述べる。
「私は、そのシーンに別の音楽を提案しました。怖くなく、より感動的で愛国的な音楽です。私はそのように解釈していたからです。」
しかし、これはラライン監督がレヴィの作曲した音楽を、映画のほかのシーンに再配置した多くの例のひとつに過ぎない。ラライン監督によれば、レヴィは、はじめその再配置によって少し当惑していたが、その後、リズムに踏み込んでいき、その方法でスコアを展開させていった。ラライン監督は、そのスコアの独自性を自分の功績にしようとはしなかった。レヴィは、自分の直感はラライン監督よりも型にはまっていると述べているが、ラライン監督の主張はその逆であったのである。
「レヴィは、型にはまった方向に進んではいません。彼女は悲しいシーンの上に悲しい音楽を重ねようとはしないのです。彼女は、同様の感情に訴えかけるトーンですが、映画へ別の層を重ねてくれるのです。彼女の繊細さは、もうひとつの次元をもたらしてくれます。」
ラライン監督がレヴィの音楽を合わせた際に、時折、音楽とシーンが一致しないと感じることがあった。しかし、どのような動きがより当て嵌まるのかを見極めるのが難しかった。そのサウンドトラックは余りに奇妙で、余りに歪曲していて、余りに自立していたために的確に付与できなかったのである。スコアの卓越性は、ハリウッドの伝記映画における聴き慣れたオーケストラの音が異様な音と併せられることによってもたらされている。
マーティン・スコセッシ監督やウェス・アンダーソン監督の作品において、音楽監修を務めたランドール・ポスターはレヴィの音楽に賛辞を贈っている。ポスターは、『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』のスコアにおける優れた点とは、映像に付随するのではなく、物語を伝える要素となっていることであり、物語への視点を定めていることであると述べた。
参考URL:
http://www.newyorker.com/culture/persons-of-interest/mica-levis-anti-musical-soundtracks
http://www.thefader.com/2016/11/14/mica-levi-jackie-under-the-skin-soundtrack-interview
http://www.factmag.com/2016/12/05/mica-levi-jackie-film-score-interview/
http://www.filmmusicmag.com/?p=16884

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。
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