
先日、劇場公開された「ワンダーウーマン 1984」。2017年に大ヒットした「ワンダーウーマン」の続編として当初2019年公開予定だったが、スタジオの戦略によって2020年に公開延期され、更に新型コロナウイルスの影響で度重なる延期を余儀なくされた。
80年代の大量消費社会を舞台に、ワンダーウーマンが資本主義の傲慢と貪欲がもたらす悪と戦う姿を描いた本作は、世界的パンデミックによって人々が必要最低限の生活を送っている2020年の世相とそのテーマ性がかけ離れてしまったという評価もある。しかし、新たなスーパーヒーロー像を打ち出して華々しいデビューを飾ったワンダーウーマンは、今作でもハリウッドに一石を投じていると言っていいだろう。
実は、本作は全米製作者組合が定めた撮影現場でのセクハラに対するガイドラインを初めて公式採用した映画でもある。「ワンダーウーマン」が公開された数ヶ月後に起こった#MeToo運動。その後すぐに策定されたガイドラインには、不適切な行動や問題のある労働環境について定義づけるとともに、セクハラ防止研修の推奨から問題が発生した時の具体的な対処法までが詳細に載っている。「ワンダーウーマン 1984」のような話題の大作が先陣を切ってこのガイドラインを採用したことは、大いに話題となった。
そうして製作された本作には、セクハラを象徴するシーンがある。ワンダーウーマンことダイアナがパーティーを訪れるシーン。彼女が会場に入ると、そこにいるすべての男性から熱い視線 − ダイアナを値踏みするような、憧憬と興奮の入り混じった視線が注がれる。カメラはダイアナの視点に切り替わる。観客は、女性を客体化し眺めるという男性の特権的な視線にさらされ、ハラスメントを体験する。こうした女性の視点から見た日常的な性差別がスーパーヒーロー映画で表現されるのは画期的である。
ハーレイ・クインが無礼な裏稼業の男をペットのハイエナに襲わせたように(「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY」)、失礼な振る舞いをした男性に女性ヒーローが罰を与えることはあったが、彼らは大抵極悪人として描かれてきた。しかし、本作では普通の男性の悪意のない無意識の行動がハラスメントになりうることを端的に表現しているのだ。こうした現実的なセクハラ描写がハリウッド大作で描かれることには大きな意義があるだろう。また、映画の後半では、男性陣がダイアナの登場に過剰な反応をしない、適切であたたかい歓迎もきちんと描かれている。
本作のパティ・ジェンキンス監督は、ワンダーウーマンについて気に入っているところは「フェミニズムに全く無頓着なダイアナの目を通してフェミニズム見ること」だという。
「ダイアナにとっては性別によって不平等が存在するということ自体が思いもよらないこと。彼女自身は周りに影響されず彼女らしくあり続けるけど、周りの人々の振る舞いを見て、ひとつずつ不平等を発見していくんです。」
私たちはダイアナの目を通して世の中を見ることで、意識されることのなかった不平等に気がつくことができるのだ。また、舞台となる80年代の様子は、これまで性差別による生きづらさが「それも人生だ」という一言で片付けられてきたという事実を私たちに思い出させる。
「ワンダーウーマン 1984」は、少女ダイアナがアマゾン族の島で戦士としての能力を示すコンテストに出場するシーンから始まる。難しい障害物をくぐり抜け、大きな跳躍をしてコースを突破する姿は、女性の社会的な飛躍そのものだろう。そして、シーンはスミソニアン博物館で働くダイアナの現在へと移る。
主演のガル・ガドットは「このシーンを見るたびに涙が出る」という。
「私は、何かになりたいと夢見るにはまず、視覚的にそのイメージを見ることが大切だと思っています。幸運なことに、男の子たちは映画で目標となる男性像をたくさん見ることができる。一方で、そうした女性像はあまり描かれない。自分には様々な可能性と夢を叶える力があると伝える女性像を視覚的に表現することは、とても重要だと思っているんです。」
本作では、他にも遊び心あふれるフェミニズムの要素が散りばめられている。ヴィランのマックスウェル・ロード(ペドロ・パスカル)がセクシーなモデルたちとポーズをとるのは「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2」のビフへのオマージュのかたちをとった広告風刺だし、典型的なドレスアップモンタージュを男女逆転して男性で見せているのはジェンダー表現への批判的パロディだ。そして、ハイヒールは本物のスーパーパワーとして描かれる。
また、本作の重要な役どころであるダイアナの同僚バーバラ(クリステン・ウィグ)は明らかにダイアナの並外れた美しさに畏敬の念を抱いているが、それは達成不可能な理想だと描かれている。ダイアナの外見は映画のヒットに一役買っているかもしれないが、彼女の誠実で寛容な心こそが物語にとって最も重要であり、スーパーパワーそのものなのだ。
今作でプロデューサーも務めるガル・ガドットは「ワンダーウーマンが多くの人を惹きつけるのは、これまでになかった、時に弱さも見せる人間的で多面的な女性ヒーロー像を描いたから」だという。
「ハリウッドの脚本はどれも同じようなものばかり。タフな女性キャラクターはその強さゆえに異端であり、孤立する存在として描かれてきた。でも、それはリアルじゃない。私はもっとリアルな表現を求めていたんです。なぜなら、私は女性でいることはどういうことかを知っていて、私たちの物語は語る価値があることを知っているからです。女性のフィルムメイカーにその機会がもっと与えられますように。」
しかし「ワンダーウーマンのキャラクターは女性であることを意識して作っていない」とジェンキンス監督はいう。
「女性の代表としてのキャラクターを描こうとすると“恐れを知らない完璧な女性像”になってしまう。ダイアナはインディ・ジョーンズをモデルにしました。彼女はユーモアがあって、失敗もするし、それを笑い飛ばしもする。私たちはそうして性別、人種、ハンディキャップを問わない、誰もが親しみをもてる主人公を作り始めたんです。」
フェミニズムの目的は決して男/女の二分法を作り出すことではない。ワンダーウーマンが性別を問わず多くの人を魅了したのは、そうしたジェンダーを超えたキャラクター像があったからだろう。女性のジェンダーからの解放は、男性を含むすべてのジェンダーからの解放につながるものであるはずだ。
ガル・ガドットはいう。
「フェミニズムという言葉の真意は、選択の自由と平等にある。ワンダーウーマンが体現しているのはそういうことなんです。」
内容においてもその製作プロセスにおいても、信念を貫いた「ワンダーウーマン 1984」*1。ワンダーウーマンが示した新しい表現が、続くマーベルの「ブラック・ウィドウ」「Eternals(原題)」といった女性監督×女性ヒーロー映画*2や、スーパーヒーロー映画というジャンル自体にどのような影響を与えていくのか楽しみだ。現場では感染症対策に予算がかかることでセクハラ対策の普及に遅れが生じることも懸念されているが、本作を皮切りに今後多くの映画でガイドラインが採用されることにも期待したい。ダイアナと同じように世の中を見ることができれば、世界が少しずつ良くなることを信じて。
*1
しかし、今作でもガル・ガドットに支払われた出演料が男性スターと比べて格安だったことも見逃してはならない。1作目でわずか30万ドル(約3000万円)だったガドットのギャラは、批判の声を受け今作では1,000万ドル(約10億円)に上がったが、それでもこれは同様のスーパーヒーロー映画で主演を務める男性の半分以下である。他の業界と同じく、未だにハリウッドも男女の賃金格差の問題を抱えている。
*2
「ブラック・ウィドウ」ケイト・ショートランド監督、スカーレット・ヨハンソン主演/製作。
「Eternals(原題)」クロエ・ジャオ監督、アンジェリーナ・ジョリー主演。
マーベル・シネマティック・ユニバースの新作で共に2021年公開予定。
参照:
https://www.theguardian.com/film/2020/dec/18/wonder-woman-1984-metoo-superhero-movie-gal-gadot
https://www.scmp.com/magazines/style/news-trends/article/3104199/wonder-woman-1984s-gal-gadot-israeli-dc-comics
https://www.washingtonpost.com/goingoutguide/movies/wonder-woman-1984-movie-review/2020/12/18/5bd9b0c6-3f27-11eb-8db8-395dedaaa036_story.html
https://www.vanityfair.com/hollywood/2020/10/gal-gadot-is-in-a-league-of-her-own
https://www.syfy.com/syfywire/patty-jenkins-says-wonder-woman-is-oblivious-that-feminism-would-even-be-an-issue
https://www.smh.com.au/culture/movies/who-s-that-gal-wonder-woman-returns-just-don-t-call-her-a-feminist-20201216-p56o21.html
©2020 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & © DC Comics

北島さつき
World News担当。イギリスで映画学の修士過程修了(表象文化論、ジャンル研究)。映画チャンネルに勤務しながら、映画・ドラマの表現と社会の関わりについて考察。世界のロケ地・スタジオ巡りが趣味。
コメントを残す