第70回カンヌ国際映画祭コンペティション部門においてトッド・ヘインズ監督の最新作”Wonderstruck”が上映された。
『ヒューゴの不思議な発明』の原作者である児童文学作家ブライアン・セルズニックが原作・脚本を担当した本作は二人の子ども、二つの時代を軸に、彼らの物語が交錯してゆくさまが描かれている。1977年、交通事故で母親を亡くしてしまった少年ベンは、会ったことのない父親を探しにニューヨークへとやってくる。1927年を舞台とした一方では、両親が離婚してしまった聾唖の少女ローズがサイレント映画のスター女優に会えることを願って、ニュージャージーからニューヨークへと向かうのだった。
“Wonderstrucks”について、ヘインズは「これは子どもの映画であり、私ひとりでは決して思いつくことのなかった何かでもあります。セルズニックは、子どものもつ特異性に独自の視点をもち、それは彼らへの全くの敬意を示した本当のものだった。
製作の過程で、子どもー耳の聞こえない子どもとともに映画を作る過程で、私達の撮った映画のカットを子どもに見せていましたが、彼らはこの映画を作ることについて私が知るべきものの全てを教えてくれたと思います。彼らはいつも大人よりもラディカルで、驚くべきところがあり、開かれた感性を持っていました。私が常に感じたのは、それが子どもにとって信じられないほど豊かでユニークな贈り物で、子どもが得るほかの何ものにも似ていなかったということです。彼らはこのように、完全に映画に入り込む資質があるのです」と述べている。*1
「私の撮った殆どの作品は過去のある時代を舞台としていましたが、この作品は1920年代のマンハッタンと、対して1970年代後半の経済的な不況に陥っている困難な時代のニューヨークという二つの舞台に多くのアイデアやイメージを詰め込むことができたため、とても刺激的でした。
しかし、私が物語で本当に好きだったのは、それが古典的なミステリーの性質を備えていたという点です。物語には子どもたちが解読し学ぼうとする謎があり、しばしば一つの答えが、彼らを駆り立て物語の次の展開に関する謎を呼んでいるのです。しかし一番の魅力は、私たちの語っている二つの物語が、どのような繋がりをもってゆくのか?という点でしょう。」*2

セルズニックによる原作では、ローズの物語はイラストのみを通じて語られていた。映画では、ベンの物語はカラー画面、音や台詞で語られるのに対し、ローズの物語は白黒画面、サイレントで描写されるという構成がなされている。
“Wonderstrucks”は部分的にはサイレント映画なのか?と尋ねられたヘインズはこのように述べている。
「ローズの物語が音を持たず、会話も無く画面も白黒であるという点ではそうでしょう。私たちは35mmフィルムで撮影したため、画角はサイレント映画のそれとは異なっていますが。しかし、サイレント映画の形式を語ることにおいて、その終わりの時代の諸作品を顧みたとき、そこには一つの定まった形式などないということを、すぐに知ることができるでしょう。それはいきいきとした視覚的な映画表現の全ての形式であり、流儀でした。しかし、トーキー映画の到来によりそれは没落します。トーキーとサイレントとでは、その技術が大きく異なっていたためです。私は表現の形式の自由としてそれを選んだのです。
私は多くのサイレント映画を観ましたが、それらでなされている表現に仰天させられるということは、本当にスリリングでした。当時、多くの映画監督が多くの異なった表現を同時代に行っていたのです。
“Womderstruck”の半分は白黒画面で、台詞がありません。いくらかのサウンドデザインがなされていますが、それは自然主義的な、ありまのままの音ではありません。残りの半分は70年代の映画表現に触発されたカラー画面で構成されています。この映画で興味深いであろう点は、どちらの物語でも殆ど会話が用いられていない点なのではないでしょうか。なぜなら耳の聞こえない二人の子どもが主人公であるからです。」
『キャロル』『エデンより彼方に』などでもヘインズ作品に参加した、本作の撮影監督エドワード・ラックマンは次のように語っている。
「”Wonderstruck”は、サイレント映画に近い部分もあります。それはローズが生きている世界を隠喩し映し出すための方法です。彼女は都市に自身の肉体を沈め、あなたはその都市を静寂の中に見るのです。それは観客を、ローズが生きている世界に対する彼女の認知の一片とする手助けとなるでしょう。(中略)
ベンの物語も、ローズの物語も、ニューヨークを舞台としています。ベンもローズのように、彼の人生で欠けているものを探しているのです。私たちはサイレント映画という表現を通してローズのための観客の視点を作りましたが、一方で色彩があり、言葉を通した表現がなされているのがベンの生きる世界です。彼は音を聞くことができますが、徐々に耳が遠くなっていきます。
1920年代のニューヨークは経済的に非常に繁栄していましたが、70年代にはそれも廃れてしまっていました。ベンが自分自身を発見する場所である70年代ニューヨークを撮影するにあたり参考にしたのが『フレンチコネクション』です。70年代の映画のもつ自然主義やカメラの野性的な動きは、20年代のサイレント映画とは完全に対照的なものでした。」*3

ローズ役を演じたのは映画初出演となる14歳のミリセント・シモンズだが、彼女もローズと同じく聴覚に障がいを持っている。その配役の意図を尋ねられたヘインズは
「ローズ役のキャスティングにあたって私たちが最初に願ったのは、実際に障がいをもつ人を出演者とすることだけではなく、その本当の感覚を人物と演技に取り入れることです。聴覚という要素は二つの物語を成り立たせる一部分であり、映画全体を進行させるテーマでもあります。そして私たちは、これは私たち全てにとって聴覚に障がいのある人々をより身近に感じるための方法であり、主役の子どもたちを通じた”聞こえない”ということについての直接的な学びであると感じました。」と答えている。*2
ヘインズ作品に4度目の出演となるジュリアン・ムーアも本作に出演しているが、それにあたりムーアは手話を学んだという。その経験についてこう語っている。
「映画は、私たちがどのような言語を使うのか、言葉を用いずにいかにして我々の身体、手足を効果的に使うのか、といったところに集約されていました。そこから私が学んだのは、私たちは人として、それが言葉によるものかどうかには関わらず、視覚的な意思疎通を常に期待しているということです」*4

最後に、今年のカンヌ国際映画祭ではNetflix製作のものなど、映画館で公開されない作品の扱いを巡る議論が話題を呼んだ。この”Wonderstrucks”は、Amazon Studiosが製作を担っている(なお、ネットストリーミングの前に劇場での配給を行うAmazonに関しては除外の対象にはならない模様)。これについてどう感じているか尋ねられたヘインズは、「私は流通や配給の基盤を知る必要があると感じています。もしも彼らが劇場での映画の配給を行うつもりがなかったのであれば、私はともに働くことに興味を持っていなかったでしょう。それは私にとって不可欠なことであり、同じように、彼らにとっても不可欠なことであるはずです」*1

なお、映画祭のなかでヘインズは「あなたの作品について最も私の心に響く点は、あなたがいかにして、コンセプチュアルな挑戦と心理や感情とを整然と融和させているのかということです。あなたの作品は、アカデミックでありながら、しかもロマンチックでもあるように思われます。」という記者の言葉に対して「私は、映画とはそういうものなのだと思います。その両側面を考慮することはありませんー我々の人生に影響を及ぼしたいくつかの重要な映画のなかにおいても、その画面全てを見てはいないのです。感情だけでなく、思想や引用、言語は常に複雑にもつれあっているのですから」と述べている。*5ヘインズが映画をいかに捉えているのか考える一要素となるのではないだろうか。

“Wonderstruck”は2018年に日本での公開が予定されている。子どもや聴覚の不全、サイレントの映画表現などといった様々なテーマを含んでいるであろうこの作品が、今からでも待ち遠しくなってしまう。

参照
http://www.imdb.com/title/tt5208216/
*1http://variety.com/2017/film/festivals/todd-haynes-cannes-film-festival-wonderstruck-1202439708/
*2http://www.hollywoodreporter.com/news/wonderstruck-how-todd-haynes-shot-a-double-period-film-child-actors-lots-silence-q-a-1004617
*3http://www.indiewire.com/2017/05/edward-lachman-wonderstruck-interview-cinematography-cannes-1201829397/1/
*4https://www.usatoday.com/story/life/movies/2017/05/18/wonderstruck-cannes-film-festival/101821972/
*5http://midco.net/front_controller.php/news/read/category/AP%20Entertainment%20Headlines/article/the_associated_press-qa_todd_haynes_on_making_complex_cinema_for_kids-ap

吉田晴妃
現在大学生。英語と映画は勉強中。映画を観ているときの、未知の場所に行ったような感じが好きです。映画の保存に興味があります。


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