[711]ジョエル・エドガートン監督最新作『Boy Erased』と”転向療法”の問題


 11月2日、ゲイの青年を描いた映画『Boy Erased』がアメリカで公開された。物語の主人公ジャレッドは、教会が行っているLove in Actionといわれるプログラムを受けることになる。そこでは、同性愛を“治す”ための転向療法と呼ばれる治療が行われている。
監督はオーストラリア出身の俳優ジョエル・エドガートンだ。彼の初監督作は2015年のホラー映画『ザ・ギフト』だが、それに続く作品となる。本作では監督だけでなく、脚本、プロデュース、出演もしている。
キャストは、主人公をルーカス・ヘッジズ、両親をオーストラリア出身のニコール・キッドマンとラッセル・クロウが演じるほか、Love in Actionの指導者を監督自らが演じる。ほかに、ゲイであることをカミングアウトしているグザヴィエ・ドランやミュージシャンのトロイ・シヴァンも起用している。
 今作は2016年に出版されたギャラード・コンリーの同名の自伝を映画化したものになる。実話に基づく映画ということになるが、一つの家族の歴史を映画化するだけあって内容はとてもセンシティヴなものだ。特に、彼に性的な矯正を施そうとした彼の家族やセラピストたちは映画化によって悪人となることを余儀なくされるかもしれない。さらに転向療法は政治や宗教と複雑に絡み合った根深い問題だ。
監督や原作者の思いとは裏腹に、この物語を取り巻く状況は複雑である。(1)

転向療法の実情

 この映画のテーマとなっている転向療法とは、人の性的指向やジェンダーを変えることが目的の心理療法のことだ。
 この手法はアメリカの医学会や心理学会を含む様々な団体から非難の対象とされてきた。セラピーは「同性愛は疾患である」という知見に基づくとされ、この見解は精神医療の専門家たちにもことごとく否定されている。
 多くの場合、転向療法は保守的なキリスト教団体と密接に絡んでおり、宗教的な意味あいを持っている。彼らは、グループの支援によって “同性愛に苦しむ人々” は “同性愛から解放される”と主張する。(8)
転向療法はアメリカだけでなく、監督のエガートンが育ったオーストラリアでも行われている。オーストラリアとニュージーランドでは少なくとも 10の組織が現在も転向療法の実施を公にしている。(9)
カトリックとして育ち、教育を受けたエドガートン(彼は後に棄教しているが)は, 原作ストーリーにおいて、信仰面で親近感を持っている。
「罪の意識というのは私の中に色濃く根付いている。」と彼は笑う。(4)

原作との出会い

 監督のエドガートンは、自身が原作本を読んだ時のことについて次のように語っている。

「 『こういう場所に子供送り込む人はみんなひどい人だ.』『こういうところで働いている人々もみな暴利をむさぼるような忌々しい.』と思っていた。でも彼がそこへ送られた理由、そして人々がそこで働く理由は、もっと他にあるんだ。彼らは彼を傷つけたいわけじゃない。彼を救いたかったのだと思う。」(1)
 エドガートンは、原作者には、自分に罪悪感や恥を抱かせ、痛みをもたらした人々にさえ深い共感を持っていると語る。
「ああいう選択(子供に転向療法を受けさせる)をした親子には、神と自分たちの属しているコミュニティーとのつながりを失うことへの深い恐怖があったのだろう。転向療法の雰囲気は憎しみに満ちたものではない。そこにあるのは恐れなんだ。」

 この恐れへの向き合い方が大事だとエガートンは言う。転向療法を行っている人々は皆、この恐れに対処したいとは思っているが、実際の問題解決には至らない。本当に必要なのは、互いの考えを深く理解し、共感を寄せることだという。彼は前作でホラー映画を監督しているが、今日もこのようなことが行われていることがまさにホラーだとも言っている。(1)
 エドガートンは映画製作においても、著者の思いやりに満ちた見方を反映させるため、全員の立場に立って、共感的な視点を持ちたいと考えた。リサーチのためにコンリーの両親と会い、教会にも足を運んだという。

「特にギャラードの父親は人々が想像するような悪者とは程遠い人物だった。父親は実生活で、自分の息子を救う方法、彼を治す方法があると考えていた —セクシャリティの問題というより、彼を薬物におぼれてしまったかのように思っていた。」(4)

 彼はまた、自らLove in Actionへ足を運び、自身が演じた転向療法のセラピストにも会いに行っている。
「映画を撮り始める数か月前にテキサスで食事をして、 彼がとても興味深い人物だと思った。… 彼は悪者ではなかった。聞き上手で、温厚で、カリスマ的な人物で、私が想像していたのとは別人だった。権威を振りかざした軍のキャンプの将校のような人だと思っていたんだ。
彼はとても無害な人物のように見えて、それで彼を演じる必要があると思った。 …(そこでは)暖かい歓迎を受けるし、彼のたたずまいには指導者としての風格もある… 問題は、彼が売りにしているものが実際には何ももたらしていないということだ。」(1)

ギャラード・コンリーの自伝と映画

 原作者のギャラード・コンリーはエドガートンから脚本の執筆を依頼されたが断っている。しかし、エガートンとのコミュニケーションの中で意見を述べながら、共に脚本を完成させていったという。エンディングにおいては特にコンリーの意向が表れている。

「映画において、主人公の父親が今までの意見を変えて、(息子に対して)理解を示すような展開にしたいというのは自然な欲求だと思う。両親の名誉を回復するために、編集上、理想の形があるのもわかる。 しかし私は、映画をより真実に近いものにしたいと強く主張した。これは現実では難しい問題だし、私の父はまだその領域には達していない。制作スタジオ側はもともと、両親にとって救いの手を差し伸べるようなエンディングを考えていた。映画の興行成績は見込めないかもしれないが、私は、映画のラストをより複雑なものにしたいという主張を通した。私以外の転向療法の経験者は、両親に対して満足のいく感情を抱いていないことを知っていたからだ。」

 彼の母親は現在、息子のことを支援している。トロント国際映画祭では自らインタビューにも登壇し、自身の経験を語るほどだ。過去に息子にした行為には罪悪感も感じているという。しかしそこに父親の姿はない。(7)

コンリーと彼の実の母親

 コンリーは、自分の両親の過ちを認め、彼らを許しているということから、批判を受けることもあるという。彼は「誰のことを愛するかなんて選べるものではない。どうやって私が自分のトラウマに向き合うか、だれも私に指図はできない。」と、取り合う様子はないが、その一方で彼の物語が映画化されることに対しては、ある危惧も抱いている。
「これはとても個別的な物語だ。ここから何かを得たとしても、物語を普遍化してはいけない。両親が何も悪いことをしていないかのようにも見えるような映画になることをとても心配した。」(5)

 
転向療法を取り巻く世間の対立

 コンリーは、この転向療法の物語はLove in Actionの内部で完結するものではなく、もっと広く、洗脳のメタファーになるという。

「信仰というのは奇妙なものだ。とてつもなく大きな力を持ったツールにもなりうるし、人々を長い間にわたって原理主義的な世界にとどめさせることもできる。人々から疑う余地を奪ってしまうのだ。このシステムから抜け出すのはとても難しい。」

 彼は今、私たちがターニングポイントにあるという。現在のアメリカにおける共和党の体制は、民主党の代表だったオバマ大統領の、転向療法をなくそうという主張とは真逆を行くものだ。
というのも、アメリカ副大統領のペンス氏は転向療法の支持者だという話もあがっている。2016年の共和党演説では、同性愛者の権利への反対と、 転向療法の認可について述べたことが問題となった。同演説では、共和党自体が “両親が適切な医療措置やセラピーを性的少数者の子供たちに受けさせる権利.” を支援するという文脈で、暗に転向療法を認めたとも言える。当時、共和党党首が記者たちに語ったところによれば、そこで使われた言葉は転向療法のことを指しているわけではないようだ。 だが、同性愛者やトランスジェンダーの人々がこの発言を信じていないというのが現状である。(8)
コンリーはこういった現状に対して怒りを覚えているようだ。

「今は(本を執筆した当初より)もっと怒りに満ちていて、彼らを許すようなこともなかったに違いない。だから今この物語を再び書くとことになっても、同じようにはいかないだろう。」

 しかし、こうした世の中の動きは皮肉にも、閉鎖的な共同体で行われている転向療法の問題がクローズアップされることにつながるのだ。現在は州単位で、転向療法から同性愛者を保護するような法律も制定されるようにもなっている。(6)
 またこのような情勢の中では特にLGBTの人々が自らを表現する場が重要になってくるだろう。彼らへの風当たりは未だ強いが、LGBT映画のための映画祭は今年30年目を迎える。詳しくは [707]ニューヨーク発祥のLGBT映画祭「NewFest」創立30周年を迎えてを参照してほしい。

 

1 https://www.awardscircuit.com/2018/10/30/interview-joel-edgerton-discusses-writing-directing-and-starring-in-boy-erased/

2 https://www.fastcompany.com/90261372/joel-edgerton-didnt-think-he-was-the-right-person-to-direct-boy-erased

3 https://awardswatch.com/2018/11/02/interview-joel-edgerton-actor-writer-director-of-boy-erased/

4 https://www.abc.net.au/news/2018-11-07/joel-edgerton-interview-boy-erased-gay-conversion-therapy-drama/10470242?br=ro&

5 https://awardswatch.com/2018/10/31/interview-garrard-conley-author-of-boy-erased/

6 https://www.esquire.com/entertainment/movies/a24525600/boy-erased-garrard-conley-interview/

7 http://awardswatch.com/2018/10/30/interview-martha-conley-mother-of-boy-erased-author-garrard-conley-exclusive/

8 https://www.nytimes.com/2016/11/30/us/politics/mike-pence-and-conversion-therapy-a-history.html

9 https://www.abc.net.au/triplej/programs/hack/gay-conversion-therapy-happening-in-australia-in-secret/10371550

小野花菜 早稲田大学一年生。現在文学部に在籍してます。自分が知らない世界の、沢山の映画と人に出会いたい。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。


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