[689]オーストラリアの新人監督ジェニファー・ケント


 

近の映画界においては、これまで言葉をはっきり発することができなかった女性たちの#Me Tooによる行動が大きくなってきているが、今年のヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門において、唯一の女性監督による作品であった「The Nightingale」をご紹介したい。

今作は、ヴェネチア国際映画祭において審査員大賞を受賞、また出演するバヤカリ・ガナンバ将来が期待される新人俳優に贈られるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞しており、彼の印象的な風貌は、作品の公式写真や予告でも目を引く。主演の アイスリング・フランシオシ も、イギリスの人気ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」に出演している若手女優である。

マルチェロ・マストロヤンニ賞はイタリア映画界の大スター、マルチェロ・マストロヤンニにちなんで創設された賞だが代々、ジェニファー・ローレンスやミラ・クニス、日本からは染谷将太、二階堂ふみなど様々な俳優が受賞している。

 

監督のジェニファー・ケントはオーストラリアの出身で、長編デビュー作である「ババドック 暗闇の魔物」がホラー映画のジャンルを超えてカルト的な人気を呼び、映画製作者として注目を集めた。公開時、ニューヨーク批評家協会賞で新人監督賞を受賞するなど、50以上の賞を受賞した。その結果、製作費が200万ドルのところ、全世界で1000万ドルの興行をあげた逸材である。

ストーリーとしては、夫に先立たれたシングルマザーが、問題行動のある幼い息子と暮らしていくなかで、ババドックという謎めいた童話の本を見つけたことから、日常に不穏な出来事が起こりはじめ。。というものだ。

冒頭からヒロインのクローズアップで始まるのだが、心を掴まれ、勢いがある。全体に暗く、くすみがかっている映像の為、常に何かがでてきそうな、底知れない不気味感があるのも良かった。俳優、特に子役の神経質で不安定な熱演が光っている。ホラー要素だけでなく、心理サスペンスの要素も感じた。

長編デビュー作から個性的なストーリーラインを打ち出せるあたり、なかなか面白い監督だと感じた。オーストラリアといえば、「ピアノ・レッスン」「ブライト・スター」のジェーン・カンピオンや、イギリス出身ではあるが、「女と女と井戸の中」のサマンサ・ラングが有名だろう。雄大な自然に囲まれた国で培われた素朴であり野生感ももつ作風、繊細な独特の表現方法、女性に軸をおく作品づくりが似ているのではないだろうか。

そんな彼女の最新作が「 The Nightingale」である。

deadline によるストーリーラインが以下の通りだ。

1825年のオーストラリアを舞台に、若いアイルランド人の囚人であるクレア(アイスリング・フランシオシ)は彼女やその家族を暴力的に痛めつけ、死に至らしめたイギリス人の将校ホーキンス(サム・フランクリン)に復讐するため、アボリジニ人の案内人ビリー( バヤカリ・ガナンバ)に助けを求め、ヴァン・ディーメンズ・ランドの未開拓の荒野を旅することに。この舞台となるヴァン・ディーメンズ・ランドとは現在のタスマニアで、1803年に設立されたイギリスの流刑植民地である。重罪を繰り返す囚人はそこに送られ、女性の場合は軽犯罪を繰り返す者に多かった。」

Indie wireによると以下の通りだ。

オーストラリア人の映画製作者は、さらなる前進をした。今作は、前作に比べて別の意味で不安をあおる復讐劇のドラマだ。主演のアイスリング・フランシオシはアイルランド人の囚人、クレアを演じている。

クレアは、サム・フランクリン演じる英国人将校ホーキンスの指揮下で生活し、彼の願望は指揮官に昇進することと、彼女を自分の残酷な喜びの為に痛めつけることだ。彼女に歌を歌わせるだけでなく彼女の長年の願いである、拘束から自分を解放してほしいと頼んだ時、最終的に自分との関係を迫るのだ。

オーストラリア時代を描いたシーンでは何も幸せなことは起こらない。クレアは数分間レイプされる。 将校の部下に押さえつけられいる彼女の夫と幼い娘は泣き叫び、その後2人は殺されてしまう。

取り残されたクレアは、男たちを追いかけ、復讐するために雇ったアボリジニのガイド(バヤカリ・ガナンバ) に、〈この世界にようこそ、終わりのない悲劇しかないこの世界にと言うのだ。

 The Nightingaleという作品そのものも悲劇たっぷりだが、そのなかにひたることはない。

ケントはこの物語の中心になる残忍さから逃げることはない。暴力シーンはかなり凄惨なものだが、それでも監督は鼻すらすすらないだろう。正義を貫こうとするクレアの行動になんのカタルシスもない。ひとつの悲劇はまた別の悲劇を引き起こさせる。これは楽しい、爽快感をもった復讐劇ではない。復讐劇だと感じることも難しいかもしれない。ケントはクレアのようなオーストラリアで生きた人々の姿に焦点をしぼっているからだ。

クレアは彼女を痛めつけたたちと同じように、人種差別主義者だ。だが、彼女とビリーはイギリスへの憎しみを共有することで絆を深めていく。白人と黒人の関係性は、より緊張感がある。

ケントは彼らの不安定な同盟関係を運命づけたり、簡単なもののように扱ったりはせず、ゆっくりと進行させる。オーストラリアの野蛮な自然は簡単に人間を飲み込もうとしクレアとビリーが大自然を旅するのをみていると、その自然の中で生き抜くこと自体が勝利なのだ。

アイスリング・フランシオシ の演技は出来合いの、既成のものではない。彼女は真に自分の殻を脱ぎ捨てたのだ。クレアは毎晩彼女の死んだ夫と娘の夢をみるのだが、その時に彼女は女優としていちばん輝く。ある瞬間、夫と娘の穏やかで健やかな顔をみると穏やかで静謐になるが、それは長くは続かない。何かが激しく間違っていて、2度と起こることはないとわかっていると、話すことのできないレベルで表情を歪ませるのだ。アイスリング・フランシオシ は必要とされても芝居がかったしぐさを避けている。その抑えのなかで、 とてつもなく力強い演技をするバヤカリ・ガナンバと渡り合っている。

前述のdeadline によるインタビューで、監督は以下のように語っている。冒頭の質問はやはりジェンダー問題に触れ、そのことを問われている。

ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門の中で唯一の女性監督ですが、そのことについてどう感じていますか?”

「映画人としては、すごく誇りに思うし、興奮しているわ。映画祭においてこのような注目を集める状況は夢が実現したようなものだもの。 個人としては、正直に答えるなら、女性だからという目線でこの状況を考えてはいないわ。性別は私の一部であって、いつも始終考えているわけではないもの。

映画の監督をしている最中に、性別のことを考えないでしょう。今年の状況は理解できるけど、未来に望むのは、性別からの解放であり、ただの映画製作者として注目されることよ。

ただ、映画祭に女性の声をもっと取り入れるということへの意見なら、はっきりとあるわ。男女間のバランスはとても大事よ。地球上の女性の意見に大して、もっと尊敬の念をはらうべきだと思う。これはとても現実的な課題で、女性に限らず全員に関わることよ。もっと女性を敬うことで、皆がお互いを敬いあえるはず。」

The Nightingale」は撮影するのが大変だったとのことですが、何に対して苦労したのでしょうか?”

「数え切れないほどあったわ。史実に基づくストーリーなので、恐ろしいほど調査が必要だった。クレアとビリーというキャラクターは架空の人物だけれど、彼らの住む世界観に関してね。

数年にわたって調査をし、撮影したの。私たちは皆、史実の正確さや信憑性を大切にした。こうした話を描くのは大変だったけれど、その時代のアボリジニの人々に何があったかを伝える重要性から本当に必要なことだったと感じている。その負の遺産は今も残っているわ。そして日常における性暴力や肉体的暴力を描くことも過酷なことだけれど、その時代の生活には常に存在していた。私たちの今生きている世界でも、明らかに関係することだわ。

他に何が大変だったかと言ったら、撮影地であるタスマニアね。僻地で人口も少なく、撮影スタッフがいなかった。なので私たちはすべての機材を常に持ち運んでいたわ。」

現代にある問題との関連性をもう少し説明してもらえますか?”

「今の時代は、とても重要な時期だと感じているわ。世界のいたるところで、女性の力が不遜に扱われたり、無視されたりしていると感じている。その事実が、私はどうしてこの世界に暴力が多いのかの理由につながると思っているの。今こそ、女性の力や自然の力に尊敬の念を示す大事な時よ。

人は皆女性から生まれるのだから、生存に関わることでもある。私は人々に問いかけているの。どうやって厳しい時代においても人間性を保ち、愛や思いやり、親切さにフォーカスし続けることができるだろうと。なぜなら、それが私たちを救ってくれる唯一のものだから。」

その問いに答えがあり、私たちはまだそれを掴んでいないとお思いですか?”

「あなたの言いたいことはわかるわよ。私も〈これが答えよ〉と言うつもりはないわ。なぜなら問題はとても大きく広がっていて、複雑だもの。でもそれぞれの人の中に答えがあると、私は思っている。こうした問題に対してどんな選択をして、どんな働きかけをしたら良いのかしら。質問は単純なようでそうではない。なぜなら私たちが全く同じ状況に置かれている訳ではないから。でも映画の中のクレアとビリーの関係は、暴力や憎しみではない、どんな選択肢があるかについての道を示したつもりよ。」

おそらく映画監督として、ものすごい数の人々にこうしたストーリーを伝える意志や可能性をもってるのは、最も重要でしょうね。”

「私は映画から芸術性が減って、よりエンターテイメントよりになったと感じているの。でも私が興味があるのは、観客にゆさぶりをかけて、今までになかった思考や感情を彼らの心に届けることができる面よ。だから私は映画に興味があるの。これは人生をかけた決断ね。映画は必ずしも世界を変えることはできないかもしれないけれど、これまで考えたことのない物事に向かい合うきっかけになりうるかもしれない。」

では話題を変えて、俳優たちはどうやって起用を決めたのですか?”

「この世界観に登場して、その世界の一部になる俳優を見つけることは、私によってものすごく重要なことだった。クレア役の為に、幅広くものすごくたくさんの女優をオーディションしたわ。彼女たちは皆役に対して情熱的だった。アイスリング・フランシオシにはとんでもなく惚れこんだわ。彼女はとても素晴らしい才能の持ち主で、繊細さや温かみがあった。同時にアイスリングはアイルランドのゲール語を話し、オペラ歌手だった。役の中でソロで何回も歌うシーンがあるのよ。彼女の存在にはとても感謝しているわ。この作品の要だと思う。」

サム・フランクリンについては、これは新たな挑戦ですね。”

「ホーキンスはとても問題のあるキャラクターよ。サムは私の最初の選択肢にはなかった。でも彼はすごく情熱的で、オーディションを受けてもらったら本当にぶっ飛んだわ。その後、彼ほど素晴らしい選択肢がなかったから彼に決めたの。バヤカリはまさに驚異的だった。これは彼の映画デビューで、元々ダンサーをしていたの。彼はどんな相手にも負けないダンスパフォーマンスをするのよ。」

未来を見据えた時に、自分をどう捉えますか?巨額の製作費の映画を手がけてみたいと思いますか?”

「そうね、映画製作は私の生きる道で、その内容は私が興味のあるものが良いの。もしその内容が巨額の製作費のものだと、気が重くなるわ。でも私は自分のキャリアに関して心配はしていないわ。私は本当に自分の作る物語に動かされていたいの。いつも感動をしていたい。だから巨額の製作費であったり、最高の収益を出せる作品に興味はないの。それは私の映画製作に対する考え方でも感じ方でもない。私は今自分のいるところで、今していることを続けたいの。私にとって、ヴェネチア国際映画祭のような映画祭に参加することや、2作目の完成を迎えられることは、ものすごい達成感なのよ。」

デビュー作で評価を得た監督というのは、2作目でつまづいたり、プレッシャーから創造性を発揮できなかったりすることが多いが、ケント監督の場合は全く異なるようだ。

彼女は非常に知的で人間愛のある人だと感じた。驚くほど野心的にテーマや時代設定を表現するところが頼もしい。Indie Wireのインタビューの中に出てくるのだが、今作の撮影過程について「現地のガイドが闇の中も案内できるほど土地のことを熟知していなかったので、旅行とはとても言えない過酷な旅だった」と振り返っているほど、タフな女性でもあるのだろう。

そして、明らかに女性に痛みをともなう描写も恐れない姿勢に、筆者自身、同じ立場であったら動揺を感じるところだが、それをむしろ逆手にとることで消化していく表現も、芸術ならではなのかもしれない。そうした行動をとるほど、監督は真実を伝えたい人なのだ。今後、どのような作品を撮っていくのか、とても楽しみである。

 

The Nightingale

監督・脚本 ジェニファー・ケント

主演  アイスリング・フランシオシ、サム・フランクリン、バヤカリ・ガナンバデイモン・ヘリマン

日本公開未定 /オーストラリア/136分/2018

 

参考作品

「ババドック 暗闇の魔物」

監督・脚本 ジェニファー・ケント

主演 エシ-・デイヴィス、ダニエル・ヘンシュオール、ヘイリー・マッケルヒニー

オーストラリア/93分/2014

参考リスト

indie wire

https://www.indiewire.com/2018/09/the-nightingale-review-jennifer-kent-venice-film-festival-2018-1202000618/

https://www.indiewire.com/wp-content/uploads/2018/09/Screen-Shot-2018-09-06-at-8.56.31-AM.png?w=780

https://www.indiewire.com/2018/09/nightingale-italian-film-critic-sexist-jennifer-kent-venice-1202001092/

 

deadline

https://deadline.com/2018/09/the-nightingale-jennifer-kent-interview-venice-film-festival-gender-equality-1202456217/  

 

variety

https://variety.com/2018/film/markets-festivals/the-nightingales-jennifer-kent-reacts-to-insult-at-press-screening-1202929461/

 

screen australia

https://www.screenaustralia.gov.au/getmedia/7eeea46a-427b-4090-a7c8-c21825945699/180912-The-Nightingale-Venice-Darren-Brade.jpg

 

鳥巣まり子

ヨーロッパ映画、特にフランス映画、笑えるコメディ映画が大好き。カンヌ映画祭に行きたい。現在は派遣社員をしながら制作現場の仕事に就きたくカメラや演技を勉強中。好きな監督はエリック・ロメールとペドロ・アルモドバル。


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