[658] 『ウィンターズ・ボーン』のデブラ・グラニック監督最新作『Leave No Trace』


デブラ・グラニック監督の最新長編『Leave No Trace』[*1]が6月29日から米英両国で劇場公開されています。デブラ・グラニックという名前に覚えがない人も、『ウィンターズ・ボーン』(2010)の監督といえばピンとくるのではないでしょうか。氏族制度が根強く残るミズーリ州の“ヒルビリー”の村を舞台に、保釈中に失踪した父親をその保釈金の担保にされてしまった家と残された家族を守るために必死に捜そうとする少女を描いた『ウィンターズ・ボーン』はアカデミー賞4部門にノミネートされた他、サンダンス映画祭グランプリなど多数の賞を受賞、そしていまや大スター女優となったジェニファー・ローレンスの出世作としても知られる作品です。その後、2014年にベトナム退役軍人のバイカーの老人の人生を追ったドキュメンタリー『Stray Dog(野良犬)』を発表したものの、長らくフィクション長編から遠ざかっていたグラニックの最新作が『Leave No Trace』です。
日本語に直訳して「痕跡を残さない」というタイトルがつけられた本作は、ピーター・ロックの小説『My Abandonment』を、『ウィンターズ・ボーン』でも共に脚本を手掛けたグラニックとアン・ロッセリーニ(兼製作)が脚色。その脚本の執筆には4年の歳月が費やされたといいます[*2]。今度の主人公は、父を捜す少女ではなく、父と二人だけで生きてきた少女、そしてその父親です。物語は木々が深く生い茂る森の中から始まります。父親ウィル(ベン・フォスター)とトムと呼ばれる娘(トマシン・ハーコート・マッケンジー)は森の中にタープ(防水シート)を張り、その下で読書をし、焚き木を集めて火を起こし、ひとつのテントで眠って暮らしています。まるでソローの『ウォールデン 森の生活』を現代で実践しているかのように見える二人の生活ですが、ソローと違うのはその森が私有地ではなく、オレゴン州ポートランドの国立公園であるということ。そして、時々森を出てスーパーマーケットで食料品を買い求めることです(ウィルはそのための金を退役軍人病院で処方された鎮痛剤をブラックマーケットで売ることで得ています)。穏やかに続いていた森での二人だけの生活は、ある日トムがハイカーに目撃されたことによって終わりを告げます。警察に見つかって保護された二人は、ソーシャルワーカーの指導を受けながら、林業地に隣接する簡素な一軒家で暮らすことになるのです。

デブラ・グラニックは原作の『My Abandonment』を読んで映画化を決めた経緯についてこのように語っています。
「本を読んだときに映像が浮かんだんです。本を読むときにはあらゆる映画を頭の中にあるスクリーンから排除していますが、この本を読んだときは違った。そしてそこに際立った地域性を感じました。私はその場所の存在を感じさせる地域的な映画に魅了されます。そして私は何度も何度も森に通うようになり、“写真を撮る上でなんと華麗なショーだろうか”と思いました。森は質感、形、模様、色で満たされていて、そこには99段階に及ぶ緑の色調がありました。それは巨大で畏怖の念を抱かせるものでした。(中略)それから登場人物について考えるようになりました。彼らが私の関心を引こうとする必要はありませんでした。彼らに対する驚きの念は募るばかりでした。彼らは何故この方法で生活しているのか? どんな動機が? そこで機能するもの、あるいは機能しないものは何か? そのように生きるために何が必要なのか? どれほどの疎外感を経験することになるのか?」[*3] 「私が地域性を追求する理由は、自分の気を常に引き締めるためでもあります。私は仮定に基づいて動くことができないんです。方言が少し違うだけでも表現は変わり、慣習の違いも出てきます。そういったことが自分の好奇心を活性化させるのです」[*3] また、この新作を発表するまでに『ウィンターズ・ボーン』から8年もかかった理由について、彼女はこう説明しています。
「私が語りたいと思う物語のいくつかの主題は本質的に商業的なものではありません。ですから資金を調達する方法も特殊になりますし、あらゆる社会-現実主義の映画作家と同じように自分の映画を作るためにはなだらかで長い道のりを少しずつ下っていく必要があります。また私の映画作りは長いプロセスを要するためすごく時間がかかります。無駄な時間を過ごしてるわけではなく、膨大な課題を検討し、膨大なスクリプトを書くからです。そしてこのように時間のかかるプロジェクトにおいては、資金調達に直結するような人気俳優を起用することはできません。私はお金を運んできてくれる俳優ではなく、勤勉で素晴らしい自尊心を持った俳優と働きたいのです」[*3]

ジェニファー・ローレンスだけでなく、トム・ホークス、デイル・ディッキーなど素晴らしい俳優の存在を我々に発見させた『ウィンターズ・ボーン』に続いて、グラニックは本作においても、これまでさまざまな作品で脇役として存在感を示していたベン・フォスターを主演に据え、そしてかつて『ホビット』に子役として出演していた17歳の女優トマシン・ハーコート・マッケンジーという新たな才能を見出しています。New York Timesに掲載された映画評では、「『Leave No Trace』は私たちが登場人物と一緒に世界を見て、経験するよう促す。フォスターとマッケンジーの繊細でしっかりと抑制されたパフォーマンスがこの点で重要になっている。彼はウィルというキャラクターを閉塞させ続けることで観客をより惹きつけ、彼女はその不安げな思慮深さと胸が張り裂けるような声の震えによって私たちを引き寄せる。この映画がそうであるように、どちらの俳優も共感を求めてはいないが私たちの心を奪う」[*4]、と二人の演技を称賛しています。

社会から外れた森での二人だけの生活を奪われ、管理社会の中に身を置き他者と接するようになったことで、父娘の人生は一変します。過去に何があったのかやその病名ははっきりと示されないものの、明らかにPTSDを抱えているウィルが新しい生活の中で自閉していく一方で、娘のトムは自転車の乗り方をおぼえたり、男の子と知り合って彼の誘いで4Hクラブ(農業青年クラブ)に参加するなど、好奇心を刺激され世界をどんどん広げていきます。その後この作品は、そうした環境が父娘の関係性をどのように変えていくのかを、また彼らを再び実社会からの逃亡に駆り立てるものの正体をあぶりだしていきます。
The Guardianの映画評で本作に五つ星(満点)の評価を与えたピーター・ブラッドショー氏はその批評を以下のような文章で締めています。
「行政機関に保護されたとき、彼ら(父娘)は精神医学的評価の対象となり、暗い考えを持っていないかどうかといった判断のためにたくさんの(○か×かで答える)真偽問題に回答することを強いられる。ある意味で、こうしたいかにも官僚的で冷淡な心ないテストのようなものこそ、ウィルが自身のために、そして娘のために激しく拒絶してきたものであったはずだ。そうした質問について彼らが考えるのが初めてだったのは明らかであり、つまり彼らは初めて自身について考えさせられることにもなった。おそらく自身について考える必要がなく、神経質な自省を自らに課さないことが彼らの生き方のひとつとしてあったのだ。興味深いことに、捕らえられてそこから逃げ出すこともまた彼らの生き方の一部だ。彼らはもう一度こっそり逃げだすために社会事業による救済を受け入れる、あるいは受け入れるふりをしなくてはならない。(中略)彼らはチャンスが来るのを待っている。厳密に言えばウィルはその時を待っているが、トムは確信が持てていない。彼女は野生から離れて時間が経つにつれ、自分が接する社会の中で好きなものを見つけていく。近所の農家の子供が飼っているウサギを好きになって、ウサギの訓練学校に行くという愛らしいシーンもある。その後養蜂も体験する。(父娘の)別れの時が来ている。しかしグラニックは冷静かつ抑制された明晰さでこの危機に対応している。ウィルとトムの間にある親密さと愛情が真に繊細に表現されている。この映画はこの先長らく私とともに生きる作品となるだろう」[*5]

*1
https://www.imdb.com/title/tt3892172/

*2
http://www.latimes.com/entertainment/movies/la-et-mn-leave-no-trace-review-20180628-story.html

*3
https://www.hollywoodreporter.com/news/director-debra-granik-explains-why-been-eight-long-years-between-winters-bone-leave-no-trace-1123551

*4
https://www.nytimes.com/2018/06/28/movies/leave-no-trace-review-ben-foster.html?rref=collection%2Fsectioncollection%2Fmovies&action=click&contentCollection=movies&region=rank&module=package&version=highlights&contentPlacement=2&pgtype=sectionfront

*5
https://www.theguardian.com/film/2018/may/13/leave-no-trace-review-debra-granik

黒岩幹子
「boidマガジン」(http://boid-mag.publishers.fm/)や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


2 Comments
  1. アメリカから帰国する飛行機の中で観ました。
    英語字幕だったので細かい部分が分からなく、このサイトで繋がりました。ありがとうございます。

    素晴らしい作品でした。
    ラストは意外であり、個人的には寂しさが大きいものでした。
    あの二人が道は違えど幸せになってほしいと思います。

    • Shinyaさん、コメントありがとうございます!
      飛行機で視聴できるんですね~。公開時から評判はかなり高かったようですが、興行成績も結構良かったということかもしれません。
      現代的かつ普遍的なテーマの作品だと思うので、ぜひ日本でも公開されてほしいものです。

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