[642] ドキュメンタリー作家が自らの過去を描く初のフィクション作品『The Tale』


今年の1月にサンダンス映画祭で公開された『The Tale』は、ドキュメンタリー作品を30年に渡り制作してきたジェニファー・フォックス監督が初めて手がけたフィクション作品である。
フィクションといっても監督が13歳の時に体験した性的虐待を自伝的に描いたもので、監督自身は”fictional memoir(虚構的回顧録)”と表現している。
ストーリーは、主人公ジェニファーが子供の頃に書いた作文を母親が発見したことをきっかけに、そこに書かれた過去の体験について自ら探っていくというものだ。作文には13歳のジェニファーと、乗馬教室のコーチであるビルと、その恋人のMrs.Gという2人の大人との関係が描かれている。当時、40歳近いビルと関係を持ったジェニファーは、自分を秘密の恋人だと捉えていたが、性的虐待だと動揺する母親を目の前に、友人やMrs.Gを始め当時のことを知る人たちを訪ねて真相を探っていく。

この作品が映画祭公開後に話題になっているのには、いくつかの理由がある。

まず、この映画がセクハラ問題から#Metoo運動など女性の権利に関する関心が高まっている時期に公開されたということだ。昨年から女優たちが、自ら受けたセクハラの体験をカミングアウトするということが続いているが、この映画も自伝という意味ではカミングアウトとも言えるだろう。しかし、フォックスがこの映画を作ったのは、決して加害者を告発したかったわけではない。”映画の主題は性的虐待がどんなにひどいかということでもなく、幼少期の体験がいかにアイデンティティーを形成するかということだ。”と監督は語っている。

“私がこの映画を作ったのは、どのように、そしてこれがなぜ起こったのか理解すること、そして世界中の人々にこういったことがどんなに複雑で特別な意味合いを持っているか感じとってもらうことでした。”

映画監督が自伝的な映画を作る場合も、主人公の名前や設定は置き換えることがほとんどだが、彼女が主人公をドキュメンタリー作家のジェニファーという自分自身を投影したキャラクターにしたことに、彼女のこの映画への強い思いが感じられる。

“私は、自分自身の名前を使わなかったらこの映画が死んでしまうと思ったんです。
この物語を誰も信じてくれない、ということがとっても怖かった。もちろん子供への性的虐待が現実に起こっているのは誰もが知っているけれど、子供が加害者に愛情を抱いてしまうことを本当に理解している人はいないんです。ほとんどの人はそんなことはありえないと言うけれど、実際に本当に私の身に起こったことだったのです。だからこの映画を守るために、自分の名前を使う必要があったのです。”

このような監督の強い思いから、サンダンス映画祭での公開後、劇場公開ではなく、HBOに権利を売り、間も無くストリーミング配信されたことも話題を呼んでいる理由の一つだ。

“私は現実主義者なんです。これまでどんな映画が劇場で公開され、客入りが良かったかずっと見てきましたが、大抵はこの映画よりもずっとライトなものです。わざわざ映画館に観に行ってそれが子供時代の性的虐待に関する映画だと気づく、という展開を危惧していました。”

監督は、HBOからすぐに公開することで、どれだけたくさんの人が映画を観てくれるかすごく楽しみにしていたという。それは既に述べたように、セクハラ問題が盛んに取りざたされる時事性も重要なポイントだった。

また、作品のストーリーと彼女の制作プロセスを重ね合わせると、実にドキュメンタリー作家らしい手法が見て取れる。
フォックスはビル(作中での名前)を初体験の相手として認識していて、ロマンスとさえ捉えていた。しかし『Flying: Confessions of a Free Woman』の制作にあたって沢山の女性にインタビューしていく中で、自分と似た様な体験を性的虐待の被害者として語る女性がいたことで、これについて深く考えるきっかけとなった。そうして、フォックスはその出来事を覚えている知人(母親や当時の恋人を含む)を訪ね、会話を書き起こし、自らの過去をリサーチしていった。加害者であるコーチへも数年アプローチし続け、電話インタビューをしている。映画のストーリーは、ローラ・ダーン演じる大人のジェニファーがこの行動をなぞる形で進行していく。

フォックス以外にも、この問題に直面している子供たちはいるだろう。監督は、数十年経って自らの過去を直視することができた。

“苦しみは自らの人生を理解する上でとても重要なことで、恐る必要はないのです。この作品の何に価値があるかというと、人々がこれを見て混乱してくれることです。メディアは物事を白黒つけたがりますが、実際はとても複雑で繊細な問題であることがほとんどです。愛され、愛す、という感情は特別なことです。しかし、大人につけこまれた時に苦しむことになります。それこそが子どもへの性的虐待と言えるでしょう。”と監督は語っている。

参考:
http://www.indiewire.com/2018/05/hbo-the-tale-jennifer-fox-true-story-interview-1201968706/
https://www.theguardian.com/film/2018/may/24/jennifer-fox-childhood-abuse-devastating-drama-the-tale
http://www.indiewire.com/2018/01/the-tale-sundance-controversial-sex-scene-1201920514/

荒木 彩可
九州大学芸術工学府卒。現在はデザイン会社で働きながら、写真を撮ったり、tallguyshortgirlというブランドでTシャツを作ったりしています。


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