レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドは、これまで2007年の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』、2012年の『ザ・マスター』、2014年の『インヒアレント・ヴァイス』でポール・トーマス・アンダーソン監督と組んできた。そして、2017年の『ファントム・スレッド』でもその2人の関係は変わらず続いている。今作では、1950年代のロンドンを舞台に、老人のファッションデザイナーのレイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)と、若いウェイトレスのアルマ(ビッキー・クリープス)の愛が描かれる。グリーンウッドは、『ファントム・スレッド』におけるアンダーソン監督とのコラボレーションの過程を以下のように説明する。

「ピアノに座って、彼(アンダーソン監督)にテーマ曲を演奏しました。それらは、彼にとっての作品全体の根幹となりました。そして、彼は表現を考え、長くすることを求めたり、短くすることを求めたり、速い変奏を求めました。数曲は明確にシーンへと書き上げ、また他の楽曲は登場人物や物語のスケッチでした。最終的な映画に、約1時間30分の音楽が残りました。私は、(音楽を指揮した)ロバート・ジーグラーに、彼が『これはサウンドトラックではなく、ミュージカルであるのだ!』と言っていたことを話しました。だから、多くの音楽、その半分は使われていません。しかし、このように、映画に取り組めるのは、とても幸運であると思います。これほど長い時間にわたってスコアを展開させる多くの余地があったからです。実際のサウンドトラックの作曲家は、さらなるプレッシャーのもとにいます。私が取り組んだ環境よりもずっと少ない自由の中にいるのです。」

不協和音のテクスチュアや、高い音色で刻まれるリズムにグリーンウッドの興味を見出すことができる。そのひとつに、ウッドコックが病んでいるときに、彼が母親の幻覚を見始める美しいシーンの音楽がある。ヴィオラによって高い音が奏でられる。「素晴らしくて、少し葛藤している俳優を音楽で感じ取ることができます。音楽の中に善良な人間の感情を見るのです」とグリーンウッドは述べる。一方で『ファントム・スレッド』には、1950年代を描く映画において、口ずさむことができるような感情を高めてくれるテーマ曲も存在する。例えば、“House of Woodcock”と名づけられた楽曲は、1950年代を思わせ、落ち着いていて、ジャズのような上品な音楽である。「この楽曲を長い間、“Bill Piano”と呼びました。ビル・エヴァンスの音楽を多く聴いていたからです。心地良い音楽で、そのことは侮辱しているようでもありますが、まったくそのようなことはありません」とグリーンウッドは語っている。

グリーンウッドは、映画の設定を考慮しながら作曲を進めた。彼は「音楽は、描かれている時代に合わせなければなりませんでした。1950年代のロンドンを崩すことはできなかったのです」と述べた。

「『JUNUN(インドでのアルバム製作を描いたドキュメンタリー)』を含めれば、今作で、(ポール・トーマス・アンダーソン監督と組んだのは、)5作目になります。彼は、1年以上前に、私に依頼をしてきました。私たちは、50年代の音楽について多くを話し合いました。当時、人気のあった音楽とは何であったのか、同様にどのような音楽が書かれ、レコーディンされていたのかについてです。ネルソン・リドルと、グレン・グールドによるバッハのレコーディングを主に参考にしました。50年代のジャズのレコーディングに興味を持っています。大規模な弦楽器のセクションを組み込んでいるのです。ベン・ウェブスターは、よい例です。ジャズミュージシャンたちというよりも弦楽器がどのように奏でられているのかに集中しました。その世代の間で、最も人気があったクラシック音楽とは何かに注視したのです。」

アンダーソン監督は、グリーンウッドにネルソン・リドルの古い音楽を考慮するように求めた。特に、1962年のスタンリー・キューブリック監督による『ロリータ』の音楽と、リドルとジャズピアニストのオスカー・ピーターソンによる音楽である。
グリーンウッドは、リドルの研究から何が引き出せるのかを問われると、リドルのアレンジにおける「アイデアの明確化」、そのアレンジによる「巧みな音楽のサポート」であると答えた。

また、アンダーソン監督は、グリーンウッドに1949年のデヴィッド・リーン監督による『情熱の友』を見るようにアドヴァイスをした。その映画音楽の作曲家は、リチャード・アディンセルである。

「弦楽器が非常に情熱的ですが、何度も消えて、いくつかのソロの管楽器になります。そして、常にテンポが変わるのです。これには大いに影響されました。『テンポを常に変動させるために、クリックトラックを使わないで、どのようにこれを実現させるのか?』について考えていたのです。
大規模で、フィジカルで、オーケストラの音楽です。その目標は、コンサートホールでライヴオーケストラを見ているときに得られる感覚を再び創り上げることでした。」

一方で、グリーンウッドは、1950年代のイギリスの音楽は余りにも「明るい」と主張している。音楽の観点から考えると、陽気な時代であった。多くが穏やかで民族音楽に影響されたオーケストラであったため、映画に合わなかったのである。しかし、グリーンウッドは、とても暗い音楽を作曲したレイフ・ヴォーン・ウィリアムズを知り、その音楽をとても気に入った。
また、1950年代の人気の音楽は、とても変わっていた。奇妙な異国風の音楽で、映画の登場人物に相応しくなかったのである。さらに、イギリスのビッグバンド音楽もまた、レイノルズに合わなかった。そこで、採用されたのがグレン・グールドのバッハである。グリーンウッドがグレン・グールドのバッハを採用した理由とは、レイノルズが当時、音楽を聴いていたならば、どのような音楽を聴いていたのかということに基づいている。
グリーンウッドは、当時、レイノルズが何を聴いていたのかを考えることをアンダーソン監督に提案した。そして、その後、グリーンウッドは、レイノルズが熱心にグレン・グールドを聴いているというアンダーソン監督のアイデアを採用した。

「レイノルズは音楽を聴いていたのかどうかを決める際に、その多くはグレン・グールドであったであろうと考えました。ある程度の執着性が多くあるミニマルなバロック音楽です。彼がジャズを多く聴いていたとは想像できませんでした。物語に合わせて雄大な音楽であるだけでなく、彼にとっての形式的音楽になり得るのです。それらは、2つの対照的な要素であったのです。バロック音楽を書くことは、とても楽しかったです。その手の音楽が大好きなので、とても満足しています。それは、学校で学んだ数少ないことのひとつでもあります。同様に、ポールはしばしば、吸血鬼の物語を参考にしていました。(音楽にも)その物語の要素があることも確かです。村の少女が大きな家に誘われるので、楽曲の一部は少し暗いのです。」

グリーンウッドは、バッハに加えて、オリヴィエ・メシアン、クシシュトフ・ペンデレツキ、ヴィヴァルディの名前を挙げている。彼は、それらの作曲家の音楽の特徴を合わせる可能性について考えている。

「私はいつも同じ3人の作曲家に魅了されています。メシアン、ペンデレツキ、バッハ、えっと、バッハとヴィヴァルディです。バロックの音楽が大好きなのです。とても多くの音楽から断片的な知識を得ました。それは子供っぽい物事の見方です。しかし、ペンデレツキの音楽を聴いて、どのようにそれが現代の音楽に合わせられるのだろうか、どのようにメシアンの音階がバッハの合唱音楽の構造の中に働き得るであろうかを考えます。それは、とても醜い相互作用のように感じます。」

グリーンウッドは、自身が好きな音楽を美しい動物に喩えて、「醜い相互作用」の意味を説明する。すなわち、複数の作曲家の音楽を合わせていくこととは、互いに何かが抵抗しつつ行われる異種間交配であると述べている。

「部屋の中に、美しい動物の群れがいるようなものです。その動物たちは、何かが抵抗している中での異種間交配をしているのです。しかし、それは部分的です。自分が理解していなかったり、まったく研究をしていなかったり、十分に知らないことが多くあるためです。断片的な音楽の教育しか受けていません。自分の知識の在り方に悩まされています。たぶん、それは皆が経験していることです。」

この映画では、音楽は3つの編成がクレジットされている。ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ、弦楽四重奏である。

「小さな編成(及び、ソロの奏者)は、クロースアップのように働きます。必ずしも視覚におけるクロースアップに沿っていません。個人に注意を向けさせて、登場人物を直接的に体験させるのです。大規模なオーケストラは、大きな状況を見てもらう際に、観客を引き戻すのに最適です。繰り返しになりますが、視覚的なショットの規模は関係ありません。残念ですが、映画音楽を説明したとき、視覚的なメタファーに到達する助けには余りならないのです。しかし、避けられないことなのです!」

アンダーソン監督は、徐々に大きくなっていく音楽を望み、最終的には大規模なオーケストラへとなっていった。グリーンウッドにとって、これまで経験した中で最も大規模の編成が導入されている。そして、その編成規模は余りに大きく、バロック音楽の本来の在り方とは言い難かったが、彼はそのことを承知でその大規模な編成を採用した。グリーンウッドが1960年代と1970年代のバロック音楽の大規模な編成でのレコーディングを好んでいるためである。

「8挺のコントラバスを含む、60挺の弦楽器が最大の規模です。信じられませんが、自分が使うことを許可された最も大きな編成でした。私は、バロック音楽の60年代と70年代のレコーディングのファンです。(そのレコーディングは、)まったく本来の在り方とは言えないですが。バッハとヴィヴァルディを奏でているオーケストラが余りに大規模でロマンティックであるからです。現在、そのオーケストラには難色が示されてます。それらの音楽は、何百もの奏者が演奏することが意図されていないからです。しかし、自分にとって、輝かしく響くのです。誰かが興味を持って、その壮大な音楽について話すならば、リッカルド・ムーティによるヴィヴァルディの『グローリア』のレコーディングは、口火を切るには適しています。」

そして、グリーンウッドは、『ファントム・スレッド』のスコアにおける自身にとっての一番の挑戦とは何であったのかについて尋ねられると、以下のように返答した。

「恐らく、オーケストレーションです。私は、余りに熱中してしまうので、誰かに仕事を託すことができません。だから、紙の上で作業をし、すべての演奏者のためにすべての楽譜を手掛ける際には、非常に時間が掛かってしまいます。ですが、それを楽しんでいます。何ヶ月という期間は、計画を練り、どのようなサウンドになるのかを考えます。その後は、(日程の変更ができない)すべてをレコーディングする非常に忙しい2日間です。それは、とても面白く、ダイナミックで、素敵で、やり応えのある仕事の締め切りなのです。」

参考URL:

https://www.nytimes.com/2018/02/21/arts/music/phantom-thread-jonny-greenwood-original-score-oscar.html

http://variety.com/2018/music/news/radiohead-to-phantom-thread-jonny-greenwood-oscar-academy-award-nominated-1202698373/

http://variety.com/2017/film/news/jonny-greenwood-radiohead-phantom-thread-1202636131/

https://www.npr.org/2018/02/26/588397390/radioheads-jonny-greenwood-on-the-music-of-phantom-thread

http://deadline.com/2018/02/phantom-thread-jonny-greenwood-oscars-original-score-interview-1202280756/

http://www.latimes.com/entertainment/envelope/la-en-mn-jonny-greenwood-20180220-story.html

https://www.stereogum.com/1983217/jonny-greenwood-and-paul-thomas-anderson-seem-to-have-a-delightful-working-relationship/news/

https://www.esquire.com/entertainment/music/a15131444/jonny-greenwood-phantom-thread-music/

https://www.thewrap.com/radioheads-jonny-greenwood-found-his-confidence-with-phantom-thread/

http://www.latimes.com/entertainment/music/la-et-ms-jonny-greenwood-phantom-thread-20180222-story.html

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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