今回のWorld Newsは、5月4日からアメリカやイギリスで封切られた映画『Tully』について、関係者のインタヴューをもとに紹介したいと思います。『JUNO/ジュノ』と『ヤング≒アダルト』を生み出したジェイソン・ライトマン(監督)とディアブロ・コーディ(脚本)が三たびタッグを組んだ本作は、育児に追われる中年女性の生活を描いた作品で、主演のシャーリーズ・セロンが本作の撮影にのぞむために体重を20㎏近く増量させたことも大きな話題になっています。
セロンが演じる主人公のマーロは夫と2人の子供とともに慌ただしいながらも平穏な生活を送っていましたが、予期せず3人目の子供を妊娠。その妊娠と出産によってそれまでこなせていた育児と家事が彼女にとって大きな負担となり、睡眠時間もろくにとれない状況に追い込まれます。そんな時にマーロの裕福な兄に雇われたという夜間のベビーシッターが彼女の家を訪ねてきます。タリー(Tully)と名乗るその若いベビーシッターの登場によってマーロは助けられ、彼女との交流によって心身ともに落ち着きを取り戻していくのですが、ある事故をきっかけにタリーに関する思いがけない真実を知ることとなり…というのが大まかなあらすじです。

ディアブロ・コーディによれば、このストーリーは彼女自身が3人目の子供を出産した直後の体験をもとにしているそうで、彼女は当時のことをこのように振り返っています。
「私は完全な靄の中にいたの。まるで現実から切り離されたような感じで、自分にできることといえば誰かがやって来て、まるで難破船の中にいるような私を救い出してくれるのを想像することだった」
それまではベビーシッターを雇うことに否定的な考えを持っていたというコーディですが、赤ん坊と一緒に朝起きることさえ難しくなり、初めて夜間のベビーシッターを雇いました。そのおかげで「朝目覚めると私はまるで違う母親になったかのようだった。他の2人の子供の世話もできるようになり、再び活力や忍耐を取り戻すことができた」のだそうです。
彼女は脚本を執筆していく段階で、この物語をコメディとして語りながらも、映画において正気を保つのがやっとな状態の母親の姿を描写することがリスクを伴うことは承知の上だったといいます。
「テレビでは不完全な女性の主人公がかなり受け入れられるようになってきたと思うけれど、母親となるとまた事情が違ってくるの。異常な精神状態の女性を扱うことはできるけれど、その女性が子供を怖がらせてはいけないわけね」
たとえば彼女が脚本を手掛けた『幸せをつかむ歌』(ジョナサン・デミ監督)を観た観客の中には、メリル・ストリープが演じた主人公のリッキーについて「自分の子供よりも音楽を選んだひどい人間だ」という意見があったそうで、「多くの人は育児をしない不完全な母親のイメージを好まない」と実感させられたそうです。ゆえにコーディが『Tully』で取り組んだのは “完璧な母(スーパーママ)”という神話と向き合うことでもありました。
「私は子供のクラス会のためにミニオンズのカップケーキを作るような母親じゃない。女性は育児の面で優秀であることを期待されていると思うけど、それは私にとって自然なことじゃないし、恐怖を感じさえするの。女性は母親になると変わるってよく言われるわよね。それはある意味では正しい。でもその一方で私はこれまでの人生でずっとそうだったように、いまなお衝動的でわがままなどうしようもない人間なのよ。いくら朝目覚めたらマザー・テレサになっていることを期待しても、そんなことは起こり得ないんだから」

シャーリーズ・セロンがコーディの脚本をジェイソン・ライトマンから受け取って初めて読んだのもまた、育児に手がかかっていた時期でした(彼女には一男一女の2人の養子がいます)。「ちょうど暗いトンネルから抜け出た時期だったわ。当時、下の娘が生後6か月ぐらいで、ようやく夜中に起こされる回数が徐々に減っていたところだった」。コーディの脚本を読んだセロンは、すぐに母親業の孕む精神的危機を掘り下げるこの映画が人々の心の琴線に触れる作品になるだろうことがわかったといいます。
「ここで書かれていたことは私も自分の子供とともに体験したことだった。育児を完璧にこなしたいのに、思い通りにできない自分を恥じることもあった。誰かに乳児用ミルクは子供の体に悪いって言われて肩身の狭い気持ちになったこともある。だから(コーディの脚本を読んで)ほっとしたわ。“同じように感じている人もいるんだわ”って」
『Tully』への出演を決めたセロンは、マーロという女性を演じるにあたり自ら体重の増量させることを決断します(ベッドサイドにチーズマカロニを置いて眠り、わざわざ太りやすい夜中に起きて冷えたままそれを食べるなど、増量のための食事はかなり過酷なものだったようです)。その理由について彼女はこのように説明しています。
「3人目の子供を妊娠した女性をどう演じていいかわからなかったから、とにかく体重を増えることで生じる身体への影響を感じたかった。ジェイソンは私のことを、私の仕事への取り組み方をよく知っていたし、私たち二人にとってそれは必要なことだった。私にとって身体作りは役に近付き、その感情を可能なかぎり理解するためのひとつの方法なの。だから最初はマーロの心理的変化を実感するために始めたことだったんだけど、結果としてそれは体重を増やすうちに自ずと実現されてしまった感じだったわ。たくさんのジャンクフードや糖分を摂取することは人の気分や脳にかなりの影響を与えるのね。これまでの人生で初めてひどいうつ状態になったわ」
またセロンは、母であることの複雑さを語る『Tully』を監督するには女性のほうがより相応しかったのではないかという意見に対して、このように反論しています。
「この映画がこれだけ美しいものになったのは、ジェイソンがこうした状況におかれた女性がどんな気持ちになるのか、その真実を探究し続けたからよ。それがこの作品にとって必要なことだったの。女性の物語がどのように見えるかとか、誰がその映画を作るべきかといった判断は一般論を差し込まずに慎重になされるべきだと思うわ」

『Tully』はジェイソン・ライトマンにとって前作『ステイ・コネクテッド つながりたい僕らの世界(Men, Women & Children)』以来、4年ぶりの長編監督作になります。その間、テレビのドラマシリーズ「Casual」の製作総指揮などを務めていたそうですが、久しぶりの劇映画、かつ『ステイ・コネクテッド』が興行的にも批評的にも成功しなかったこともあり(日本では劇場未公開のままブルーレイが発売)、インタヴューでは「(本作が成功するか)プレッシャーを感じているか?」といったぶしつけな質問も受けています。そうした質問を「マーベル映画のように巨額の製作費がかかる映画を作っているわけでもないし、僕自身の成功は自分の頭の中にあるものを映画を実現できたかどうかという能力でしか測れない」と交わす彼にとって、今回の『Tully』は「スクリプトを読んだ時点で、すでに自分の頭の中に映画ができていた」作品だったといいます。
「この映画によって僕らは親になるという経験を語り合い始めることができた。実は、親になるために何をすべきかわからないってこと、誰も話してこなかったことのひとつだと思うよ。当然どうすべきか知っていなければならないと思い込んでいるから、人に質問されるのが怖いんだね。それがどれだけ孤独に感じることか」
また、ライトマンはこれまでコーディとタッグを組んで作って来た3本の作品には一貫したテーマがあると語っています。
「(『Tully』は)より大きなスケールで考えると、自分の人生において今自分がどこにいるのかがわからないことについて語っていると思う。これは『JUNO/ジュノ』や『ヤング≒アダルト』を通して扱ってきたテーマだ。『JUNO/ジュノ』は少し早く成長してしまった少女についての映画で、『ヤング≒アダルト』は逆に大人になるのに時間がかかりすぎている女性の映画、そして『Tully』は若年期の自分に別れを告げる必要に迫られている女性を描いているんだ」

参照記事URL
https://www.imdb.com/title/tt5610554/
https://www.nytimes.com/2018/05/02/movies/tully-postpartum-depression-charlize-theron.html
https://www.nytimes.com/2018/04/27/movies/for-charlize-theron-motherhood-is-messy-business.html
http://www.thisisinsider.com/charlize-theron-depression-weight-gain-tully-2018-4
https://www.theglobeandmail.com/arts/film/article-jason-reitman-returns-with-two-high-profile-films-following-two-high/

黒岩幹子
「boidマガジン」(http://boid-mag.publishers.fm/)や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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