[610]ヌーヴェル・ヴァーグ世代の批評家、アンドレ・S・ラバルト(André-Sylvain Labarthe)死去


シネアストであり映画プロデューサーであったアンドレ・S・ラバルトが、2018年3月5日、86歳でその生涯を終えた。ラバルトは、『カイエ・デュ・シネマ』での映画批評や、テレビでのドキュメンタリーシリーズ『われらの時代のシネアストたち』で有名な人物であった。本記事では、ラバルトの訃報に際しさまざまな媒体に掲載された彼の生涯とその人物像について紹介したい。

1931年12月18日に生まれたラバルトが映画批評家としてのキャリアをスタートさせたのは、56年、ラバルトの批評に魅了されたバザンが、彼を『カイエ・デュ・シネマ』の編集に誘ったことがきっかけである。[1] ラバルトは『カイエ・デュ・シネマ』のメンバーの中でも独創的な趣味を持ち、ジョン・カサヴェテスやシャーリー・クラークなどニューヨークのインディーズ映画を見出すことに貢献した[2]。ときに仲間たちの映画において俳優としても活動し、盟友ジャン=リュック・ゴダールの映画では、初期の『勝手にしやがれ』(1960)から比較的最近の『新ドイツ零年』(1992)などにも出演するなど、映画批評の枠を超えて精力的に活動する人物でもあった。

1964年からは、アンドレ・バザンの未亡人であるジャニーヌ・バザンとともに、先述のテレビシリーズ『われらの時代のシネアストたち』を1970年まで制作した。同シリーズは52分間で著名なシネアスト(映画人)の肖像を制作するという原則で撮影され、フォードやラング、ゴダール、カサヴェテスなど、著名な映画作家たちが出演した。
また1990年、20年の空白を経てラバルトは『シネマ、われらの時代』シリーズを開始し、スコセッシ、シャブロル、ロメール、クローネンバーグたちの新たな肖像を描き出した。ラバルトはこの両シリーズにおいて、百科事典的な徹底性を目指すのではなく、彼らの特異な点や、個人の特徴、作品において繰り返される特性を強調し、撮影された会話の予期せぬ流れを作品に収めることを目指したのだった。[3] それは例えば、カメラの動きを真似するために地面に転がるカサヴェテス、両親と一緒にパスタを食べるスコセッシ、『サクリファイス』のセットでクリス・マルケルによって撮影されたタルコフスキー、ラングとゴダールの長い対話などであった。[4]

文学の偉大な愛好家(amateur)でもあったラバルトは、1995年から2001年に放送されていたテレビシリーズ『世紀の作家』にも参加し、バタイユやアルトー、ソレルスなどを紹介した。またラバルトは、優しく暖かい人物で、若い批評家やシネフィルたちを、モンマルトルの自宅に快く迎え入れ、ワインやタバコを片手に彼らとの対話を楽しんだという。
フランスのカルチャー雑誌Les inrocksが彼を「カイエ・デュ・シネマの「異端児maverick」である」と表現したように[5]、ラバルトは、批評家、映画作家、俳優、文学の愛好者などの顔を持つ、まさに異端児として、さまざまな芸術や文化に関わり、貢献してきた偉大な人物であったのだ。

 

[1] https://www.franceculture.fr/cinema/mort-dandre-s-labarthe-cinema

[2] http://www.cinematheque.fr/article/1190.htm

[3]https://www.lesinrocks.com/2018/03/05/cinema/disparition-dandre-s-labarthe-figure-cle-de-la-cinephilie-moderne-111054939/

[4] https://www.franceculture.fr/cinema/mort-dandre-s-labarthe-cinema

[5]https://www.lesinrocks.com/2018/03/05/cinema/disparition-dandre-s-labarthe-figure-cle-de-la-cinephilie-moderne-111054939/

 

板井 仁
大学院で映画を研究しています。辛いものが好きですが、胃腸が弱いです。趣味は寝ること、最近よく聴くフォーク・デュオはラッキーオールドサン。


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