2018年度サンダンス映画祭が今月18日から28日までユタ州・パークシティで開催されている。今年も29カ国から110本もの長編作品が総勢3,368本の中から選ばれた。
今映画祭のワールド・シネマ ドラマ・コンペティション部門に出品されプレミア上映となるBabis Makridis監督最新作『Pity』は題名の通り(pity=哀れみ、同情)の物語だ。事故によって昏睡状態に陥った妻をもつ弁護士の主人公は、人々に同情されることによって人生の満足感を得ていた。悲しみに浸る自分にしがみつく彼は日に日にそれらの感情の中毒状態となっていく。しかしある日突然妻が目を覚まし、いままで生活の中心であった悲しみが喜びへと変わっていく。その変化についていけず、前の精神状態へ戻ろうとするあまりに彼は喜びの種となりうる全てを破壊へと導こうとする。主演の弁護士を演じるYannis Drakopoulosが悲しみに耽る姿は不思議な笑いを誘う。彼のバックグランドであるコメディが役から滲み出る。過去の作品よりもよりはっきりしたストーリーを持つ今作は笑い、ナイーブさ、そしてあまりにも馬鹿げた行動に次々と出る主人公を追いかける。
『籠の中の乙女』『ロブスター』(ヨルゴス・ランティモス)の脚本家エフティミス・フィリップと共に監督自身が脚本を書いた今作には彼の得意とする不気味や後味の悪さを持ちながらも社会問題や人間の内面に鋭く突き刺さってくる語りが見られる。名前を持たない登場人物たち。淡々と必要なことだけを口にするダイアローグが特徴的だ。
ギリシャ出身のBabis Makridis監督は元々広告業界でコマーシャル作成や仕事をしていたがずっと映画に惹かれ続けてきたという。2005年のアテネ短編映画祭に出品した『The Last Fakir』で新人賞を受賞、2012年に発表された40代で人生に迷う主人公を描いた『L』で長編デビューした。ロベール・ブレッソンやサミュエル・ベケットが大好きだと語る監督が今作のテーマに「同情」を選んだ理由とは?
「人を観察していて皆、どこかしら人からの同情を求めているところがあるのではないかと思いました。この物語は人々が同情をしてもらうのにどこまでやるか、ということを追求しました。この欲望が極限に持っていかれると何が起こるのか。それを知りたかったのです。」
人間や自分自身を観察することが今回のテーマのきっかけになったと語る監督。今作では登場人物誰一人として笑わないという環境を徹底したがそれらが演じられる舞台はくっきりとした明るさを持つ。これは悲しみを表現する涙や無表情の人間をより浮かび上がらせるために意図的になされたという。
すべてのものが最小限に抑えられた部屋と必要最低限のことしか口にしない周りの人間たち。毎朝起きてはベッドの端で泣き続ける主人公はもはや悲しみに暮れるのではなく悲しみが日常となり、そして取り憑かれてしまっている。薄い水色で彩られた環境には淡白な印象を受ける。
今作の撮影監督Konstantinos Koukouliosはダヴ、グーグルやネスカフェなど広告業界で活躍している。また、第20回アテネ国際映画祭に出品した『Fawns』では撮影賞を受賞。そして昨年のカンヌ国際映画祭と並行して開催される監督週間で彼の撮影作品『Copa-Loca』が上映された。白黒で撮られたこの作品は彼の光へのこだわりを見せてくれる。今作でも燦々と輝くまぶしい太陽の下で悲しみの塊である主人公をどう映していくのだろうか。
そして同情を求めてくる主人公を私たち観客はどのように向き合えばいいのだろうかという問いに監督はこう答える。
「別に観ていて悲しくなる必要はありません(おそらく主人公は同情して欲しいと思いますが笑)彼はなんとかして悲しくいようとしています。究極の悲しみというものを体験することができれば周囲の人間たちから永遠の、そして溢れるほどの同情を受け取ることができると本気で信じているのです」
この映画祭の後、ロッテルダム国際映画祭への出品が決まっている。
参考記事
http://www.cineuropa.org/nw.aspx?t=newsdetail&l=en&did=345634
https://filmschoolrejects.com/pity-review/
http://www.indiewire.com/2018/01/pity-trailer-sundance-dark-comedy-1201915948/
https://www.sundance.org/blogs/news/2018-sundance-film-festival–feature-films-announced#/
mugiho
好きな場所で好きなことを書く。南の果てでシェフ見習いの21歳。日々好奇心を糧に生きています。映画・読むこと書くこと・音楽と共に在り続けること、それは自由のある世界。
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