[569]トッド・ヘインズ監督作『ワンダーストラック』におけるカーター・バーウェルの音楽


トッド・ヘインズ監督の『ワンダーストラック』では、1927年と1977年という2つの時代、ローズとベンという2人の聴覚障害を持つ子供を軸に物語が進行する。そして、それぞれの登場人物が描かれる時代には50年もの隔たりがあるが、アメリカ自然史博物館で2人の不可思議な繋がりが明かされていく。
『ワンダーストラック』で作曲を担当したカーター・バーウェルは、1998年の映画『ベルベット・ゴールドマイン』、2011年のTVドラマ『ミルドレッド・ピアース 幸せの代償』、2015年の映画『キャロル』で、ヘインズ監督と組んだことがある。バーウェルは、『ワンダーストラック』において2つの時代と2人の子供たちを考慮しながら音楽を構成した。

「2つの時代(1927年と1977年)と、2人の子供たちへどのように音楽を奏でるかについて考えました。しかし、同時に2本の映画のように感じさせないようにしています。」

バーウェルは、ヘインズ監督との会話で、「どのくらい複数の時代と2人の子供のコントラストを際立たせるのか、どの程度それらを結びつけるのか」について話し合ったとのだと述べた。そして、「最終的には、音楽がそれらを結びつける大切な役割を担うのです」と続けた。

バーウェルのスコアは映画へと不思議な感覚をもたらし、2つの異なる物語に微妙なバランスを成立させている。そして、音楽の構成の中へそれらを結びつけている。映画の冒頭で、2つの異なるテーマ曲とサウンドを聞くことができる。楽器は、それぞれの時代によって使い分けられている。ローズの音楽は、打楽器、木管楽器、弦楽器を基に構成されている。一方で、ベンの音楽は、エレクトリックギター、シンセサイザー、ベースで構成されている。

バーウェルは特定の楽器を選んでいる。「それらの楽器は子供に適しているように思います。グロッケンシュピール、ウッドブロックのように、子供に適した楽器はたくさんあります。小学1年生で出会う楽器です。打楽器は、登場人物たちを感傷的にしてしまうリスクをなくしてくれました。グロッケンシュピールやウッドブロックは感傷的な音を発する楽器ではないからです」とバーウェルはその理由を話した。

2人の登場人物たちは、自然史博物館で繋がる。そのシーンより前には、2人の登場人物たちの関係には、音楽の特徴を与えられていない。「そのときから、2人が一緒になっていく過程を音楽で奏でるのです」とバーウェルは説明した。

時代を区別することにおいて、ヘインズ監督は、ローズの物語はサイレント映画の時代のような撮影をすることを決めた。白黒でサウンドを排している。会話も一切存在しない。音が入り込む余地がないのである。観客はローズが生きている音のない世界を経験する。唯一の音はバーウェルの音楽である。バーウェルは、以下のように説明をした。

「サイレント映画でありながらも、どの程度サイレント映画のように音楽を存在させるのかについて話し合いました。自分が書いた音楽はサイレント映画のような形式をとっているとは思いません。メロドラマではないのです。私はローズの内面世界に音楽を書き上げました。」

ベンは、電話を通して雷に感電し、音のない世界へと足を踏み入れる。リサーチから、バーウェルは、全く耳が聞こえない人はほとんどいないことを知った。聞き取ることが困難であるが、音や振動を感じ取っているのである。電子音が鳴り響くスコアで、映画製作者たちは、ベンの初めての聴覚障害の経験や、聴覚を失ったことによる音の方向感覚の喪失を示唆しようと考えた。

バーウェルは、この映画はミステリーでもあると述べる。登場人物たちは、謎を解き明かそうとし、自分たちの生い立ちにおいて、喪失してしまっている事柄や人々を捜し求める。観客は、なぜ2人の登場人物たちが50年間も離れているのかという謎に立ち向かおうとするのである。

「音楽は情報を抑えなければなりません。ミステリーだからです。私は観客を不安な状態にさせておき、そして観客は次の手掛かりを待ち望みます」とバーウェルは明かした。

脚本の段階から、この映画でバーウェルの音楽が特別な役割を担うことは明らかであった。それ故に、普通よりも多くの音楽が使われている。バーウェルは、どのように止まることのない音楽によって映画を表現するかを考えなければならなかった。その音楽が、「圧倒的で、暴虐的で、過度に情報を与えるような音楽」にならないようにしなければならなかったのである。

バーウェルが取り組んできたどの映画よりも、この作品では多くの試行錯誤が行われた。バーウェルが、初めていくつかのシーンで、止まることなく流れ続ける音楽を聞いた際に、多くの考えを改めなければならなかった。バーウェルは、繰り返しを避けるためにメロディを担う要素を戻す必要があったのである。

「スコアをレコーディングした後でさえ、トッドと私は音楽について再考していました。8月にもう少しの音楽を録音しました。映画が公開されなければ、恐らく、まだ考え直していたと思います。時々、このようなことが起こります。映画に問題があるからです。ここではそのケースには当てはまりません。ユニークな映画の上でのユニークな音楽の問題であるが故に起こったことだと考えています。多くの時間を費やして、その解決に努めました。」

バーウェルは、さらに詳細に音楽について述べている。以下は、ローズとベンの音楽的差異性、楽器やサウンドの構成方法についてのインタビューである。

『ワンダーストラック』は、物語に沿って聴覚障害を持つ2人の登場人物たちのための別々のテーマ曲によって彩られています。それらの楽曲をどのように思いつきましたか?

「映画の冒頭部で、1977年に生きるベンという少年のテーマ曲的要素は、正直なところ曖昧です。ベンが家出をするまで、彼への本当に際立ったメロディを聞くことはないように思います。ベンが聴覚障害になり、音楽は彼を取り巻くように流れます。ベンの耳が聞こえなくなるとき、音楽は、彼は自分がどこにいるのかが分からないということを表現しています。
一方で、始めから、私たちは、少女(ローズ)が自分の手でものを作り、新聞を切り抜いているのを見ます。彼女は明らかに自分の謎を解き明かそうとしています。私たちは、謎とは何であるのかを正確には知りません。しかし、何かが足りないのです。最後に、それは明らかになります。2人の登場人物たちは親と擦れ違っているのです。最初から、彼女は自分の手でとても巧みに解決をしようとしています。打楽器は、彼女が行っていることに対する身体的適応力を表現しているように思います。
打楽器は、映画の後半でもとても効果を発揮します。打楽器が持つ本質によって、感傷的になることを避けられるからです。とても感情的な映画ですが、私が打楽器に頼った分だけ、過度に感傷の罠にはまる心配がなかったのです。それはとても効果的だったのです。」

『ワンダーストラック』のスコアでは、様々な箇所で、楽器ではなく、機械的なサウンドを採用してるように思います。その選択は、何からインスパイアされたのですか?

「『ワンダーストラック』において、打楽器のアンサンブルのパートとして、基本的に櫛のような何かを使って誰でも作り上げられるサウンドを導入しています。私たちは宝石類や鍵から作り上げた曲を使っています。サウンドデザイナーのレスリー・シャッツは機械的なサウンドを採用し、効果音を配置する箇所でそれを鳴り響かせました。それは、自然主義では決してありません。馬が通り過ぎるのを見たとしても、彼はそこに機械的なサウンドを響かせます。もちろん、登場人物のローズには聴覚障害があるので、実際には馬が発する音を聞くことはできません。しかし、視覚に伴うサウンドを求めたくなります。レスリーは、サウンドの響きを使って多くの実験を行いました。
時折、それらは音楽的で、金属的な音です。自転車の変速機は、あるサウンドのために使われています。時々、私たちと、既存の枠に囚われなかった打楽器奏者が、それらのサウンドを作り上げました。時々、レスリーがそれらを担当しました。だから、伝えることが困難な部分もあるのです。
しかし、それは私が採用したことなのです。『赤ちゃん泥棒』へと戻りました。そのとあるシーンで行ったことです。幅8フィート長さ8フィートのトレイラーホームの中で奮闘したことであったと思います。全体に、ポット、鍋、瓶、電気掃除機の管といったものを使って作曲をしました。可能であるならば、新たな音の分野を突き進みたいと思っています。」

『ワンダーストラック』で、ハープやオルガンのような楽器を導入していますが、その中で必ずしも従来の古典的なスコアで聞くことができるような楽器を使ってはいません。

「オルガンは、1927年のシーンで奏でられます。映画のサイレント部分です。登場人物が、サイレント映画を観に行くシーンです。彼女(ローズ)には聴覚障害があるので、オルガンを聞くことができません。しかし、サイレント映画の時代の視点を保つために、それらのシーンにオルガンの楽曲を書きました。オルガンは実際にそこにあります。前にも言ったように、その時代に観客を入り込ませるためなのです。トッドによるすべての映画がそうであるように、この映画は、ある程度映画について描いています。彼はその類の映画製作者です。オルガンは、その時代へと誘うためにあるのです。
ハープは、打楽器のサウンドミックスを考慮するために用いました。だから、ハープは典型的に奏でられています。(打楽器のサウンドミックスを考慮する際に、)ハープ、ピアノ、マリンバ、グロッケンシュピール、アロフォンといったアルミニウム製の楽器を試しました。楽器同士を鳴り響かせて、自分の耳にうまく働きかけてくれる楽器を探していました。ハープは、叩くことで音を発する楽器ではありませんが、ハープが打楽器とうまく調和しました。ほかの楽器は、叩くことで音を発する楽器です。ピアノでさえもその類の楽器です。しかし、ハープの音色がそこでは間違いなく相応しいのです。」

スコアにおいて、ピアノ、ベース、その他の楽器でとても低い音域の音をよく使っています。そこにはどのような意図があるのでしょうか?

「『ワンダーストラック』では、あらゆる時代の特定のシーンが映し出されます。非常によい例は、映画の終わりにあります。ジュリアン・ムーアが演じる登場人物が、パノラマを見るためにベンをクイーンズ区に連れて行きます。しかし、ベンはどこに行くのかが分かりません。さらに、観客は彼らがどこへ向かっているのかを知りません。彼らは、ニューヨークのマンハッタンにいますが、1965年の国際博覧会のユニスフィアを通り過ぎるカットがあります。これは、ニューヨークの歴史の特定の時代を強く象徴しています。そのシーンで、突然、一番低いオクターヴを使いました。
しかし、それに関連するシーンを慎重に選ぶように心がけました。1977年に、ニューヨークではとても有名な停電が起こりました。だから、終盤で停電が起こった際に、その低いオクターヴを再び使いました。低いCを奏でるのはダブルベースです。ダブルベースの持続した演奏が奏でられると、美しいサウンドが響きます。また、ローズがサイレント映画を観に行った際にも、観客はそのサウンドを聞きますが、そこには感情的な理由があります。ローズがスクリーン上で観るキャラクターには、観客が理解できない感情的な意味合いが含まれていますが、それは後になって説明されるのです。
間違いでなければ、低いCはリヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはこう語った』におけるオープニングの音でもあります。『2001年宇宙の旅』の始まりに流れ、その音には存在感があります。オーケストラで最も低い音なので、その音には特別な何かがあるのです。」

参考URL:

http://www.btlnews.com/blog-the-line/contender-carter-burwell-wonderstruck/

http://deadline.com/2017/11/wonderstruck-carter-burwell-composer-oscars-news-1202195333/

http://www.indiewire.com/2017/10/wonderstruck-score-new-york-stories-carter-burwell-1201891061/

http://www.carterburwell.com/projects/Wonderstruck.shtml

http://www.latimes.com/entertainment/envelope/la-en-mn-composer-carter-burwell-20171206-story.html

https://theplaylist.net/carter-burwell-wonderstruck-score-20171019/

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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