[562]『苦い銭』『ファンさん』王兵インタビュー


 ワン・ビン(王兵)は、1967年中国生まれの映画作家だ。1999年に撮影がスタートし、2003年に山形国際ドキュメンタリー映画祭グランプリなどを獲得した『鉄西区』でデビューして以来、ヴェネチア国際映画祭、ロカルノ国際映画祭などで数多くの賞を受賞し、現代的な関心とスタイル、そして情熱を兼ね備えた先鋭的ドキュメンタリー作家として国際的に注目を集めている。

 彼のドキュメンタリー作品は、人工的な語りを観客に押しつけるナレーションを排除した徹底的な<観察スタイル>を貫いている。それは、対象から一定の距離を保ち、静かで、関与せず、対象から見られることもない傍観者的なスタイルであり、「壁にとまった蝿」とも呼ばれるものだ。だが一方で、時にはカメラの後ろから声をかけたり、あるいは逆に被写体の方からカメラについてくるよう指示したりするなど、親密で特別な関係性を被写体との間に築いていることも感じさせられる。カメラに収められた奇跡的なショットの数々を目撃する私たち観客は、一体どうやったらこんなショットを撮ることができるのだろう、一体どのような関係性を被写体との間に築いているのだろうと毎回不思議に思うばかりだ。また、とりわけ初期作品は上映時間もきわめて長く、その静観的スタイルとも合わせ、被写体ばかりではなく観客自身の身体性や映画を見る即物的な時間もまた強く意識されざるを得ない独特の映画体験を生み出していた。

 ワン・ビンの映画は、明確な政治的主張が声高になされることこそないものの、政治的・軍事的、そして経済的にも世界的強国となった中華人民共和国の興隆すなわちチャイニーズ・ドリームに対して、その矛盾や暗部を内部から告発する側面を備えたものが多い。このため、彼の作品はいまだ一本も中国で公開されたことがない。また、『無言歌』や『暴虐工廠』のようなフィクション作品においては、中国共産党がそのイデオロギーに反する者に対して歴史上どのような暴虐を行ってきたか検証する作品を作っている。ドキュメンタリー作品においては、現代中国で暮らす普通の人々の(しばしば困難な)日常を独特の角度から丹念に観察した作品が多く、その終わりもまた、私たちの日常と同様オープンエンドとして世界に開かれている。

 アルツハイマーと死の問題にドキュメンタリーとして正面から取り組み、その倫理性を巡って大きな論議を引き起こすと共に、2017年のロカルノ国際映画祭で金豹賞を獲得した最新作『ファンさん』が今年の東京フィルメックスで上映された。そしてさらに、共産主義国である中国における現代のお金の問題を描き、2016年ヴェネチア国際映画祭でオリゾンティ部門脚本賞とヒューマンライツ賞をダブル受賞した『苦い銭』も2018年1月公開が予定されている。ワン・ビンは、今何を考えてこれらの作品を作っているのだろう。近年行われたインタビューから、彼の発言の幾つかを抜粋してみたい。

■映画とお金の関係について

 僕の考えでは、映画の世界というのはとてもシンプルなんだ。つまり、商業映画と個人映画とかあって、どちらも即物的に条件付けられている。商業映画は映画産業の経済的推進力だ。作るのにたくさんのお金と人手が必要になる。したがって、商業映画は監督の意思以外にある種の制約を受けることになる。しかし、映画の世界には個人のための場所もあって、それが僕の作ってるような個人映画だ。こうした映画は商業映画ほどの資金も人手も必要としていない。どちらかが他方より優れてると言いたい訳じゃない。ただ、どんな映画にも、その予算と関わりなく、独自の価値があると言いたいんだ。

 17年間映画を作ってきて、僕は映画の世界に自分の場所を作ることができた。僕は個人映画を作りたい。だから僕は少ない予算で仕事している。もし僕が大きな予算の映画を作るなら、そこにはあまり自由がないだろう。お金や他の条件によって様々な制約を受ける筈だ。僕はきっとスタッフの管理などであまりにも時間を取られ、撮影に十分な時間を使うことができない筈だ。デジタル技術は、個人が最小限のスタッフで映画作りするための素晴らしい土台を与えてくれた。僕はこれにとても満足している。これが僕のやりたい仕事なんだ。僕は今の自分の状況を完全に肯定している。

 もちろん、どんな映画作家にも完全な自由というものはない。予算の少なさは「お金のない不自由」をもたらすし、逆に予算の潤沢さは「お金が多すぎる不自由」をもたらす。ある種の映画作家にとって予算の少なさは自由の少なさを意味するだろうけど、僕のような映画作家にとっては逆なんだ。と言うのは、低予算は物事をシンプルで一直線にするからだ。だから僕が思うに、映画監督はまず何よりも先に自分がやりたいことを実現するため最も適した状況を見つけるべきなんだ。そして優れた監督というのは、いつだって自分に課せられた限界とうまく付き合ったり、ある場合にはそれを突破して自分がやりたいことを実現するものなんだよ。

 友人のラヴ・ディアスは、たいていの場合、フィリピン古来の森林で映画を作っている。彼の登場人物はそこで暮らし、彼の物語はそこで起きる。森は自然のもので、風景として美しく、ラヴによってさらに美しく撮影され、しかも撮影に多くのお金を必要としない。だから、彼は森で撮影するために物語を工夫し、美学を打ち立て、予算もやりくりし、その全てを一体にしている。彼はこうした全てを自家薬籠中のものとしているんだ。優れた映画監督というのは、こうしたことをする人のことだと僕は思う。そして僕もまた同じことをやろうとしているんだ。

 『タアン(Ta’ang)』は数千ユーロ(数十万円))の予算で撮影を始めた。遠隔地で撮影したので、予算の大半は旅費と撮影中の雑費に使ったよ。『苦い銭』はもう少しかかったけど、それは撮影に2年以上かかったし、撮影地もバラバラで遠く離れていたからだ。僕の映画のスタッフはとても少ない。一番多くて6人か7人だけど、そんなことは殆どなかった。たいていの場合は3人とか、あるいは僕一人だね。それが僕の映画の予算の限界なんだ(笑)。

■『苦い銭』で描かれる出稼ぎについて

 歴史的に、中国は何千年も封建主義が続いた国だ。そして突然中国は現代社会へと変化した。はじめそれは全てイデオロギーの問題だった。共産主義のイデオロギーだ。そのシステムのもとで、人々には生まれ故郷を離れて生活を改善する可能性は殆ど手にしていなかった。ところが1978年の改革開放政策で人々はより大きな自由を手にするようになった。そこでのルールとは、より長く働く者がより大きな金を手にするというものだ。もちろん、物事はそう単純ではない。手にする富の量は労働時間だけではなく、権力や階級によって大きく左右される。しかし一般的に言って、殆どの人々がより多くの金を手にするためには、よりたくさん働くしかない。だから、『苦い銭』の舞台となった湖州では、人々は一日に13時間も働いて稼ごうとする。社会の底辺から来た人々には、こうするより他に手段がない。人生の苦難に立ち向かうため、彼らはこうするしかないんだ。

 この作品には、マルチ商法に手を染める人間も登場する。しかし、社会の底辺から来た人々には殆どチャンスがない。長く働く以外にお金を稼ぐ方法が殆どないんだよ。彼らに何ができるだろう?マルチ商法に手を染めたからと言って、僕たちが彼らを厳しく裁くべきではない。僕たちの生活は彼らとは全く違うのだから。もし彼らと同じような生活を送り、同じような人生の苦難に立ち向かう必要があったとするならば、僕たちもまたマルチ商法に手を出してしまうかも知れないんだ。

■人々がたやすく陥る資本主義の罠について(若者たちに馬鹿にされる老人は彼らの鏡でもあること)

 あの若者たちはすぐに酔っ払いの老人のようになる。それは間違いない。若者と老人の唯一の違いは、若者たちは健康で身体が強く、エネルギーがあり、結婚しておらず、子供もおらず、両親の面倒を見る必要もまだないということくらいだ。彼らはまだ人生の重圧をそれほど背負っていないだけなんだ。老人が背負っているものと同じ重圧が彼らにのしかかってきた瞬間、若者たちもまた同じように壊れていく。老人は長い間必死に働いてきたのに、彼の人生は相変わらず同じままだ。だから彼は自分に幻滅し、辛辣になり、酒に溺れたんだ。若者たちは同じ階級に属しているにも関わらず、自分が老人よりも優れていると考え、彼を笑いものにしている。しかし僕の考えでは、彼らは単に人生の問題や自分の未来を明晰に見ていないだけの話だ。

 これは若者特有の思い違いで、きわめてありふれたものに過ぎない。僕も同じような思い違いをしていた。僕は若かった頃、自分が作る全ての作品に情熱と理想を抱いていた。今でもそれはある意味で同じだが、しかし二十年近く映画の世界にいて、自分はある種の限界、見えざる壁を越えることができないとようやく分かった。こうした限界は金に由来するものだと思われるかもしれない。ある意味ではそうなのだが、それだけではない。映画業界の全体的な仕組みそのものがこの限界を作っている。僕たちの社会を支配する主流イデオロギーがこうした限界を作るんだ。

 こうした限界があることは、映画を作り始めた当初から分かっていた。しかし、多くの問題はそのうち解決できるだろうと高を括っていた。残念なことに、それは間違いだった。僕は映画を作り始めた頃に直面していたのと同じ苦難に現在も立ち向かっている。何も変わっていないんだ。変わったのは僕だけで、つまり創造の力を信じていた人間から、映画業界のリアリティと不変性に気付き幻滅した人間へと変化しただけだ。僕はこのシステムの中で生きて映画を作り続けるしかない。それを受け入れるしかないと気付いた。だから今はある意味で解放された気分だ。

■撮影機材について

 『タアン』と『苦い銭』の撮影には動画も撮れる静止画用デジタルカメラを使った。ソニー製でモデルはAlpha7sやAlpha7s IIだ。これにオートフォーカスに対応したライカやツァイスのレンズを付けた。僕のスタッフはとても少人数で常に予測のつかない状況に対応しなければならないため、オートフォーカスは必須なんだ。これらのレンズは70年代か80年代に作られたもので、中古でとてもとても安く手に入った。

 これから低予算の個人映画を作ろうとする若い人たちに僕が一つアドバイスするとすれば、何よりもまず最適な装備を選ぶことだね。新製品は高価だし必ずしも昔の技術より優れているとは限らない。中古屋や蚤の市に通って自分に適した装備を安価に購入すべきなんだ。映画作家はスマートに考えて、自分に許された予算の限界を突破し、最適な装備を手にするべきだと思う。これが最初のステップだ。

■被写体との親密な関わりについて

 『苦い銭』では、登場人物の一人であるリンリンに「お姉さんのところに行きましょう。付いてきて」と話しかけられる場面があるが、彼女とああした関わりを作る機会があってとても嬉しかった。一般的には、僕は映画監督として自分が消え去って、ただ目の前で起こっている出来事を記録したいと思ってる。しかし、僕は同時にしばしばカメラも担当しているため、撮影している対象と関わりを持つことで、その人の人生に深く入り込み、彼らの真実をつかみ出すことができることもある。ああしたチャンスは滅多にないが、リンリンの場合は突然まったく予想外にそれが起きたんだ。とても嬉しかったよ。

 僕は映画の中に自分の姿が現れることをあまり気にしていない。ドキュメンタリーを撮っているカメラマンである以上、自分の影が映り込んでしまうチャンス、あるいはリスクは常に存在している。でも、照明をコントロールできる訳じゃないし、どうしようもないんだ。結局のところ、僕のようなスタイルで映画を作っている限り、それは自然なことであって、時に観客は僕の姿を見たり僕が咳き込むのを聞いたりする。個人的には、僕はあまり表には出たくない。僕は静かなタイプの人間で、普段の生活でも撮影でも人前に出ることは好まないんだ。だから、できる限り控えめに人々の側にいて、そこで何が起きるかに集中していたいんだ。

■『ファンさん』では被写体とどのように出会ったか

 2015年に彼女の娘と偶然知り合った。そして彼女の村に来てファンさんと会うように言われたんだ。はじめて会った時、彼女はとても健康だった。彼女についてのドキュメンタリーを作りたいと僕は考えた。単なるアイディアに過ぎなかったけど、とにかく幾らか撮影を行った。しかし2016年になって僕に時間がなくなり、撮影を続けることができなくなった。しばらくして、彼女の娘からファンさんが病気だと電話で知らされた。その時僕は偶然近くの街にいたので急いで駆けつけることができたんだ。到着した時、彼女の容態は既にかなり酷かった。僕は彼女の病気についての映画を自分が作りたいか分からなかった。しかし、ともあれ撮影してみることにした。こうした場所から物語が生まれることがあれば、そうはならないこともある。だから明確な考えがあった訳じゃないが、とにかくそこにとどまって、最後まで撮影してみることにしたんだ。

■『ファンさん』の驚くべき親密さについて

 僕は彼女の家族と知り合ってもう長い。そして僕をそこに招いたのも彼らなんだ。ファンさんの容態が悪くなるにつれて、彼らはとてもナーバスになった。彼女が間もなく死ぬと誰もが知っていたからだ。しかし、彼らは僕がそこで撮影することを受け入れていたし、いかなる意味でも僕の撮影を邪魔したり何か言って悩ませることもなかった。

 僕はあそこに七日間いて、最後まで、つまりファンさんが亡くなるまで見届けた。しかし、五日目になって、少し違った空気を感じた。近隣の住人がひっきりなしにファンさんを見舞いに訪れていたが、僕が撮影していることを彼らが快く思っていなかったんだ。だから僕はその日撮影をやめる決断をした。そして次の日になって、再び最初から始めたんだ。時間をかけて家族と話し、そしてファンさんの子供たちが撮影を望んでいることを確認した。彼らは僕に撮影して欲しかったんだ。

■アルツハイマーや死について映画を作ることの倫理的問題

 僕はフィルムメーカーであり、映画を作っている。僕は映画を作りながら、常にそれが何なのか考え続けている。ファンさんの家にいた時、僕はこの主題についてずっと考えていた。映画にはこうした物語が必要なんだ。誰もが遅かれ早かれ死と直面せざるを得ない。映画は死に立ち向かい、その物語を語るための独自の方法を見いだすべきなんだ。

 こうした病気や死を映画で描くことは、親密な関係性にある相手だけではなく、誰に対しても可能だと僕は思う。どんな国にも、死が描かれた実に多くの映画が存在しているからね。勿論その殆どはフィクション映画で、俳優によって演じられている。僕の作品では、俳優は使われていない。僕は人々と会って、彼ら自身の現実の中で彼らの本当の物語を語っているんだ。

■ファンさんのクロースアップについて

 撮影を始めた最初の日のことだった。僕は彼女を2時間撮影して、その後の時間で撮影した映像を繰り返し見続けた。それは既にとても近くまで寄ったクロースアップだった。その映像を見ながら、ファンさんの何が僕を魅了したのか、それをどうやって観客に見せるか考えていた。ファンさんの目はとても印象的だった。とても感動的だった。彼女の目の奥に、僕は何かを見た。それは光だった。それは僕に子供の目を思い起こさせた。そこに彼女がいる、その目の奥から僕たちを見ている、と僕は思った。彼女を撮影する機会が二度と訪れないと分かった時、この映画の主な目的は、ファンさんを映画の中に残すための作業だと考えた。彼女がそこにいること、彼女が生きていること、彼女がいまだ生きていることを人々に感じさせるための、おそらく唯一の方法だと僕は考えたんだ。

 映画の最後の方でも、僕は同様のクロースアップを撮っている。それを撮影していた時、僕は終わりが近づいていることに気付いた。彼女はもうすぐ死ぬだろう。そして、僕は何かを探してそこにいたが、最後の最後になって彼女の側から少し離れた。僕は彼女を囲む人々の外から撮影したんだ。実際のところ、ファンさんの頬を伝って涙が流れるのを見た瞬間、僕は彼女の側での撮影をやめた。周りにいた親族たちは、彼女はもう何も考えていないと思っていたが、僕はそれを考え続けていた。彼女の涙を見た時、ファンさんはまだそこにいるんじゃないかと思ったんだ。彼女に意思表示する手段は残されていなかったけど、涙はそれだけで十分だった。彼女はまだそこにいて、僕にもそこに残って欲しいと思っていたんだ。この女性がその時何を考えていたか、それを理解しようと全力で努力し、そして映画として表現するための方法を探すこと。そのプロセスそのものが、この映画の全てなんだ。

■電気ショックで魚を捕らえる漁の場面について

 全ての場面は、ファンさんの家の場面と同時に撮影された。撮影の二日目、ファンさんの兄弟が突然一緒に漁に行こうと言ってきた。彼らについて行くのも面白いかも知れないと思って僕は同意した。漁の場面を全て夜に撮影して、またファンさんの家に戻ってきた。そして考えたんだが、僕はファンさんが暮らしてきた村を描写するためにこうした場面を必要としていたんだ。あの村では、こうした漁が暮らしを支える大きな手段になっている。だから彼らにとって漁はとても重要なんだ。それは、ファンさんが暮らしてきた村の一部なんだよ。

■映画作りの身体的側面について

 映画作りにはすごく疲れる側面がある。実際、僕は一度に一つのプロジェクトしか手がけないようにしてる。それ以上は無理なんだ。撮影、ポスプロ、映画祭…仕事には終わりがないからね。僕は映画のためなら何だってやるつもりだけど、残念ながら運動選手のような身体能力はないんだ。『収容病棟』で精神病院の患者が廊下を走り始め、カメラがそれを追いかける場面を覚えてる?あの患者は全く眠れないほど神経質で、毎日ヘトヘトになって力尽きて眠るまで運動していたんだ。あの作品で僕らは2つのカメラを使っていた。1つは僕が操作して、もう1つは別のカメラマンに任せた。僕らは最初彼が走る場面で固定ショットを試してみた。でも、それじゃ彼の内面世界と観客との間に上手くつながりを作ることができないと感じたんだ。だから僕はもう一人のカメラマンに、患者の後を追っかけて走るよう頼んだ。彼の方が僕より若くて、ずっとエネルギーがあったからね(笑)。

■検閲について

 僕の映画はこれまで一本も中国の映画館で公開されたことがない。そこで公開されるためには中国政府の検閲を受ける必要があるんだが、僕はこれまで一度も、そしてこれからも受けるつもりがないからだ。検閲なんて、全く退屈で意味がない。僕は自分が望むものを表現したいだけであって、誰か他人に「検査される」なんて真っ平なんだ。誰かの承認なんて欲しくないよ。

参照記事:
https://www.filmcomment.com/blog/interview-wang-bing/
http://cinema-scope.com/cinema-scope-online/mrs-fang-wang-bing-francechinagermany-wavelengths/
https://en.wikipedia.org/wiki/Wang_Bing_(director)

Mrs Fang – Wang Bing (2017)

Bitter Money – Wang Bing (2016)

KU QIAN, Bitter Money, a film by Wang Bing

Mrs Fang – Wang Bing (2017)

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

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