[561]ダーレン・アロノフスキー監督作『マザー!』におけるヨハン・ヨハンソンの役割:作曲家からサウンドコンサルタントへ


サイコホラー映画『マザー!』で、ヨハン・ヨハンソンは、ダーレン・アロノフスキー監督と初めて組んだ。『マザー!』では、招かれざる客たちによって夫婦の平穏な生活が崩壊していく様を描いている。残念ながら、この作品はパラマウント映画の意向により日本公開が見送られることとなっている。当初、この作品でヨハンソンは作曲家として参加するはずであったが、製作過程の中で、結果的にその役割はサウンドコンサルタントに近くなった。前半では、サウンドデザイナーのクレイグ・ヘニガンの言葉を中心にその理由を探り、後半では、ヨハン・ヨハンソンの言葉からその変更の理由に言及していく。

パラマウント映画によれば、ヨハンソンは、音楽及び音響コンサルタントとしてクレジットされている。『マザー!』のプレスノートにおいて、ヨハンソンはその背景を以下のように説明する。

「『マザー!』で妥協は許されず、ダーレンと私は多くのアプローチを探りました。私は直感的に全体からスコアを取り除きました。音楽を取り除くことによって、多くの部分で創作をしていかなければなりません。今回の場合、私たちは、この最も理にかなったアプローチを採用するべきであると考えたのです。」

クレイグ・ヘニガンは、アロノフスキー監督の映画で長きにわたってサウンドデザイナーを担当してきた。これまで、ヘニガンは、映画製作前にアロノフスキー監督と共に音楽とサウンドデザインの両方に取り組み始めた。2016年10月と11月に、ヘニガンとヨハンソンはすでにサウンドスケープの概要を考え、2017年1月までに、アロノフスキー監督と編集技師のアンドリュー・ワイスブラムへと、早い段階のバージョンを提示していた。そこで、ヘニガンとヨハンソンが音楽を取り除いたバージョンを試すことができたのである。ヘニガンは音楽とサウンドについて以下のように説明をした。

「私がサウンドを創り上げている間、ヨハンは音楽を書きました。私たちは深く、深く映画の中へと入って行きました。そこで、芸術を意識したサウンドや音楽、また変わったサウンドや音楽になり過ぎないように気を付けました。映画が私たちに必要なものを教えてくれましたが、特にダーレンと編集技師のアンディ・ワイスブラムが必要となるものを示してくれました。私たちは、『映画によって押し返されるのだ』という言葉をよく使いました。手荒なサウンドデザインを施すが如く、さらなる音楽、さらなるサウンドを映画の中に加えていきました。そのことで、観客はあまりに説明され過ぎて、(ジェニファー・ローレンスが演じる主役の)母親と共に映画を体験する機会を奪われていたのです。」

母親が徐々に精神不安定な状態に陥っていくことに対して、観客はそのことと関係を築き上げていく。この点を考慮したことこそが、ヨハンソンを含む、アロノフスキー監督とポストプロダクションチームがこれまでにあったようなスコアを使うべきではないと決断を下した主な理由である。プレスノートで、アロノフスキー監督は、次のように説明をした。

「映画がうまくいっているのは、観客が自分がどこにいるのか分からなくなったときです。観客は自分の居場所を知るためにジェン(ジェニファー・ローレンス)を注視します。しかし、ジェンは、どのようにものごとを把握してよいのかをそれほど分かっていません。ジェンは、絶えず様々な感情や思考の中で揺れ動いています。観客にはその中へと身を委ねて欲しいのです。観客は容易に感情を読み取らせてくれることへと身を寄せて、安堵感を奪われていきます。」

2017年5月に、チームは考えを改めて、ヨハンソンは、サウンド及び音楽コンサルタントの役割へと移り、作曲家の役割から離れた。ヘニガンは以下のようにコメントをした。

「そこに存在する音楽は本当に効果的です。それこそがヨハンの音楽です。しかし、その音楽は、古典的なスコアというよりサウンドデザインです。彼は、すごく面白い音楽家たちの演奏と、面白い楽器の響きをレコーディングしました。私たちは様々な方法でそれらの音楽をうまく試しました。映画へと入り込むと、想像力が膨らんでいくので、古典的なスコアではなくなっていきます。」

アロノフスキー監督は、「表現豊かにすること」をヘニガンに求めたが、彼らはヨハンソンのスコアでもそれと同様の課題に直面していた。その課題はサウンドデザインにも活かされた。ヘニガンによれば、これまで観客に対して恐怖の瞬間を強調するために、怖い音響効果や耳障りな楽曲が使われてきたが、そのような従来の「恐怖を与える刺激」に頼る表現とは、『マザー!』で達成しようとしたこととは対照に位置する。

「『マザー!』はホラー映画です。しかし、皆が思っているような類のホラー映画ではありません。この映画では、抑制が大きな意味を持っています。この映画には、抑制に対する多くの側面があります。そこでのアイデアとは、音響によって抑制がその世界の一部であるかのように感じさせることができるものを使うことだったのです。ホラー映画のサウンド、ホラー映画の拍子、ホラー映画の恐怖感に取り組む際に、スクリーン上で起こっていることからサウンドを生み出そうとするのは極めて困難なのです。」

『マザー!』は、静かに幕を開ける。ヘニガンは、母親の家から起こる音響効果や雰囲気におけるサウンドスケープを巧みに表現した。映画が進行するにつれて、徐々にレイヤーサウンドや不快感を与えるサウンドを形作っていくために構築していったサウンドスケープであった。ヘニガンは家が生きているかのような音作りを目指した。

「『マザー!』において、その家は生きているかのようです。そこでの挑戦とは、どのようにその家を面白く表現し、陳腐またはつまらなくならないように、実際の壁が呼吸をし、話しているかのようにその家を感じさせるかということです。ギーギーという音やパイプがガタガタという音を使いました。結果的にそれらの音が、赤ちゃんの泣き声に変わっていったり、映画の中へと深く入り込んでいくにつれて別のものへと変化していくように音をうまくデザインしていきました。そうすることで、家が生きているかのような表現に至りました。」

すべてのアロノフスキー監督とのコラボレーションにおいて、ヘニガンは常に「生」のサウンドの構築を目指す。静脈を流れる血液、呼吸、心臓の鼓動である。『マザー!』の脚本を初めて読んだ後、ヘニガンは、どのようにその家に生命を与えるのかを考えた。音響効果の編集を担当したコール・アンダーソンと共に取り組み、大型哺乳類に焦点を絞り、最終的にクジラが発する音を採用した。その点に関してもヘニガンは説明をした。

「私たちは、音処理において、クジラの心臓の音を聴いて、それを真似しようとしました。クジラの心臓のタイミング、脈、鼓動を真似し、ダーレンはその音にすごく惹きつけられていました。これらの生物学的サウンドは、多くの映画で採用されています。人間、肉体、本質的にいえば、生命そのものです。」

ヨハン・ヨハンソンは、ダーレン・アロノフスキー監督による新たな映画『マザー!』の作曲を手掛けるという契約へとサインをしたが、その人選によって、ある必然的ロジックが生じることとなる。アロノフスキー監督とヨハンソンは、それぞれが作家性を持っているためである。ヨハンソンは、実験的な作曲家である。ドローンのサウンドを使うことを厭わず、ソロでの作品で冷戦下の乱数放送を取り入れている。アロノフスキー監督は、壮大な実存的テーマによって人間の脆さの限界を描き出す。恐らく、これこそが、『マザー!』でサウンドトラックを必要とするという考えを拒否されたにもかかわらず、ヨハンソンがそのことでアロノフスキー監督を賞賛すると聞くと不安に感じてしまう理由である。ヨハンソンは彫刻の喩えを使いながら、この映画に必要であった要素について話した。

「つまり、そこにある美しさがあったのです。その美しさとは彫刻のようです。グラナイトや大理石を厚切りにするところから始めて、彫り上げていくのです。この場合、すべてのグラナイトと大理石を彫ります。一切の彫り残しは許されません。それは、その美しさが持つリアリティであり、映画に必要なことです。それこそが、基本的に『マザー!』に必要なことなのです。」

2016年、アロノフスキー監督とヨハンソンは、トロント国際映画祭で初めて顔を合わせた。アロノフスキー監督は、ヨハンソンが手掛けた『ボーダーライン』のスコアのファンであるが、彼が当時取り組んでいた2つのプロジェクトについてヨハンソンに話した。そこには若くして結婚した夫婦を描いた低予算映画も含まれている。最終的にアロノフスキー監督は完成した『マザー!』の脚本を送った。ヨハンソンは、「その脚本はこれまで読んだことがないような内容でした」と述べ、そして、最近鑑賞した現代映画というよりは、絶頂期のピエル・パオロ・パゾリーニの作品に近いと感じた。

実際のところ、『マザー!』は、その音楽に対して比較的に実験的アプローチを要求してくる作品である。田舎の中で人を寄せ付けないような豪華な家が舞台となっている。ハビエル・バルデムが演じる情熱的で気まぐれな詩人の妻をジェニファー・ローレンスが演じているが、彼女の視点からのショットで映画全体が構成されている。映画のほぼ全体において、最初は何気なしに、外部からの力がその夫婦のプライバシーを干渉するが、後にその力の存在は大きくなり、ローレンスの中の恐怖が増幅することで物語が進行する。

製作の間、アロノフスキー監督は、撮影現場で流すことのできる音楽のサンプルをヨハンソンに繰り返し求めた。「彼は(音楽の)テンポで実験をしていました」とヨハンソンは振り返った。ひとつの箇所で、アロノフスキー監督は12の異なるテンポの同じ楽曲を求めた。繰り返していくことで速くなっていくテンポの音楽で、ひとつのシーンのショットのためにそれらを背景で流すのである。「ええ、それらを彼に送りましたよ」とヨハンソンは話した。

ヨハンソンは、ほかのプロジェクトと平行して『マザー!』のスコアに1年間を通じて密接に関わった。最終的に、ヨハンソンは、映画の大規模なポストプロダクションの段階の間、ニューヨークへと移った。「私たちは基本的に一緒に仕事をしました。彼は映画を編集し、私は隣の部屋で作曲をしました。それがスコアを書いた過程です」とヨハンソンは述べた。

ヨハンソンは、『マザー!』のために90分近くのオリジナル音楽を生み出した。しかし、スコアが付与されているラフカットと、スコアが付与されていないラフカットのダブルスクリーニングをした際に、アロノフスキー監督とヨハンソンは、新たなアプローチが必要であると感じた。

「私は映画のための音楽を書く際に、ソロアルバムの音楽を書いているわけではありません。また個人的な楽曲を書いているわけでもありません。私はアーティストたちが集うチームの一員です。だから、作曲家というより映画製作者であると考えています」とヨハンソンは話した。ヨハンソンによれば、アロノフスキー監督のプロセスに従うことは楽なことであるという。そして、「映画に一切の音楽は必要ないという結論に至ったのです」とヨハンソンは述べた。

初めヨハンソンは、直感的に自分が書いたすべての音楽を捨て去ろうと考えた。しかし、アロノフスキーは別の考えを持っていた。ヨハンソンはそのことについて以下のように説明をした。

「2つの異なるアプローチを試すことを決めました。ひとつ目は、選んだ数箇所のみに少しばかりのスコアを使うというアプローチです。もうひとつは、過激なアプローチでした。さらにサウンドデザインに重点を置いて、アコースティック楽器の生演奏の音を処理することに基づいたスコアを書き、その上で家のサウンドスケープの中でそれらを合わせることだったのです。」

結果として、第2のアプローチが採用された。映画におけるヨハンソンの役割は、作曲家というよりはサウンドコンサルタントに近くなった。ヨハンソンによる『マザー!』のサウンドスケープへの貢献は、最終カットで知ることができる。そのヨハンソンの担当部分は、サウンドデザイナーのクレイグ・ヘニガンの担当部分と相当な割合で合わせられた。ヨハンソンとヘニガンは、直接的に仕事を共にしなかった。しかし、ヨハンソンとヘニガンの双方は、音を探求していくという同様のプロセスを踏んでいた。ヨハンソンは次のように語った。

「私たちは、音を処理する上で様々な実験的方法を模索しましたが、その間、長い時間を過ごしました。そのいくつかは、ほかよりも音楽的であり、またそのいくつかは、全体的に音楽ではありません。そして、その多くで、(その2つの)境目は、ほぼ識別ができません。」

このチームは、オリジナルスコアで過去に使用された実験的な音から生の素材を取得していることも珍しくない。ヨハンソンは、一枚のガラスでできた楽器を演奏したことがある。共に作曲を行った坂本龍一とその楽器を作り上げたのである。「その楽器を叩いて演奏することもできますが、マレットの摩擦を使って長い音を作り上げることができます。長く持続した音の響きを生み出すことができるのです」とヨハンソンは説明をした。さらに、サクソフォン奏者コリン・ステットソンの身体を使ったユニークな演奏からも音の素材を得ている。サクソフォン上でキーを使って演奏する際に起こるカチッという音から素材を集めたのである。ステットソンの喉全体にマイクを置いて録音をした。「音の原形に処理と加工を施して歪曲させて素材にしました。そのままそれらの素材を使うこともありました」とヨハンソンは述べた。

結局、暗く空虚な夜に、登場人物が危険を察して立ち止まり、聞き耳を立てる際にお馴染みのギーギーという音、ヒューという音、つぶやき声などに根差したサウンドスケープとなった。その音は、いつしか消えて、錯覚していたと感じさせる。音の響きは、超自然的に残り、ささやき声が遠くの部屋から曲がり角へと移動しているように思わせる。その家は、それ自体が息をしているかのようである。

「私はあらゆることで極端な手段を講じることに興味があります」とヨハンソンは自分の作曲について語った。具体的にいえば、そのことによってソロの作品の中で平静と内省を作用させている。「私は、最も論理的極致にあるアプローチを採用するために、ダーレンがこの決定を下したことを心からうれしく思います。とても勇気あることだと思います」とヨハンソンは続けた。

『マザー!』では、作曲とサウンドデザインへの型破りなアプローチを行うための十分な余地が用意されていたといえる。「このプロセスは、自分がこれまでの人生の中で最も芸術的な経験のひとつであったことは間違いありません」とヨハンソンは話した。その言葉によって、映画におけるサイレンスの役割と共に、ヨハンソンの音楽とサウンドの役割に対する信念を知ることができる。ヨハンソンは、「音楽を作曲しない箇所とは、作曲する箇所のように大切です。そして、前者はほとんどの場合、より重要であるのです」と話した。

ヨハンソンは、2017年のThe Marcyで再びジェームズ・マーシュ監督と組んだ。2人は、過去に『博士と彼女のセオリー』で共に仕事をしたことがある。さらに、2018年には、Hildur Guðnadóttirと共に作曲を手掛けるガース・デイヴィス監督のMary Madaleneが控えている。新作について、ヨハンソンは以下のようにコメントを残した。

Mary Magdaleneの物語は魅力的です。とても多くの形と方法で何度も語られてきた物語ですが、本当に新しいものになっています。」

参考URL:

http://www.indiewire.com/2017/09/mother-score-eliminated-johann-johannsson-darren-aronofsky-sound-design-1201874404/ 

https://www.vanityfair.com/hollywood/2017/09/mother-movie-jennifer-lawrence-darren-aronofsky-score-johann-johannsson

https://theplaylist.net/johann-johannsson-aronofsky-mother-20170913/

http://www.imdb.com/title/tt5109784/

http://www.mothermovie.com/

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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