1973年に製作された『さらば冬のかもめ』は、アカデミー賞3部門にノミネートされたアメリカン・ニューシネマの名作だ。ハル・アシュビーが監督し、ジャック・ニコルソンが主演したこの作品は、募金箱からはした金をくすね8年もの刑期を科された18歳の水兵と、彼を刑務所まで護送する役目を課された二人の海軍将校の奇妙な友情を描いている。この作品の「35年後の彼ら」を描いた”THE LAST FLAG FLYING”が、11月の全米公開に先駆け、28日に開幕するNY映画祭に登場する。監督はインディペンデント映画界の寵児リチャード・リンクレーター。時に青春の断片を鮮やかに切り取って見せ、時に経年変化にスポットを当てた人間ドラマを描き、時に奇想天外な発想で新たな表現の可能性を見せてくれる彼の作品の特徴は「時間は常に未来に向かって流れている」こと。ところが新作”THE LAST FRAG FLYING”では一転、リンクレーター監督は三人の中年男を「過去と向き合う旅」へと送り出す。[1]

初期の作品『バッド・チューニング』から最近の『6才のボクが、大人になるまで。』、『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』に至るまで、あなたの映画の多くは「不確かな未来に直面する若者」を描いています。しかしこの”THE LAST FRAG RLYING”では年老いた人々が不確かな過去を振り返る作品となっていますね。この発想の転換はなぜ起きたのでしょうか。(以下、インタビュー部分[3])

――三人の男が一緒になって、自分たちの関係について改めて考えたり、自分自身と向き合ってみるというシチュエーションが気に入ったんだ。少しの曇りも歪みもない鏡に写る自分の姿をじーっと見つめるようなものさ。この三人の中年男たちは、一緒に旅をしながら、幾重もの過去に覆われ失われつつある自分たちの奥底に眠る本来の自分にたどり着こうとする。玉ネギの皮をむくみたいにね。

続編とされつつも、”THE LAST FRAG FLYING”に『さらば冬のかもめ』のキャラクターは厳密には登場しない。強烈でカリスマ的な存在感を放ったジャック・ニコルソンもいなければ、彼の暴走をたしなめるオーティス・ヤング(残念ながら2001年にこの世を去っている)も、二人から手ほどきを受け世慣れていくチェリーボーイのランディ・クエイド(『インディペンデンス・デイ』で戦闘機に乗りエイリアンに突っ込んでいくあの老パイロット)もいない。しかし本作は決して「あの偉大な作品の続編」という名を騙った借り物ではない。原作小説の作者ダリル・ポニックサンと共に脚本を練り上げたリンクレーター監督が選んだブライアン・クラストン、スティーヴ・カレル、ローレンス・フィッシュバーンの三人は、『さらば冬のかもめ』の男たちの、いわば魂を引き継ぐ役割である。[2]

登場人物の構成から、本作は『さらば冬のかもめ』の続編だと謳われていますね。原作者のダリル・ポニックサンも原著を『さらば冬のかもめ』の続編を意図して書いています。正式な続編だと考えていいのでしょうか。

――面白いことに、僕も含めスタッフも役者も誰一人として「これは『さらば冬のかもめ』の続編だ」なんて言ったことは一度もないんだよ。まわりがそう騒いでいるだけのこと。だって、登場人物の名前からして違うんだからね。それなのにどうして「続編だ」なんて思えるんだろう。もちろん僕は『さらば冬のかもめ』について全く考えていないわけではないよ。あれは70年代の最も素晴らしい映画のひとつだから。でも、”THE LAST FLAG FLYING”はぜんぜん別の作品なんだ。強いて言うなら、あの映画の余韻みたいなものが響いているような、というのかな。とにかく続編ではないよ。断じて。

“THE LAST FLAG FLYING”が描くのは、9・11後のアメリカ。イラク戦争で戦死した息子の遺体を家に連れて帰る男のため、海軍を退役したかつての仲間二人が力を貸すというストーリーだ。

あなたはこの作品で戦争に言及していますね。映画の舞台はわずか14年前の2003年に設定されています。しかし、その後アメリカで起こったさまざまな事件を考えれば、まったく別の時代のことのようです。あなたは本作が今にどのような関連性を持っていると考えていますか。

――実際、この映画を撮ろうと思ったのは2005年から2006年にかけてのことで、当時はまさにタイムリーなテーマだった。進行中のイラク戦争を追いかけているようなね。僕はそういう即時性ではなく、30年代につくられた第一次世界大戦映画や50年代につくられた第二次世界大戦映画のように、振り返って見たときに感じられるある種の独特な雰囲気みたいなものをこの作品には込めたかったんだ。

戦争は人々の価値観や考え方を変えると言われます。

――少なくとも次が起きるまではね。子どものころ、僕はベトナム戦争とそれに対する態度が僕たちの世代にどんな影響を与えたかを覚えているよ。そのうんざりした胸やけ感のおかげで、僕たちは次の戦争を起こさずに済んだ。しかし時が流れ、レーガンの80年代を経て、誰もが再び戦争について考え始めている。幸い90年代には何も起こらなかったけど、9/11以来、また誤った情報に基づき同じことが繰り返される気配があるんだ。今度は大量破壊兵器だって。それはトンキン湾の事件(米国がベトナム戦争に踏み切るきっかけとなったとされる事件)と同じことなんだよ。僕たちは、この国が今新たな戦争に向かいつつあるように感じているし、それは全くの間違ったことで災いしかもたらさないことも知っている。でも、始まってしまうんだ。

この映画を観て「軍隊を支持しつつその任務には反対するという矛盾を受け入れられるか」という問いが沸き起こりました。これはあなたの伝えたかったテーマのひとつですか。また、あなた自身そうすることができますか。

――僕たちは、戦争と戦争に従事する兵士たちは別ものなんだと分かるようになってきたと思う。ベトナム戦争にまつわる反応は行き過ぎたものがあった。今や僕たちは、兵士たちの行為を裁くべきじゃないという対極の考え方に行き着いたんだ。ただ戦地に赴く兵士たちの勇気を称えるだけ。それ以上でも以下でもない。これは僕たちの生きる社会と軍隊の複雑な関係を表していると思うよ。兵士たちが僕たちのためにしてくれていることに感謝しなければならないのは分かっている。じゃあ、兵士たちはどう考えているんだろう。僕がこの映画で描きたかったのはそこなんだ。国に仕える身であったとしても、兵士たちにだって意見を述べる権利はあるのだから。

もう一つ。私たちは今どの戦争について振り返るべきなんでしょうね。

――とりわけイラク戦争後、歴史はかなり変わったと思うよ。2016年の共和党の討論会では、誰もが戦争は間違いだと言っていた。世相は今やベトナム戦争のときと同じになってしまっている。保守的な考え方をする友人はこの映画を見て「リベラルな愛国心」を感じたと言っていたよ。僕はその言葉の意味を正確には理解できなかったたけど、彼が言わんとしていることは分かった。僕たちは、戦争に疑問を呈する一方で、この国に対して温かい気持ちを持っている。この映画の中でもある登場人物がこう言うんだ。「俺はこの国が大好きだ。素晴らしい国じゃないか。そう思ってしまうにはわけがある。嘘はつけないっていうことだよ」。

この映画は『6才のボクが、大人になるまで。』後のあなたに起きているルネッサンスの一部ではないでしょうか。「もう十分に書いた。ついにこいつらを世に送り出すときがやって来たぞ。さあ進め!」という具合に。あたたはいまだこのルネッサンスのまっただ中にいるんですね。

――うん、そうだよ。”Where’d You Go, Bernadette?”(ケイト・ブランシェットを主演に迎えバンクーバーで現在撮影中の映画)もそのうちの一つになると思う。この作品は”THE LAST FLAG FLYING”と親密な関係にある映画なんだ。主人公は中年の女性で、彼女はあまりに若いうちに成功してしまったがために、その後の人生と折り合えないでいる。何とかいなきゃならない。僕が最近撮った数本の「仲間同士でバカ騒ぎをする」タイプの映画とはまたちょっと趣が違う作品になりそうだ。自分ではこの変化を気に入っているよ。
 つまりね、脚本の山はまだ積み上がってるけど、当然ながら徐々に小さくはなっていく。映画業界もどんどん変わっていくし、それに合わせて立ち位置も変わってくると思う。僕はタイミングがよかったんだ。映画産業は今ものすごく強くなっていると思うよ。2009年や2010年はとても厳しい環境だった。もし僕が今『バーニー/みんなが愛した殺人者』を撮っていたら、怪しげな出資者を募って公開に奔走するなんてことはしなくても、Netflixで配信されていただろうね。奇しくも”THE LAST FRAG FLYING”の登場人物たちに見られるように、状況はいつだって変わり得るんだ。変化はいつも突然やってくるし、僕たちはその現実とうまくやっていくしかないということだ。

インディペンデントな視点での作品を世に送り出し続けてきたリンクレーター監督が描く、アメリカの戦争。予告編には相も変わらぬ滑稽でおかしな場面も垣間見え、彼一流のコメディセンスが発揮されていることは間違いない。青春時代を駆け抜け、大人の時期をやり過ごして中年期を迎えた「ボクたち」を、監督はどのように表現しているのだろうか。賞レースとの絡みも含め注目したい作品である。

《参照サイトURL》
[1] http://www.rollingstone.com/movies/news/watch-richard-linklaters-poignant-last-flag-flying-trailer-w499386
[2] http://flavorwire.com/609505/heres-the-first-trailer-for-richard-linklaters-last-detail-sequel-last-flag-flying
[3] http://www.latimes.com/entertainment/movies/la-et-mn-richard-linklater-last-flag-flying-interview-20170901-htmlstory.html

《画像使用サイトURL》
http://www.cinemanews2.com.br/wp/last-flag-flying-bryan-cranston-steve-carell-e-laurence-fishburne-em-novo-poster/

小島ともみ
80%ぐらいが映画で、10%はミステリ小説、あとの10%はUKロックでできています。ホラー・スプラッター・スラッシャー映画大好きですが、お化け屋敷は入れません。


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