今月上旬に開催されたテルユライド映画祭、トロント国際映画祭の両映画祭で注目を集めた作品のひとつが女優グレタ・ガーウィグの長編処女作『Lady Bird』[*1]です。17歳の女子高校生のいわゆる成長物語(coming-of-ages story)を描いたこの作品は、昨年の両映画祭から話題に火が付いた『ムーンライト』(バリー・ジェンキンス監督)や、あるいは2014年の映画賞を席巻した『6才のボクが、大人になるまで。』(リチャード・リンクレイター監督)が「その形式と深い感情表現の両方において成長物語というジャンルを予想もつかない場所に導いた」ように「特別な何かを持った作品である」[*2]として、早くも今年度のアカデミー賞候補のひとつとの呼び声も上がっています。
『Lady Bird』の撮影が行われたのはガーウィグの故郷であるカリフォルニア州サクラメント。劇中では「カリフォルニア中西部」とのみ明かされるその町で暮らす主人公のクリスティーン(シアーシャ・ローナン)は、髪をピンクに染めたり、自分のことを本名ではなく“Lady Bird”と名乗ったりするちょっと風変わりな少女です。通学するカトリック系高校に不満を覚えながらも、親友と悪さをしたり、校内演劇に参加したり、演劇オタクの男子とすかしたバンドマンの二人を性的興味も含めて気にしたりと、それほど悲惨ではない普通の高校生活を送っています。しかし彼女は大学進学とともに嫌いなこの町を出て、東海岸(「できればニューヨーク、悪くともコネチカットやニューハンプシャー」)に行くことを強く望み、そのことで彼女に堅実な人生設計を望む母親(ローリー・メトカーフ)との口論が絶えません。映画はそんな“Lady Bird”の高校生活=この町で暮らす最後の日々を描いていきます。

『ハンナだけど、生きていく!』(ジョー・スワンバーグ監督)に始まり、『フランシス・ハ』『ミストレス・アメリカ』(共にノア・バームバック監督)などこれまで10本の映画で脚本に参加しながら、女優としてのキャリアを歩んできたグレタ・ガーウィグですが、ずっと前から自分で監督をしたいという希望は持っていたそうです。

「私は長い間映画を監督したいと思っていたけれど、映画の現場でもっと経験を積む必要があると信じていたの。だから映画学校には行かずに、演じることや脚本作りに参加すること、プロデュースすることを通して映画作りを学んでいった。そうやって10年間を過ごして、ようやく映画を撮るだけの蓄積ができたと思ったわけ」[*3]

そして『Lady Bird』の脚本も数年前から準備していたとのこと。ところでガーウィク自身がサクラメントの出身で、大学進学を機にニューヨークに移り住み、また彼女の母親も看護師であることなどから、本作を彼女の自伝的作品ととらえる人がかなり多いようです。ガーウィグはそのことについて、「いろんな人にこの映画は私の自伝だと言われるんだけど、“あら、あなたは私と一緒に育ったんだっけ?”って思っちゃうわ(笑)。私はとにかくサクラメントについての映画を作りたかったの。だからその物語を語るにはどうしたらいいのかと考えるところからこの映画はスタートした。映画の中で起きることで実際に私の身に起こったことは何もないけれど、ただそのすべてが事実から韻を踏んでいるとは言える。私はどの作品も感情に訴えかける真実から始め、そこから構築していく必要があると思っているの。その多くは現実ではないけれど、現実が核にあるのは間違いないわ」[*4]と語っています。

自伝的要素を持った青春映画がごまんとある中で、『Lady Bird』が優れている点は何なのか。The Guardianのベンジャミン・リー氏によるレビューの中ではこう説明されています。
「こうした物語は使い古された領域のように見えるし、新人監督が自分の人生から着想を得て作った処女作が、結果として身勝手なものに見えることもしばしばだ。しかし『Lady Bird』は気取ったインディ映画とは違う。スリルを感じるほどリアルで、徹底的にパーソナルで、あらゆる要素が真に響く。マンブルコアというバックグラウンドを持ちながらも、ガーウィグの映画はしっかりと設計されていて、93分の上映時間の間に無駄な言葉はひとつもない。以前のノア・バームバックとの仕事を見ても、彼女は共感できるヒューマニストでありながら、登場人物が持つより難しい側面を積極的に見せようとしていた。この映画では特に母と娘の会話において、たったひとつの台詞でムードが変わる素晴らしい場面がいくつかある。ガーウィグはある言葉を選択することで楽しい雰囲気を簡単に壊せることを知っている。そうした不安定なトーンは結果としてこの映画に信憑性をもたらしてる」[*5]

またガーウィク自身は、青春映画のクリシェをそれほど意識はしなかったものの、ある側面においてはそれを覆したいという思いもあったようです。
「10代の少女に関する映画の多くはひとりの男を軸に展開していると思う。それが物語の推進力になっているわけね。私はそういう映画が好きだし、ジョン・ヒューズの映画なんか大好き。そのような物語に吸い込まれていくのも好きだわ。でも現実はたったひとりの男しかいないなんてことはない。だからそういう映画は間違っているんだけど、違う角度から見れば正しくもある。そういう面を踏まえた作品はなかったと思うわ。それから私は誰しもが両親との関係性が人間関係の基本になっていると思ってるの。家族の存在をもとに愛を理解することで、友人やボーイフレンドとの関係においても愛を表現することができる。それはある意味万華鏡のようなものね。クリシェについてそれほど意識的に考えてはいないけれど、特にロマンティックな修辞をともなうクリシェは覆したいと思ってる」[*4]

ガーウィグが語るようにこの映画ではクリスティーンの友人やボーイフレンドとの関係性も描かれるものの、あくまで中心となるのは両親との関係、特に母親との関係です。予告編にも使用されている、走行中の車内における運転席の母親と助手席の娘の容赦ない口論のシーンが冒頭に置かれる本作は、ガーウィクいわく「強い意志を持つ母親と彼女と同じくらい激しい気性の娘とのラブストーリー」[*2]としても見ることができます。
本作の最大の魅力のひとつとして、その母娘を演じるローリー・メトカーフとシアーシャ・ローナンの卓越した演技をあげる声も数多く聞かれ、ガーウィグも彼女たちを抜きにしてはこの映画はなかったと認めています。特に主人公を演じたローナンに関しては、2年前に初めて会って一緒に台本を読み合わせたときに台本の2ページ目の段階で彼女が適任だと確信し[*4]、ローナンのスケジュールに合わせ他作品の撮影が終わるのを待って撮影に入ったとのこと。曰く、「シアーシャのパフォーマンスには度肝を抜かれるわ。感情的にならずに彼女のことを話すことができないくらい。彼女は完全に変身しているんだけれど、変身する境目が見えないから彼女が変身していることがわからない。人々に見えるのは(“Lady Bird”とよばれる)少女の姿だけ。そういうことは無名の役者が発見されるときにはあることだと思うんだけど、彼女はシアーシャ・ローナンで、アカデミー賞に2回もノミネート(『つぐない』『ブルックリン』)されている女優よ。言ってみれば彼女は毎作品で発見され続けているの」[*4]。

IndieWireのエリック・コーン氏によるレビューでも、シアーシャ・ローナンは本作で最高の当たり役を得たと絶賛されていますが、そこで同時に特に評価されているのが、ガーウィグの時代をとらえる才能についてです。『Lady Bird』が2002年(劇中ではクリスティーンが「2002年の唯一いいところは、数字が回文になっていることだけ」と言う台詞あり)を舞台としていることに着目したコーン氏はこのように述べます。
「『Lady Bird』は20世紀最後のあがきと9.11以降の幻滅感の板挟みになった世代のスタイルと感受性を確固たるものにしている。過ぎ去った時代の思い出を懐かしむというよりも、その時代が今の若い成人たちに与えた影響について語り合うかのように、その時代を振り返っている。それはガーウィグが洞察力のあるストーリーテラーであることの明白な証拠である。この映画は過渡期にあるひとりの女性を捉えているが、その監督が成熟した才能を持っていることは疑う余地がない」[*6]

『Lady Bird』は10月にニューヨーク映画祭などで上映されたのち、11月からアメリカで劇場公開される予定です。

*1
http://www.imdb.com/title/tt4925292/?ref_=ttrel_rel_tt

*2
http://www.latimes.com/entertainment/envelope/la-en-mn-greta-gerwig-lady-bird-toronto-film-festival-saoirse-ronan-20170908-story.html

*3
http://deadline.com/2017/09/lady-bird-greta-gerwig-laurie-metcalf-toronto-video-1202167199/

*4
http://www.latimes.com/entertainment/movies/la-et-mn-greta-gerwig-lady-bird-telluride-20170903-htmlstory.html
*5
https://www.theguardian.com/film/2017/sep/10/lady-bird-review-greta-gerwig-toronto-film-festival-tiff

*6
http://www.indiewire.com/2017/09/lady-bird-review-saoirse-ronan-greta-gerwig-telluride-2017-1201872501/

黒岩幹子
「boidマガジン」(http://boid-mag.publishers.fm/)や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


コメントを残す