アカデミー賞へとつづく賞レースの始まりとも言われるトロント国際映画祭。今年、優れた伝記映画が多いことが話題になっている。

例えば、リレハンメル五輪直前に起こった「ナンシー・ケリガン襲撃事件」に関わるなどして話題になったフィギュアスケート選手、トーニャ・ハーディングの人生を描いた『I, Tonya』。『ラースとその彼女』のクレイグ・ガレスピーが監督、『スーサイド・スクワット』のハーレイ・クインが当たり役だったマーゴット・ロビー主演で、批評家の評価も非常に高い。また、ジェイク・ギレンホール主演で、ボストンマラソン爆破事件で両足を失ったジェフ・バウマンが困難を乗り越える姿を描いた『Stronger』も高い評価を受けている。そして、そのジェイク・ギレンホールと主演男優賞を争うことになるだろうと言われているベネディクト・カンバーバッチ主演の『The Current War』も、エジソンの伝記映画だ。他にも、ジェシカ・チャスティン主演の『Molly’s Game』、エマ・ストーン主演の『Battle of the Sexes』、ポール・ラッド主演の『The Cather was a Spy』などは、主要な賞に絡んでくるだろうと言われている。#1

伝記映画が主要なオスカーを手にするのは珍しいことではない。『アラビアのロレンス』、『アマデウス』、『ガンジー』など、伝記映画の名作は作品賞に輝いてきた。また、伝記映画は“Oscar Bait”な(オスカーを釣る)ジャンルだとも言われている。しかし、そうとはいえ、近年、伝記映画がコンスタントに1〜3作品も作品賞にノミネートするのは異例のことだ。きっかけとなったのは2011年のアカデミー賞だろう。2011年のアカデミー賞は、『英国王のスピーチ』、『ソーシャルネットワーク』、『127時間』、『ザ・ファイター』と伝記映画が豊作の年だった。中でも作品賞をとった『英国王のスピーチ』は、トム・フーパー監督の特徴的なカメラワークに代表される作家性と、イギリスの伝統芸とも言える歴史映画(“Heritage Film” *1)の手法を使った時代性の表現があいまって、伝記映画というジャンルにまだまだ発展の余地があることを示した。その後、『リンカーン』、『アルゴ』、『レヴェナント 蘇りし者』など、オーソドックスな作品から冒険的なものまで、数々の伝記映画がアカデミー賞を賑わせてきたのはご存知の通りだろう。

また、伝記映画では、作品賞の候補にならなくても、メリル・ストリープ(『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』)やナタリー・ポートマン(『ジャッキー ファーストレディ/最後の使命』)のように、主演俳優の演技が評価されることも少なくない。そして、もちろん、俳優の評価は、商業的な成功に繋がることも多い。観客も、不安定な社会の中で、スーパーヒーローだけでなく、より現実的なヒーロー像を求めているのかもしれない。歴史的な人物の偉業を確認することで自信を取り戻したり、あるいは、悩み多き主人公の人生に自分を重ねたりすることもあるだろう。こうしたことがあいまってか、近年の伝記映画の製作はさらに過熱している。

『英国王のスピーチ』以降、イギリスでも多くの伝記映画が作られているのはいうまでもない。『博士と彼女のセオリー』や『イミテーションゲーム』は記憶に新しい。今年は、俳優のアンディー・サーキースの初監督作で、トロントでの評価も非常に良い『Breathe』や、『クイーン』で現エリザベス女王を描いたスティーブン・フリアーズ監督でジュディ・デンチが二度目のヴィクトリア女王を演じる『Victoria & Abdul』、ゲイリー・オールドマンがチャーチル首相を演じる『Darkest Hour』など、力作が目白押しだ。

これまでも、『それでも夜は明ける』、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』など、伝記映画はトロントでも評価されることが多く、そうした作品はオスカーにも絡んできた。今回、伝記映画を得意とする監督の作品から初監督作まで、またはベテラン俳優から若手までが主演を担う作品など、バラエティに富んだ作品がしのぎを削っている。今後も伝記映画の発展に期待しつつ、ますます熱を帯びるこのトレンドがどこへ向かうのか注目していきたい。

最後に、トロント国際映画祭で話題となっている伝記映画を紹介したい。

『I, Tonya』

監督:クレイグ・ガレスピー

主演:マーゴット・ロビー

リレハンメル五輪直前に起こった「ナンシー・ケリガン襲撃事件」に関わったフィギュアスケート選手、トーニャ・ハーディングを描いた作品。

『Stronger』

監督:デヴィッド・ゴードン・グリーン

主演:ジェイク・ギレンホール

ボストンマラソン爆破事件で両足を失ったジェフ・バウマンを描いた作品。

『The Current War』

監督:アルフォンソ・ゴメス=レホン

主演:ベネディクト・カンバーバッチ

19世紀、電力システム開発にあたってのエジソンとライバルを描いた作品。

共演のマイケル・シャノン、トーマス・ホランド(『スパイダーマン ホームカミング』)にも注目が集まっている。

『Battle of the Sexes』

監督:ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ヴァリス

主演:エマ・ストーン、スティーヴ・カレル

1973年、男女混合テニスの試合をおこなったビリー・ジーン・キングとボビー・リグスを描いた作品。

『Molly’s Game』

監督:アーロン・ソーキン

主演:ジェシカ・チャスティン

スキー選手でありながら裏社会で大規模なポーカールームを経営し、FBIから狙われるようになったモリー・ブルームを描いた作品。

脚本家として『ソーシャルネットワーク』、『マネーボール』、『スティーブ・ジョブス』といった伝記映画を手がけてきたソーキンの監督デビュー作。

『The Catcher was a Spy』

監督:ベン・リューイン

主演:ポール・ラッド

野球選手でありながらスパイだったモー・バーグを描いた作品。

日本から、真田広之も出演している。

『Breathe』

監督:アンディー・サーキース

主演:アンドリュー・ガーフィールド

28歳で病気により全身麻痺となったことをきっかけに障害者の人権擁護活動をしたロビン・キャベンディッシュの人生を描いた作品。

俳優アンディー・サーキースの監督デビュー作。

『Darkest Hour』

監督:ジョー・ライト

主演:ゲイリー・オールドマン

第二次世界大戦中、ヒットラーと対峙するチャーチルを描いた作品。

『Victoria & Abdul』

監督:スティーブン・フリアーズ

主演:ジュディ・デンチ

ヴィクトリア女王と彼女のインド人の執事アブドゥルとの関係を描いた作品。

*1
“Heritage Film”
映画のジャンルの一つ。1980年代のイギリス映画『炎のランナー』や『眺めのいい部屋』のような、主に第二次世界大戦前までのイングランド中上流階級を描いた懐古趣味的な作品のことを指す。時代を象徴する建築物や室内装飾を情緒的に映すビジュアルが特徴。現在は、そうしたビジュアルに重きをおいた歴史映画全般を指すこともある。

参考

#1

https://www.theguardian.com/film/2017/sep/06/toronto-film-festival-tiff-benedict-cumberbatch-jessica-chastain

https://www.theguardian.com/film/2017/jul/25/daniel-craig-judi-dench-and-idris-elba-toronto-film-festival

北島さつき
World News&制作部。
大学卒業後、英国の大学院でFilm Studies修了。現在はアート系の映像作品に関わりながら、映画・映像の可能性を模索中。映画はロマン。


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