[531]ポール・シュレイダーVSスローシネマ


 ポール・シュレイダーの新作『First Reformed』が現在開催中のヴェネチア国際映画祭コンペティション部門で公式上映された(#1)。既に多くのレビューが様々なサイトにアップされているが、シュレイダーの代表作ともなる出来映えだと、驚きと共にきわめて高く評価する批評家も多い。「cinema scope」のパメラ・ジャンヌは、この15年間で最高のシュレイダー作品だと本作を評価している(#2)。

「近年の低迷からもはや立ち直れないのではないかと、ある映画監督に対して信頼を失い始めたとき、彼の偉大さを改めて信じさせてくれるような傑作がしばしば現れたりするものだ。シドニー・ルメットであれば『その土曜日、7時58分』がそうだった。ウディ・アレンでさえ、『ブルージャスミン』以降は立ち直ったと言えるだろう。『First Reformed』も同様だ。70年代の残党ポール・シュレイダーは、彼にとってこの15年間でもっとも印象的な作品と共に復活し、キャリアの中でも最高の高みを見せている。自らの過去と心の悪魔に悩まされる牧師を描いたこの作品は、完璧に構築された魂の込められたドラマを展開する。インスピレーションの一部はロベール・ブレッソンの『田舎司祭の日記』から触発されたものだ。」

「The New Yorker」のリチャード・ブロディ(ヴェネチアには参加していないが試写でこの作品を見たようだ)も最大限の賛辞を送っている(#3)。

「シュレイダーはまだ71歳であり、これからまだ多くの年月を創造に費やして行くはずだと私は信じている。だがそれでも、『First Reformed』からは、これが彼の人生の中でオブセッションとして抱いてきた様々なものの総括となる作品だという印象を受ける。彼はもう長くスタジオで映画を作っていない。私財をなげうってインディペンデント作家として活動するシュレイダーは、自らのパーソナルな歴史と、現在の社会を覆う怒りや苦痛について、他には殆ど例を見ないほどの強度をたたえた作品を作り上げたのだ。」

 息子を失い信仰の危機に直面する牧師(イーサン・ホーク)を主人公としたポール・シュレイダーの『First Reformed』は、前作『ドッグ・イート・ドッグ』はもとより、これまで彼のどの作品とも大きくスタイルの異なる作品となったようだ。映画的な意味では、驚くほどストイックな側面を備えた作品となっている。そして、その変容の理由を知るには、リチャード・ブロディが示唆するように、シュレイダーのキャリア全体を振り返る必要がある。

 厳格なカルヴァン主義の家庭に育ったシュレイダーは、著名な映画評論家ポーリン・ケールの薫陶を受けた後、映画学校を出たばかりの24歳にして映画評論家としてデビュー、邦訳もされた『聖なる映画』を1972年に刊行した(#4)。これは、ロベール・ブレッソン、小津安二郎、カール・ドライヤーの作品を分析し、それらを「超越的スタイル」として論じたものだ。我が国では蓮實重彦によって度々批判的に言及されたことでも知られるこの著作だが、超越的主題を描こうとする映画作家の野心とそのミニマルな作風がいかに深くつながっているかを具体的に明かしたものとして、映画批評の分野では世界的に知られる書物となった。

 その後、『タクシードライバー』や『レイジング・ブル』などの脚本家、そして『アメリカン・ジゴロ』や『キャット・ピープル』『白い刻印』などの監督としても有名になるシュレイダーだが、その出発点には映画評論家としての姿があった訳だ。そして、2018年にカリフォルニア大学出版局の手によって、この『聖なる映画』の増補版が刊行されることとなった。このため、シュレイダーは数年かけてその作業と研究に没頭、さらにはこの十年でアートシネマ界を席巻した「スローシネマ」のムーブメントに注目した。それが、自ら分析した「超越的スタイル」を発展させたものであると論じているようだ。

 スローシネマとは、近年注目されるアートシネマ界の映画作家たちに共通するスタイルであるとして、様々なメディアで取り上げられている概念だ。媒体や論者によって定義は多少異なるが、ミニマルで静観的な作風とロングショットを特徴とし、物語の起伏を欠いた作品をあらわす点が概ね共通している。さらにシュレイダーは、平板な演技と同様の視覚的要素を特徴とし、音響効果を高め、音楽や会話を殆ど使わず、カメラの動きや編集を可能な限り抑制した作品群であると定義している。スローシネマに属す映画作家はきわめて多岐にわたるが、ツァイ・ミンリャンやアピチャッポン・ウィーラセタクン、ワン・ビン、ラヴ・ディアス、ペドロ・コスタ、タル・ベーラ、ブリュノ・デュモン、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン、ケリー・ライヒャルトなどがしばしば言及される。

 また、シュレイダーによると、映画技術とは「その場所に行くこと(現前させること)」であり、「物語を語り、アクションを説明し、感情を刺激すること」だが、一方、スローシネマは、「そこにいること」を目的としているとのことである。

 こうした近年のアートシネマ界のスターたちの作品を分析したシュレイダーは、さらに『イーダ』のパヴェウ・パヴリコフスキ監督と夕食を共にした後、次に撮る作品『First Reformed』を彼にとって最初のスローシネマにしようと決意したとのことである。とは言え、ポール・シュレイダーは決してスローシネマをそのお題目通りに受け入れ、模倣した作品を作ろうとした訳ではない。アートシネマ界のトレンドに対する彼の微妙な距離感と、最新作での彼の野心がどこにあるか、それをうかがわせるような興味深いインタビューが今年の3月に公開されている。その抜粋を以下に抄訳しよう(#5)。

– なぜ今がスローシネマを語るのに相応しい時期なのでしょうか?

 それが本来の道を辿りつつあるからだ。スローシネマはますます画廊や美術館へと向かいつつある。この10年間、それはとても興味深いものだったが、今や物珍しさは消え、観客はかつてのようにはその催眠術にかからなくなってきた。

– スローシネマはもはやイノベイティブではないのでしょうか?

 行き止まりだよ。誰かが部屋に入ってドアを閉める。そして私たちはそれを10秒見つめる。それがスローシネマだ。すると今度は、誰かが部屋に入ってドアを閉める。そして私たちはそれを一分見つめる。それがさらに一時間になったとしたら?こういうことはアート・インスタレーションとしてやって欲しいね。

– なぜそれはこの10年間に多くの作品を生んだのでしょう?

 流行だったからだ。とりわけ小さな国で流行った。何故なら、こうした映画にはさして予算がかからず、国際映画祭に足跡を残すのに適していて、地元の政府からの支援も受けやすいからだ。だからこそ、スローシネマはフィリピンやタイ、アルゼンチンといった国で多く作られ、アメリカではさほどではなかったんだ。

– アメリカではスローシネマが違った傾向を持つと思いますか?

 いや、みんな違うんだ。ただし、それらはみんな同じテクニックと同じ時間の概念、持続の概念をベースにしている。ショットが続く中で、もしカットしなかったらどうなる?もし、ただ待ち続けて、観客が自らのスクリーンを見つめる経験こそが映画体験の一部であると気づいたとしたら?観客がこうした時間に意識的であること、その時間を耐えること、これらが映画経験の一部になるんだ。通常、映画はこうした風に作用しない。むしろ時間を忘れるよう仕向けるんだ。
 そこには超越的スタイルの名残がいくらかある。これはスローシネマの先駆者にあたるものだが、実はそれほどスローではない。あの素晴らしい『Silent Light』(カルロス・レイガダス)は、スローシネマよりも超越的スタイルに属していると言うべきだ。しかし、今ではみんな一緒くたにスローシネマと呼ばれてしまうんだよ。私はちょうど新作『First Reformed』を撮り上げたばかりだが、それをできるだけ静かな映画にしようと考えていた。前作『ドッグ・イート・ドッグ』はきわめて攻撃的で口汚い映画だった。あれを作ったときのモットーは、絶対観客に退屈させないぞ!ってことだった。今度の作品のモットーは、いかにして退屈を最大限に活用するか?ってことだったんだ。

#1
http://www.labiennale.org/en/cinema/2017/program-cinema-2017/paul-schrader-first-reformed-0
#2
http://cinema-scope.com/cinema-scope-online/first-reformed-paul-schrader-usa-masters/
#3
https://www.newyorker.com/culture/richard-brody/the-reckless-passions-of-paul-schraders-first-reformed
#4
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001513052-00
#5
https://nowtoronto.com/movies/features/paul-schrader-slow-cinema-is-dying-a-slow-death/

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

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