[510]わたしはエキセントリックでパンクなおばあちゃんです。—アニエス・ヴァルダ


フランスの情報誌レザンロックの編集長ジャン=マルク・ラランヌは、毎月ラジオ・ノヴァの番組内で“イメージ”(像、彫像、画像、聖像、偶像、形、姿、象徴、典型)に携わるゲストを迎えている。今回のゲストはアニエス・ヴァルダ。フランスで6月28日に公開され話題となっているドキュメンタリー『Visages Villages(原題)』を皮切りに、今年89歳となった彼女の尽きないイメージへの探求心と情熱的なキャリアについて迫った。今回はLes Inrocksで掲載されていた当ラジオの内容を、いくつかのテーマで彼女の言葉と共に紹介しよう。

アニエス・ヴァルダとは。

1955年、若き写真家だったアニエス・ヴァルダは、フランス南西部セートを舞台に、フィリップ・ノワレとシルヴィア・モンフォール主演の自身初の長編作品『La Pointe Courte(原題)』を撮った。当時はヌーヴェル・ヴァーグも初期であり、いわゆるカイエ派と呼ばれる意欲に満ちた作家たちが長編映画を作ろうと必死だった時代である。そんな中、アニエスは1962年に『5時から7時までのクレオ』を発表。コリーヌ・マルシャンが演じた死に直面した一人の女性の姿を淡々と描き、ヌーヴェル・ヴァーグ唯一の女性監督として一躍存在感を発揮したのだった。ジャック・ドゥミをパートナーに迎えて以降も、映画作家として、写真家として、またビジュアルアーティストとして情熱溢れる作品を世に発信し続けている。

 

最新作『Visages Villages』について

2008年セザール最優秀ドキュメンタリー賞を受賞し、彼女の集大成とさえ感じられる凄みを放った『アニエスの浜辺』を発表してからおよそ10年。彼女は新しい相棒としてフランス人新鋭ストリートアーティストJRを迎え、フランスのメインストリートに舞い戻って来た。本年度カンヌ映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞“ルイユ・ドール”に輝いた『Visages Villages(原題)』だ。フランスの片田舎を共に歩き、人と出会い、その自然の中にある創造の材料を探る旅。二人のめぐり合わせは、映画や写真における“イメージ””に対する情熱が同じ方向性を持っていたことだけでなく、JRの若くして大胆かつエネルギーに満ち溢れた作品を生み出すアーティストとして才能があってこそ実現したのだろう。彼のストリートから発信される明確なメッセージ性を含んだ作品群を「まるでクリスチャン・ボルタンスキーのよう!」と、アニエスが賞賛を送っている。

 

絵画について。

幼少期のアニエスは絵画に熱心で、デッサンの絵を集めて自身の部屋の壁に飾ることが好きだったという。「棚はアート本で埋め尽くされていました。小さい頃はデッサンが好きでした。アルブレヒト・デューラーの《祈りの手》は、いまだにあの頃の情熱を思い出させてくれます。また、2人の天使を描いたロヒール・ファン・デル・ウェイデンのある一つの絵画は、約20年間も慎重に、注意深く扱ってきました。生のルネ・マグリットやルノワールの作品を見に行くのも好きですが、デッサンは私の宝物です」。

 

 

独学について。

その後、パリの国立高等美術学校とルーブル美術館大学にて美術を学んでいたアニエスだったが、次第に学生という身分とその評価システムを拒絶するようになっていった。写真と映画に関しては独学で学んだという。「私はとても独立していました。学生という身分ではなく、自ら学びに行くというスタイルを確立しました。学びたいけど、学生でいるのも試験も嫌い。結果、多くのことを学べました。写真家になるときは写真家を、映画監督になるときは映画監督を、よく観ることから始めました」。

 

 

女性像について。

“堂々と、独立した”女性象を地で行くアニエスは19歳の時、1人で旅に出かけ、幼少期を過ごしたセートの海辺で釣りをした。これこそがまさに女性アーティストのアイコンとしての本来の姿だろう。「女性の革命にはいつも興味を持っていました。なぜなら女性にできないことなどない、と思っていたからです。私は反逆者でしたから、女性が結婚し、物静かな仕事に就くことに抵抗を感じたのは当然のことでした」。

 

イメージの概念について。

彼女を魅了してならないのが、“街頭で見かけるイメージ“だと言う。彼女はそれを題材に、1982年ロサンゼルスを舞台に『Mur murs(原題)』(82)というドキュメンタリーを撮っている。「昔、フランスFR3で夜に放送の『Une minute pour une image(一枚、一分)』というテレビシリーズをやっていました。誰の作品かは明かさずに、一枚の写真を提示し、それについて1分間話す、というもの。ロベール・ドアノーの一枚についてあるパン屋が語ったように、その他写真家の一枚をデルフィーヌ・セイリグが、時にはマルグリット・デュラスが、または哲学者が語ったりもしました。イメージは、人目に触れることなくして存在しません。これこそが写真の基本です。死んだ一枚の紙切れ=写真は、人目に触れた瞬間から命を宿すのです。写し出し、奮い立たせる力を携えて。一つのイメージについて語ること、これは非常に重要なことで、興味が尽きません」。

この興味は、彼女の映画の特徴としてよく見られる。イメージ(と言葉)をもって、日常をより現実的かつ美しいものへと変貌させるのだ。老人の手や、ジャガイモの発芽… 何気ない日常のイメージでさえ、彼女に切り取られ、彼女のマジックにかかった途端に興味を掻き立てられてしまう。パリ・ダゲール通りに住む人びとを描いた『Daguerréotypes(原題)』(72)、パリにあるカリアティード(女像柱)を巡る短編『女像柱たち』(84)、捨てられたものを収集する人々を描いた『落穂拾い』(00)等のドキュメンタリーがそうだ。私たちが見落としていた日常の中のイメージを、彼女はひとり拾い続け、自らの作品にすんなりと取り込んでしまうのだ。

 

ジム・モリソンについて。

「ひとつ後悔をしていることがあります。それはジム・モリソンを写真に収めなかったことです。彼にはつねにパパラッチが付きまとっていたので、写真を撮らずに一緒のときを過ごすことが私なりの友情の示し方だと思っていました。しかし、今ではそのイメージが惜しいです。ジムを含む亡くなった方々のイメージをカメラに収めなかったこと、今では悔やまれます」。

 

近年のアニエスについて。

アニエスの2色カラーのおかっぱ頭は、19歳から健在だ。その外見から孫たちからはマミータ・パンク(パンクおばあちゃん)と呼ばれているという。御年89歳。アニエスはJRの勧めでインスタグラムを始めた。「インスタグラムを始めました。既に18200人のフォロアーもいます!私の映画を観に来るような感覚であれば嬉しいです」。

 

イメージを自在に操る伝説のアーティスト、アニエス・ヴァルダが、“イメージ”をもって誰でも自由に自己表現できる場となったインスタグラムに参上した。こんな時代だからこそ、“イメージ”に全情熱を注ぎ、人生をかけたアニエス・ヴァルダ渾身の作品たちを今一度じっくり味わってみてはいかがだろうか。

参考URL:

http://www.lesinrocks.com/2017/06/30/cinema/agnes-varda-je-suis-une-meme-excentrique-une-mamita-punk-11960903/

http://www.allocine.fr/film/fichefilm_gen_cfilm=245617.html

http://www.lemonde.fr/festival-de-cannes/article/2017/05/20/cannes-2017-visages-villages-sur-les-routes-de-france-avec-agnes-varda-et-jr_5130892_766360.html

 

田中めぐみ

World News担当。在学中は演劇に没頭、その後フランスへ。TOHOシネマズで働くも、客室乗務員に転身。雲の上でも接客中も、頭の中は映画のこと。現在は字幕翻訳家を目指し勉強中。永遠のミューズはイザベル・アジャー二。


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