波の規則的な動きはこの映画の主軸となる「心臓」と重なる。

先日アメリカで初めてフランス映画の新鋭女性監督カテル・キレヴェレの作品が公開された。本作は6月に開催されるフランス映画祭でも上映されることが決まっている。三作目になる長編作『あさがくるまえに』(原題: Réparer les vivants, 英題: Heal the Living)は事故で脳死状態となった青年シモンと心臓移植を必要とするピアニストであるクレアを中心に彼の心臓が移植可能な19-24時間というタイムリミットの中に圧倒的なスケールの物語を描き出す。ガス・ヴァン・サント監督(『グッド・ウィル・ハンティング』『エレファント』『永遠の僕たち』)が大好き!とインタビューに答える彼女の考える映画とは。

『あさがくるまえに』はフランス作家Maylis De Kerangalによるブッカー賞ノミネート作品『Mend the Living』を原作としている。いままで共同で脚本を書いてきた彼女がなぜ今回原作映画化をしようと思ったのか。脚本を書き始めて気づいたこと。彼女がスクリーンを通して伝えたい物語とは。
「元々は新しいオリジナルの脚本を書いていました。特に映画化のプロジェクトを探していたわけではありません。本当にたまたまなのです。小説を読んで心を揺さぶられ、自分の書いていた脚本をそっちのけにしてそのまま作者に会いに行きました。本当にただ自分の感覚についていっただけですね。」*1

「その後脚本を書き始めてからこの映画は前作以上にとてもパーソナルなものになると気づき始めました。私にとってつながりというのがキーです。今作は私がいつも物語っている「誰かを失い、それでも人生はそのまま流れて続いていく。その人自身はもういなくてもその人とつながっていた人たちはまだ存在している」というのと重なります。私はいつも同じ物語を違う方法で物語っているのです。」*1

小説と映画の時系列における表現的な違いにはしばしば悩まされたと述べる。
「登場人物たちのそれぞれの物語を存在させながら物語を現在に持ってくるという点でとても苦労しました。今作の後半に登場する心臓移植の受給者であるクレアは原作でははっきりと存在するよりもどちらかというとシンボル的な観点から描かれていました。原作は事故に遭ったシモンの物語が主となっています。後半のクレアの家族や彼女の人生を描くことでシモンの死というものがどのような意味を持つのかということをより深く考えることができるようになっていると思います。」*2

パリ大学で哲学と映画を学んだ後、2010年に『聖少女アンナ』で長編デビュー。カンヌ映画祭監督週間部門に出品され、ジャン・ヴィゴ賞を受賞した。二作目の『スザンヌ』はカンヌ国際映画祭 批評家週間オープニング・ナイト作品に選出され、日本でもフランス映画祭で上映された。前作である『スザンヌ』と今作の違いや共通点、そして彼女の映画に関する想いを語る。
  「前作の『スザンヌ』を撮っていた時は誰かの25年分もの人生を2時間の中に凝縮しなければいけませんでしたが今作の場合は19-24時間というとても短い時間から物語を描くという正反対の挑戦がありました。精神的にも全く逆で、『スザンヌ』の場合は主要の出来事は皆スクリーンの外で起こるものでしたが今作はカメラの目の前ですべてが起こります。」*1

私の長編作に共通するもの:それは「人間そのものに対する愛情」だと思います。私はいかにヒューマニストな映画を作れるかということを模索しています。ジャン・ルノワールは「人生のドラマとは、それぞれみんな理由があるということ」と述べています。これは私にとってとても重要です。この言葉はセリフを考えたり登場人物たちを作り出しているときに常に頭の片隅にある言葉です。もうひとつ共通するもの、それは存在することの脆さについて。ある日突然愛する人を失う。それは去ってしまった、この世からいなくなってしまって様々な理由があります。不幸な出来事があっても人生は決してコントロールできるものではないということ。それを生き抜いていく人たち、その人たちの勇気を描いていきたいのです。」*2

予告で印象的なのは美しい青の渦の中を進んでいく、かつては波に身をまかせるサーファーだった青年の姿と手術室を埋め尽くす青。波と青と今作品の主軸である出来事「臓器移植」は生と死の物語を語る上でどのような役割を果たしたのだろうか。
  「同心円的な構造はこの映画の根源的なテーマを映し出しています。中心に心臓があってそこから波紋のように広がっていくイメージです。波の描写は原作でもとても重要です。波の規則的な動きはこの映画の主軸となる「心臓」と重なり、引越しや旅などの変や動きはこの映画の血液みたいなものですべてを動かしていく何かです。それが止まった時、血流が止まると心臓が止まるようにそれが意味するものは「死」です。主人公の事故が告知される時などの画面の静けさと青はそれを表しています。」*1

今作を観終えた後、自分の心臓の鼓動を改めて聞き直して欲しいと述べる監督が目指す映画とは。それはきっと映画と観客とが何らかの形でつながり続け、そしてそれが私たちひとりひとりの中で生き続けることなのだろう。

9月16日からヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開が決まっている。

*1 Interview: Katell Quillévéré on HEAL THE LIVING and Always Challenging Herself

*2 Interview: Katell Quillévéré

mugiho
好きな場所で好きなことを書く、南極に近い国で料理を学び始めた二十歳。日々好奇心を糧に生きている。映画・読むこと書くこと・音楽と共に在り続けること、それは自由のある世界だと思います。


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