ハワード・アッシュマンは、アニメーション版『美女と野獣』の歌詞を書いた人物である。しかし、1991年のアニメーション版の公開以前に、エイズのためにこの世を去った。実写版においても、新曲は加わっているもののアニメーション版の歌曲は引き継がれている。そして、実写版では、ディズニー史上初めて、公言された形で同性愛者のキャラクターが登場する。作詞家のアッシュマンもまた同性愛者であったが、そのことを発端として、その歌詞に込められた意味が再評価されているのである。
ディズニーの実写映画『美女と野獣』において、ビル・コンドン監督は、Attitude誌でゲイのキャラクターであるル・フウを登場させたことについて述べた。

「ル・フウはいつかガストンになりたいと思い、そして、ガストンにキスをしたいと思っています。彼は自身の欲望に戸惑っています。彼は自分の感情に気づいていくのです。(ル・フウを演じた)ジョシュ(・ギャッド)は、とても緻密で巧みに表現しています。最後のクライマックスではその行く末が明かされますが、教えたくはありません。しかし、ディズニー映画にとって、それは素敵な瞬間であり、初のゲイを描いた瞬間です。」

自身がゲイであることを公言しているコンドン監督は、ディズニー映画で数々の歌詞を書き残したアッシュマンについて言及した。エイズでこの世を去ったアッシュマンもまたゲイであったが、『美女と野獣』の歌詞にはその彼の個人的な経験が反映されているからである。さらにいえば、ゲイのル・フウというキャラクターは、アッシュマンへの敬意の表れであるとも考えられる。

アッシュマンは、ミュージカル『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』、さらに、アニメーション映画『リトル・マーメイド』、『アラジン』、『美女と野獣』に作詞家として参加し、作曲家のアラン・メンケンとともに数々の作品を世に送り出した。アッシュマンとメンケンは、ディズニー映画の歴史を語る上では欠かせない存在である。1986年に、アッシュマンは、『オリバー ニューヨーク子猫ものがたり』の楽曲の歌詞を書くために、ディズニーに招聘された。そこで、『リトル・マーメイド』のプロジェクトについて聞かされたのである。アッシュマンとメンケンはその映画のすべての歌曲を担当し、2人の関係は、『アラジン』や『美女と野獣』にまで続いていくこととなる。メンケンは、アッシュマンとの仕事で、少しばかり作品の製作が前後したことについて過去に説明している。

「『アラジン』の始まりは、ちょうど私たちがディズニーへと赴いた際のことでした。『リトル・マーメイド』が最初でしたが、『アラジン』もほぼ同時期でした。それから、『アラジン』の企画が流れてしまいましたが、オリジナルスコアを用意していました。多くの紆余曲折があり、表現される世界観への気配りがなされました。『リトル・マーメイド』の後、私たちは、『美女と野獣』の曲と歌詞を書きました。そして、『アラジン』へと戻ったのです。この時期、アッシュマンはエイズからの病が徐々に酷くなっていました。」

アッシュマンは、1980年代半ばにHIVと診断された。メンケンによれば、アッシュマンは、HIV陽性であることを誰にも話さなかった。メンケンは、エイズ危機、そして、アッシュマンがHIVの感染を秘密にしていたことついて、2013年にアッシュマンのウェブサイト上で次のように述べている。

「1981年から1995年は(エイズとの)闘争の時期であり、想像を絶するような惨事で終わりが見えなかったのです。私が初めてエイズを体験したのは、1981年後半のことです。自分が手がけたAtina: Evil Queen of the Galaxyと名づけられたロックミュージカルのワークショップでのことでした。ステージマネージャーが世界のどこにでも現れるような腸の菌で倒れたのです。彼は体重と体力を失っていきました。そして、そのワークショップのすぐ後に亡くなりました。世界の何かがおかしかったのです。直感でそのことを強く感じました。何が起こるかを知る前にそれは夢に現れるのです。そして雪崩のように押し寄せます。監督、脚本家、プロデューサー、デザイナー、振付師、音楽家…ハワードの知人で彼を愛する皆は、自分に言い聞かせます。『お願いだ、ハワードがそんなはずはない…』そして、彼は大丈夫だと皆を安心させました。彼の体重が減っているのは大腸炎や脱腸のためであると。私たちは喜んで彼を信じました。」

当時のエイズ危機で、アッシュマンは病気の苦しみを秘密にせざるを得なかった。LGBTQコミュニティに対するスティグマが存在したからである。
野獣は、アッシュマンの苦しい状況の寓意となっている。野獣には、アッシュマンの病気であった当時の状況が投影されているのである。体が変化する呪いをかけられ、野獣は年老いて弱っていくと、薔薇も萎れていく。彼は、周囲の恐怖と根拠のない憶測の中で、苦しみを理解してもらえない社会から遠ざけられるのである。
現在アッシュマンが『美女と野獣』の歌詞に暗示したことは少しばかり日の目を見ることとなった。コンドン監督は次のように語る。

「作品をミュージカルにするということだけでなく、野獣を2人の中心的なキャラクターの1人とするということはアッシュマンのアイデアでした。それまで語られていたのはほとんどベルの物語だったのです。彼にとって具体的に、それはエイズのメタファーでした。彼は呪われていて、この呪いは、彼を愛した人々へ悲しみとして降りかかりました。奇跡のチャンスが訪れるかもしれなかったのです。奇跡のチャンスとは呪いを消すための方法にありました。それは、彼が行っていた具体的なことだったのです。」

アニメーション版と実写版『美女と野獣』のプロデューサーを務めたドン・ハーンによれば、Kill the Beastの歌曲(“The Mob Song”)にはアッシュマンの当時の経験が反映されている。アッシュマンは、ゲイであり、エイズを患っていた自分が社会から理解されず、疎外されていたことを歌詞に込めたのである。

「ハワード(・アッシュマン)は同時期にエイズと闘っていました。Kill the Beastの歌曲はほぼそのメタファーだったのです。彼は衰弱していく病に侵されていました。スティグマが存在した当時、人々が気づかないような映画に込められた基盤となるものが多くありました。人々は気づくべきではなかったのです。HIVの流行に関する映画ではなかったからです。しかし、アッシュマンという人物、彼の闘病を知った上で、歌詞を振り返れば、彼が何を経験したのかが分かるのです。」

1991年のアニメーション版では、迫害のテーマが中心に描かれている。そして、今作の実写版でも、同様のテーマが引き継がれていることをキャストたちが説明してくれている。迫害のテーマには、当時の同性愛者やエイズ患者に対する社会の態度が込められているようにも考えることができる。まず、実写版でベル役を務めたエマ・ワトソンは以下のように話す。

「ダン(・スティーブンス)と私という、まるで似つかわしくないキャラクター同士が、なぜ理解を深めていくのかを考えることがとても大切なのです。私はオリジナル版を観て、なぜベルが自分は違うのか、なぜ違う自分になりたいのか、なぜ彼女は自然と異なった存在であるのかをもっと知りたいと思いました。」

それに付け加えるように、実写版で野獣役を務めたスティーブンスが続ける。

「それは迫害の物語です。ベルは自分のコミュニティでは少し変わり者で、本を読んだり、新たな発想をします。その地域では少し賢すぎます。野獣は明らかに彼の外見から迫害されています。」

当時のエイズ危機にために、アッシュマンは自分の病状を秘密にしなければならなかったが、その姿とは人々から身を隠す野獣の存在と重なる。また、同性愛を告白することが難しい社会状況へも繋がり、マイノリティを理解しようとする人間関係が描かれているとも考えられる。
一方でメンケンは、ル・フウがアッシュマンへの敬意であるという意見に対して複雑な心境を述べている。

「正直にいって、論じるようなことではないです。つまり、私はビル(・コンドン監督)に表現を抑えるようには働きかけていません。映画を観たとき、問題ないと思いました。もし、映画をそのように解釈するのであれば、それは可能であると思います。唯一の意見の相違があるとすれば、振る舞いにおけるル・フウとガストンは、少し誇張されすぎということです。何も言葉を発しない最後に小さなウィンクをするのです。とても小さく、目立ったものでもありません。ハワードに対する意味を込めること、敬意を表することは素晴らしきことです。しかし、このことで、知っての通り、ある問題に注目が集まってしまっています。だから、黙っているのです。」

メンケンが述べる「ある問題」とは、上映中止を考える国や地域が出てきてしまっていることである。ロシアは、法律で禁止されている未成年者へ向けた同性愛の宣伝活動に該当する可能性があるとして国内で上映すべきかどうかを検討している。アメリカのアラバマ州では、同性愛が描かれているために上映を拒む劇場が出てきてしまっている。現代であっても、同性愛への理解は未だに十分であるとは決していえない。
ル・フウは、脇役であるが、それは同性愛について考える小さな一歩でもある。コンドン監督は、インタビューでル・フウのセクシャリティは具体的にアッシュマンへの敬意であるとは決して述べていない。しかし、実写版において、ル・フウはガストンへの愛情を示しているという事実があり、アニメーション版において、アッシュマンは歌詞の中でエイズへと立ち向かうメタファーを使ったのである。同性愛者のキャラクターを登場させた実写版『美女と野獣』は、ディズニーにとってひとつの大きな分岐点となる作品であるといえるであろう。

参考URL:

http://www.telegraph.co.uk/films/0/disneys-first-gay-hero-beauty-beast-lyricist-howard-ashman-didnt/

http://www.denofgeek.com/movies/16583/don-hahn-interview-beauty-and-the-beast-howard-ashman-the-lion-king-south-park-and-frankenweenie

http://howardashman.com/blog/interview-with-alan-menken-part-one/

http://people.com/movies/beauty-and-the-beast-disney-first-openly-gay-character-lefou/

http://people.com/movies/beauty-and-the-beast-lyricist-addressed-his-struggle-with-aids-with-the-musicals-songs/

http://www.vanityfair.com/hollywood/2017/03/beauty-and-the-beast-gay-lefou-howard-ashman

http://www.hollywoodreporter.com/heat-vision/beauty-beast-new-songs-composer-alan-menken-lost-lyrics-gay-character-985602

http://www.hollywoodreporter.com/news/beauty-beast-director-says-films-gay-moment-has-been-overblown-983237

http://www.hollywoodreporter.com/news/beauty-beast-disneys-first-ever-gay-character-is-lefou-voiced-by-josh-gad-981928

http://ew.com/article/2015/01/22/alan-menken-disney-songs/

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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