2月13日、アメリカ国土安全保障省は同国の各地で不法移民の一斉摘発を行い、約680人を逮捕したことを発表しました。また、16日にはワシントンで移民を雇用する飲食店数十軒が一斉に店を閉めるなど、トランプ大統領の移民政策に対する抗議活動もさらなる拡がりを見せています。こうした緊迫した状況のなか今週末(2月17日)、不法移民問題に一石を投じる映画『フロム・ノーウェア』がロサンゼルスとニューヨークの劇場で公開されました。
俳優としても活躍するオーストラリア人監督マシュー・ニュートンの長編第3作であるこの映画は、昨年のサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)で初上映され観客賞を受賞、先の東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門でも上映された作品です。

『フロム・ノーウェア』の主人公はニューヨークのブロンクス区にある高校に通う3人のティーンエイジャーです。明るい性格でクラスの人気者のムサ(J・マロリー・マクリー)、大学で薬学を専攻することを目指す学年一の秀才・アリッサ(ラクエル・カストロ)、そしていつも不機嫌で周囲から変わり者扱いされているソフィー(オクタビア・チャベス・リッチモンド)。彼らは同じ高校で他の生徒と同じように過ごしていましたが、卒業を間近に控え、国語教師のジャッキー(ジュリアン・ニコルソン)からある提案を受けます。それは市民権を得るために移民弁護士に会うことでした。彼ら3人はそれぞれケニア、ペルー、ドミニカから幼少のころ親に連れられてアメリカに入国した不法移民だったのです。ビザを持たないことは国外退去を命じられる恐れがあるだけでなく、進学や就職にも大きな障害となります。ジャッキーに紹介された弁護士(デニス・オハラ)に会った3人は、難民申請をするには祖国にいられなくなった根拠が必要なため、祖国で迫害や虐待、殺人や誘拐など家族の身に降りかかった事件がなかったかを詳しく調べるように言い渡されます。しかし祖国での記憶をほとんど持たない3人にとってそれは難しい課題でした。さらに家庭の貧困や養育放棄など、今日明日の生活を逼迫する問題を抱えてもいます。高校卒業までにその3人がそれぞれどの道を選ぶのか、選ぶことができなかったのかをこの映画は緻密に描いていきます。

「本作が約1年前にSXSWでプレミア上映されたとき事態はすでに切迫していたが、最近のヘッドラインニュースや、この国の不法移民――特にムサのように自分がアメリカ滞在に必要とされる書類を保持していないことすら大人になるまで知らずに生きてきた人々――が立たされている苦境をめぐる新たに再燃している議論を踏まえれば、『フロム・ノーウェア』を観る必要性はより高まっているだろう」
LAタイムスに掲載された映画評でこのように書いているジャスティン・チャン氏は、この物語が若い高校生たちの視点に絞って語られていることを評価しています。
「キャストのなかでは(弁護士と教師役の)オハラとニコルソンが一番名の知られた役者だが、映画は彼らの役柄が物語の救い主となることも、厳しい状況下で事態を改善しようとする彼らの能力を誇張することもしていない。ここで最も意味のある人脈として描かれるのは子供たち自身が作り上げたものだ。彼らは自身が抱える苦しみを公に訴えることができない。だからこそ子供たち同士はより親密な関係で結ばれ、本能的に互いに味方し合おうとする。(中略)ニュートン監督は手持ちカメラをゆるやかに動かし、若者たちのお喋りのリズムを鋭敏に聞き取ることで、観客たちを主人公たちの日常の世界に説得力を持って引き込み、その日常が突然奪われてしまった彼らの気持ちを想像させようとしている」

そしてニュートン監督自身は、映画が完成した1年前と移民問題がより深刻化している今とではこの作品が持つ意味が違ってくるかという質問に対してこのように答えています。
「この映画で語られていることは変わらないけれど、緊急度は増しているね。僕にとってこの問題は以前から深刻なものだった。たくさんの不法滞在者、あるいはかつてそうだった人たちに会い、この映画によって彼らの世界に案内しようと思った。彼らがどんな状況に置かれているのかを知ることはいつだって重要なことだけれど、今のこの国でそのことは本当に急を要する問題になっていると思う。僕たちが直面しているのは血の通った生身の人間の問題なんだ。この映画は政策やこれからどうすべきかといったことについて語ってはいないけれど、僕は人間の顔を通して移民政策について考えてほしかった。この映画で息をして生活をしている人々がジレンマに陥る姿を通して、今下されている決断の影響を受けている生身の人間の存在を知ってもらえると思ったんだ」

http://www.latimes.com/entertainment/movies/la-et-mn-from-nowhere-review-20170216-story.html

https://www.nytimes.com/2017/02/16/movies/from-nowhere-review.html?_r=0

http://moveablefest.com/moveable_fest/2017/02/matthew-newton-from-nowhere.html

黒岩幹子
「boidマガジン」(http://boid-mag.publishers.fm/)や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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