[461]アメリのミュージカル化に見る映画と舞台の関係


2016年の124日から、今月の15日の6週間の間、ロサンゼルスの

アーマントン・シアターで「アメリ」のミュージカルが上演されました。

RENT」や「オペラ座の怪人」などミュージカルの映画化は珍しいことではありませんが、反対に映画が舞台芸術になることはそれほど多くありません。最近の映画化されたミュージカルであれば「ライオンキング」といったものが思いつきますが、アニメーションである分、実写映画よりもミュージカルに落とし込みやすいともいえます。「アメリ」のミュージカル化はアメリカでどのような評価を得たのでしょうか。

今をさかのぼること16年。2001年の春にフランスで公開された映画「アメリ」は本国フランスではもちろん、日本を含む世界中でヒットを巻き起こしました。パリのカフェ「 ドゥ・ムーラン」で働く空想好きの女の子の物語は、多くの人の共感を呼び、クリームブリュレをスプーンでたたく人や髪型をまねる人が続出し、一躍社会現象になったのでした。

アメリという映画は、その独特のカメラワークや、劇的な編集、ナレーションのブラック・ユーモアが特長です。一方で物語の構成としては、主人公アメリが周囲の人々を幸せにしていくといういくつかの挿話が集まってできています。ミュージカル版の脚本を担当したクレイグ・ルーカスは映画のストーリーに忠実に舞台のための脚本を書きましたが、いくつかの細かい変更が必要でした。例えば、幼少期にアメリの金魚が自殺を図って鉢から飛び出すシーンや、アメリの母親がノートルダム大聖堂から飛び降りたカナダ人旅行客の下敷きになって死ぬシーンは、より適切で、ひねった演出に変わりました。

IndieWireSteeve Greeneによると、夢見がちな主人公アメリの物語を舞台で描こうという試みはある程度の成功をおさめ、オリジナルの映画が持つ、独特のシニカルな雰囲気はうしなわれなかったということです。(*1)

しかし、表現の場所をスクリーンから舞台へと移したことで、映画製作時にはなかったような問題が起こりました。映画では、観客はカメラを通して登場人物それぞれの心情を知ることができます。

特にアメリの映画ではコンスタントな近写によって登場人物の心情が描写される場面が多くありました。舞台では、映画と比べて役者と観客との距離はが遠く、登場人物たちの心情が十分に伝わらないという懸念がありました。

この問題を解決するためにミュージカルという手法がとられました。登場人物の性格や影の部分を詳細に観客に伝えるために、歌によって表現する試みは、映画とは違う、生の舞台であるからこそ成功しました。

主人公のアメリを演じたのが名門ジュリアード音楽院を卒業したフィリパ・スーであったことで、ミュージカルは高い評価をうけることになりました。彼女は新進気鋭の26歳で、2016年には舞台「ハミルトン」でグラミー賞の最優秀ミュージカル・ショー・アルバム賞を受賞するなど、かねてより歌唱力を評価されていましたが、今回の舞台では演技力も注目されました。その繊細でいたずら好きな役柄をうまく演じ、役が抱える葛藤を自分のものにしたのでした。(*2)

彼女の演技が評価された反面、音楽に対する評価はもうひとつということでした。ヤン・ティルセンが担当した映画音楽は映画の一つの魅力であったのですが、ミュージカル化の過程で音楽は、すべて変更となり、新たに作曲されました。映画ではアメリの心情とリンクして同じメロディーが流れるように続くシーン魅力でした。アコーディオンやトイピアノの演奏によるサウンドトラックの評価が高く、実際、音楽を期待して劇場に向かった人もいたと思います。しかし、新しい音楽は、物語全体の甘美さを表現できたものの、登場人物同士のつながりの強さを表現するには至りませんでした。

また、映画の肝となるのは何といってもパリという街でした。アパートの前の住人が残した忘れ物を届けようとアメリが駆け回るところから、青年ニノとの追いかけっこ、バイクに乗るエンディングまで、カメラはパリの街を縦横無尽に動きます。劇的なカメラの動きによって観客がまるでパリにいるような気分になるのが映画「アメリ」の魅力の一つなのです。

しかし、ミュージカルという手法でパリという街の要素を出すには限界があります。映画のように本物のパリを映すことができませんし、カメラワークによって観客の視点を変えることもできません。もちろん実物のパリを舞台上に持ってくるわけにもいきませんから、パリで起こった出来事を舞台上の虚構で表現する必要があります。モンマルトルの公園での追いかけっこも運河での水切りもすべて舞台で行わなくてはならないのです。パリという街の固有性が強い物語であったために、舞台で表現するには厳しい題材だったのかもしれません。

さらに、アメリの物語には、パリで暮らす人々の日常に潜む驚きや発見にあふれています。そしてその発見は登場人物(主にアメリの)の主観による発見がほとんどです。映画は、その臨場感やリアリティーによって観客が登場人物の視線に立つことを容易にし、場面の転換やアングルの変化は、別の人物の視点に移行したことを示します。

しかし、舞台では観客の視点が固定され、登場人物の視点に立つことが難しくなり、感情移入がむずかしくなります。この障害を埋めるために、人物の描写を歌という方法で表現しようとしたのですが、やはり視点の問題を解決するにはいたらなかったと指摘されています。

(*1) http://www.indiewire.com/2016/12/amelie-a-new-musical-review-ahmanson-theatre-1201761482/

(*2) http://www.playbill.com/article/hamilton-39-s-phillipa-soo-will-star-in-amelie-musical-on-broadway

石黒優希

96年京都生まれ映画育ち。字面で女の子と間違われることが多いですが男です。そして、大阪大学でロシア語を専攻してますが、ロシア映画は詳しくありません。(これから観ます)影響を受けた映画は「アメリ」「めぐりあう時間たち」「桐島、部活~~」の3つです。


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