すでにベテランの風格を漂わせるイランの映画監督、アスガー・ファルハディ氏が今年のアカデミー賞の外国語映画賞のイラン代表に選出されながらも、授賞式に出席できない可能性が浮上している。新大統領に就任したドナルド・トランプ氏が先週発令した大統領令のためだ。

 トランプ大統領が出した大統領令は「中東イスラム圏七カ国の市民の入国を一時的に禁じる」というものでこれにイランも含まれている。AFPの報道によると、これを受けてエディハド航空やエミレーツ航空などは、イランの航空外社にアメリカ滞在ビザを持つイラン人を搭乗させないことを求めたということで、グリーンカード(永住権)を持たない外国籍の市民が現在実際に入国できない状況である模様だ。また、世界各国の空港で複数の搭乗客が一時拘束されたとの報道も相次いでいる。

一方、「ヴァラエティ」紙によると、ファルハディ監督の事務所は「現在、ファルハディ氏はアメリカ入国に関して法的な障害を得ていない」とコメントし、授賞式への参加のための入国は可能だとの見通しを示している。

 ファルハディ監督は、新作『セールスマン』が今年のアカデミー外国語映画賞に選出されている。本作はアーサーミラーの戯曲の舞台に出演する夫婦を描く。夫の留守中に妻が何者かに襲われるが、事件を公にしたがらない妻。イランにおける家族制度を背景に、夫の犯人探しがスリリングながら独特の静けさを持ったファルハディならではの演出で描かれる作品。今年6月の日本公開が決定している。なお、2011年製作の『別離』もアカデミー外国映画賞を受賞していて、オスカー常連組となっている。

 本作で主演したタラネ・アリシュスティは、トランプ氏の人種差別的な政策への抗議として、アカデミー賞を欠席することを表明している。本人がツイッターで表明したもので、「トランプのビザ禁止令は差別主義的だ。これが文化イベントを含んでいようがいまいが、私は授賞式をボイコットする」と怒りをあらわにした。

 今回の件で、ファルハディ監督からのコメントはまだ出ていない模様。なお、VOX誌は昨年11月、トランプ氏が選挙に勝利した数日後にファルハディ監督へのインタビューを行っているが、その中で監督は次のように語っている。

「人間は政治を、すべての物事を超越するものだ。すべては人間の陰の下にあり、人間性を尊重することを、私は受け入れる。政治もだ。問題は、こうした関係が変わってしまうことだ。例えば、イデオロギーが人間を超越してしまうとき。あるいは、政治が優先され、人間性が下位のものになってしまうとき。こうした場合、人間はカテゴライズされ、分断される。私たちが人間性をピラミッドの頂点に置けば、白人も黒人も、アメリカ人もイラン人も、非常に似通った存在となるだろう。彼らは皆人間だから。しかしこうした位置関係が変わってしまうとき、最初に行われる分断とは、例えば、ムスリムと非ムスリムというようなものになるだろう。政治が人間を支配するならば、それはアメリカ人対非アメリカ人、つまりは移民ということにもなるだろう」

(参考)
http://www.afpbb.com/articles/-/3115821
http://deadline.com/…/oscar-director-asghar-farhadi…/
https://twitter.com/…/status/824578972637954048/photo/1…
http://www.vox.com/…/the-salesman-movie-interview…

井上二郎 「映画批評MIRAGE」という雑誌をやっていました(休止中)。文化と政治の関わりについて(おもに自宅で)考察しています。趣味は焚き火。

 

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