[458]デミアン・チャゼル監督によるミュージカル『ラ・ラ・ランド』におけるジャスティン・ハーウィッツの音楽


デミアン・チャゼル監督の『ラ・ラ・ランド』は、ロサンゼルスで夢を追い続けるエマ・ストーン演じるミアと、ライアン・ゴズリング演じるセバスチャンの物語である。映画スタジオで働くミアは、女優を目指しているが、オーディションに落選を続けている。そのような日々の中で、彼女は町外れの店でセバスチャンと出会う。彼の願いとは、将来自分の店を持ち、ジャズの演奏をすることである。2人は恋に落ちて、それぞれの夢を励まし合うようになる。

『ラ・ラ・ランド』の音楽を担当したのは、ジャスティン・ハーウィッツである。彼は、若かりしときにほとんどミュージカルを聴かなかった。彼は、1990年代においてまだ子供であったとき、ウィスコンシンでクラシック音楽を勉強していた。一方で、彼の姉妹はヴァイオリンを演奏していた。また、彼の母親は、バレリーナとしてプロ活動をし、父親は、生活のために曲を書いていた。また、ハーウィッツは、3作品のミュージカルと出合った。『オズの魔法使い』と、アラン・メンケンが作曲、ハワード・アッシュマンが作詞を手がけた2つのディズニー映画『リトル・マーメイド』と『美女と野獣』である。彼はそれらの映画を愛し、何度も繰り返し観た。ハーウィッツは、そのときそれを鑑賞するには適した年齢であったこと、それらは力強い映画で華々しい音楽であったと述べている。それらの作品を彼は吸収し、その作品群は彼に影響を与えている。『ラ・ラ・ランド』において、第2のパートとなるジャズの響きは、ティーンエイジャーのときのできごとから来ている。彼のおじのロンが、オスカー・ピーターソンのアルバムを彼に与えたのである。

2000年代初頭にハーバード大学で、ハーウィッツは、ジャズ好きのデミアン・チャゼルと出会った。デミアンは、彼に1960年代からのジャック・デゥミによるフランスのミュージカル映画を紹介した。2008年の後半には、2人はミュージカル映画を作り上げた。Guy and Madeline on a Park Benchである。映画の責任者のマシュー・プラフは、その映画を観てチャゼルにさらにミュージカルを製作するように勧めた。昔のアメリカのノスタルジーを誘うような熱狂が盛り込まれたミュージカルである。ハーウィッツは、デミアンに新たなミュージカルを一緒に作らないかと誘われた。デミアンは、表現方法を書き始め、ハーウィッツは音楽を書き始めた。それが『ラ・ラ・ランド』での協同作業の始まりであった。彼らが物語に焦点を当て、その映画は立ち上がったのである。ハーウィッツは、『ラ・ラ・ランド』の音楽の制作を次のように振り返る。

「『ラ・ラ・ランド』には、2年半もの間、休みなしで取り組みました。夜、少ししかベッドで眠らなかったです。1900ものピアノのデモを作りました。すべての楽譜のオーケストレーションは、自分で行いました。驚くべきほどの仕事量と驚くべきほどの情熱でした。音楽を作り続けるためにすごく情熱的でなければなりませんでした。充分に眠らなかったので、病気になりました。」

ジャスティン・ハーウィッツは、『ラ・ラ・ランド』の抜粋された楽曲について詳細に説明をしている。

“Another Day Of Sun”
この映画で、ロサンゼルスにある110番高速道路で運転手たちが、大規模に連なりながら大きな歌声を披露する。ひとつの6分間のテイクで撮影されている。騒々しくも意気揚々と、陽気であるが、大都市で生きる中で闘っていることを表明し、映画はさらに進行していく。

「始まりから観客をその世界に引き込み、宣言する大規模なナンバーを望んでいました。『この映画はミュージカルである。人々は歌うのだ。人々は踊るのだ。楽しさが待っているんだ』と。大好きな映画のひとつは、『ロッシュフォールの恋人たち』です。『シェルブールの雨傘』の次のジャック・ドゥミとミシェル・ルグランによるミュージカルです。その映画は、ダンスだけで幕を開けます。歌は一切ありませんが、優れたダンスと大規模なオーケストラで、世界的に知られています。それは、自分にとって、大好きなスコアのひとつで、デミアンは、ルグランが行ったようなジャズのリズムセクションと合わせることができ、すべて吹奏楽器によるジャズのビッグバンドで演奏され、ダンスが可能な方法を望みました。同時に、オープニングの歌曲は、『ロッシュフォールの恋人たち』のシーンやほかの見本とは遥かに異なったものです。だから、本当の挑戦とは、物語としてこの楽曲を機能させることでした。私は、何かを伝えようとし、そこに何かを感じさせる音楽を作曲しました。しかし、多くの大変な仕事が、ベンジ・パセックとジャスティン・ポールから舞い込んできました。その作詞家たちは、キャラクターたちの物語を列挙して、すぐさまそれを反映させ、方向性を示してくれました。それは、複雑な歌曲でした。表面上、幸福でAnother Day Of Sunであり、ロサンゼルスは素晴らしいということを表現しています。しかし、ロサンゼルスには、闘いがあること、暗く困難な場所であることを知っています。だから、私は、音楽の中にそのことを交わらせようとしました。とても速い歌で、全体的に長調です。しかし、少しばかり短調が入ってます。その表面上で感じられるよりもほろ苦いのです。それから、とてもとても多くの背後の歌手たちを構成するのに長い時間を掛けました。レイヤーサウンド、対位旋律、様々な独立した歌声が多く含まれています。そして、最も大規模な95編成のオーケストラをその一番上の持ってきました。多くはそのままで、多様な要素を与えるための余地を探りました。それがそのナンバーでの最も大きな挑戦でした。観客は、自分のすごく近くにきている壁へ振り向きたくはありません。明らかに、キャメラの傍にきたり、歩いたりする主演の歌手の方を向きたいと思います。しかし、キャメラが過去に向かうにつれて、そのナンバーの要素も同様に、トランペットやビッグバンドが鳴り響き、背後の歌声が大きくなっていき、管楽器が奏でられ、キャメラの動きと結び付けられるのを鑑賞したいのです。大編成の歌手やオーケストレーションで多くの彩るべきシーンを仕上げ、それが視覚的にどのように働き、共に機能するのかを考えます。」

“Someone In The Crowd”
ここでは、ミアと彼女の世界が提示される。女優のルームメイトが彼女を説得してハリウッドのパーティに参加させる際の音楽で、アップビートなトラックである。結局、ミアは雑踏の中で、自分が単なる個性を欠いた夢を追う人であると考えることで、内省的になるにつれて憂鬱に感じてしまう。しかし、歌がとても効果的になることによって、少女たちはアパートで振り付けをする。

「“Someone In The Crowd”は、大規模で楽しいナンバーです。”Another Day Of Sun”を引き継いでいる楽曲です。大規模なオーケストレーションなのです。多くの歌手による編成です。すべてのミアのルームメイトが関わっているからです。その歌手を構成しているときに、その一連のシーンについてデミアンに話し、3人の少女のシーンを探し、どのようにそれらの台詞を振り分けるのかを考えようとしました。3人の少女と言ったのは、ミアが後に自分の序奏部に入るまで、歌の観客に近いからです。私は、一連のシーンの意味とミュージカルの意味の両方において、どこに少女たちを配置するのか、どのようにその表面にハーモニーまたは、対声部が位置づくのかを考えました。そのオーケストレーションは、楽しく、ジャズのようです。その歌は、幾分、ふざけたようなトーンを帯びています。ハリウッドで演じなければならないゲームについて歌っているからです。少女たちは、歌っていることを無条件に信じているとも思っていませんし、ハリウッドの世界全体における(オーディションの)プロセスを、少女たちはものともしないとも思っていません。その歌は、幾分、生意気でどっちつかずの態度であるだけでなく、同時にノスタルジックなトーンでもあります。ジャズのようで、大規模なオーケストラのロマンティックな2番目の歌であり、ミアを捉えます。そこで、それは彼女の正直な感情となっています。“Let’s just put on sexy dresses and go to a party,”と馬鹿げて始まりますが、お風呂で夢と産業の現実について考えているミアの感情へと行きつくのです。その楽器構成は、ピアノととても少数の弦楽器へとなってしまいます。歌におけるコーラスとして使われたときにアップテンポで高揚させるメロディは、ゆっくりと、テンポが柔軟に伸縮し、間が空いていったときにはとても悲しくなります。すごく幸せで馬鹿げていて高揚感があるところから、歌の終わりには再び内省的で暗いナンバーへとなっていって欲しかったのです。」

“A Lovely Night”
このジャズのような愛し合う関係を表した歌曲は、重要である。初めてセバスチャンとミアが音楽で交流するからである。『雨に唄えば』と、その映画に出演するジーン・ケリーとデビー・レイノルズに寄せる頌歌である。そのセバスチャンとミアがお互いに恋に落ちることを拒否する中で、徐々に陽気になり、歌はダンスのナンバーへと変わる。セバスチャンは街灯柱からぐるりと回る。

「“A Lovely Night”は、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの歌の伝統です。ノスタルジックなトーンと共に、愛し合う関係で、楽しい歌なのです。私が、それを作曲するとき、それが何なのかについて考えようとしました。それは、お互いに決して起こらないであろうことを伝えることなのです。彼らは決してデートをしません。最高のカップルではありません。しかし、同時にお互いにすごく興味を持っています。彼らは恋に落ちる途中なのです。棘のある歌詞に合った棘のあるメロディについて考えました。韻文には角がありました。そこには、とても難しい間隔があり、ライアンとエマと一緒に仕事をしなければなりませんでした。まったく容易ではない韻文の中のメロディでした。しかし、それから、その歌はコーラスにおいて叙情的で優しいメロディの中で広がっていきました。棘のあることと叙情的であることの間で前後するのです。オーケストレーションにおいて、その曲は進行していく中で、ますます陽気になります。振付師のマンディ・ムーアとは楽しく仕事をしましたが、彼女に抑揚、演奏、リズム、3連音符など、また多くの演奏を担当する一番前の楽器の様々なグループ分けについて伝えたかったのです。その歌は、ダンスのナンバーへと変わり、ダンスブレイクセクションとなります。そこでは、少しばかりの間ドラムの音色が消えて、彼らがベンチの上に座り、ジャンプする中で、一連のリズムが刻まれます。そこは、オーケストレーションをするには本当に楽しいシーンでした。そして、彼らはベンチから飛び降り、ダンスのナンバーへと足を踏み入れます。それは、速度に焦点が当てられ、進むにつれて段々と速くなっていきます。そのオーケストレーションは、密度が上がっていき、ドラムはラテンのようなビートを刻み、ピークまで熱が上がっていき、歌の最後に向かっていき、頂点の音が刻まれます。それから彼らは地上へと降りてくるのです。このポイントでの多くの音楽は、控えめで内省的ですが、この歌は熱狂的です。恋に落ちたとき、狂ったような化学反応が起こります。その音楽で、どのように彼らが感情の中でお互いを確かめ合っているのかを反映させようとしました。」

“City Of Stars”
これは、口ずさむような曲で、ピアノで演奏される。セバスチャンが、ロサンゼルスの夕暮れの中、桟橋の上を歩いてるときに、憂鬱な音楽として流れる。彼はミアとデートの約束をして喜んでいるが、人生で実現できない夢について思い悩まずにはいられなかった。この曲は、後にセバスチャンとミアのデュエットで繰り返される。

「“City Of Stars”は、デミアンのためのデモに取り組むために、私のピアノの演奏から始まりました。何かが強くひらめくまで、彼にアイデアを送り続けました。その曲と“Audition”は最も反響があると思われました。その2曲は、ピアノのデモの段階で、最も抗議が少なかったという共通のプロセスであったからです。多くのアイデアを経ていますが、その曲を書いているとき、考えている時間に聴いていた音楽をまったく参考にしていません。単に感情的な部分から作曲をし、トーンについて考えていました。そのトーンは希望にあふれていますが、同時に憂鬱です。長調のリズムと短調のリズムの間で、前後します。その類の歌について考えていたからです。人生とロサンゼルスにおいて、素晴らしきこと、それからあまり芳しくないことを経験します。そして、物語で起こる出来事を観るのです。少しばかり、そのアイデアについて考え、格好良く、美しいと思うメロディを作曲しようとしました。ジャズの抑揚であるように思います。セバスチャンがピアノの音の上で演じるからです。作曲の後には、(ベンジ・)パセックとポール(・ジャスティン)にその楽曲を手渡し、彼らが書いた初めての歌詞となりました。2夏前のことです。自分たちが決定したことを行う人材やチームを探すために作詞家たちとそのチームと会いました。それぞれが異なる2人は、歌詞のデモを作成し、オーディションのプロセスの部分の詳細な歌詞を書きました。これは実際に使用した歌です。作曲した最初の歌のひとつだったからです。パセックとポールは、歌詞を持って戻ってきました。私のアパートに来たのです。私、デミアン、ベンジ、ジャスティンがいました。私たちのために、彼らはこの歌詞で歌ってくれました。それは、新たな発見でした。私たちは自分自身で考えるからです。『この歌は何についてのものであるのか』、デミアンと私は作詞家ではないのです。分からなかったのです。ほかの2人の作詞家は、その歌のワンショットに歌詞を書きました。しかし、映画の中で聞くその歌は、1組の言葉の変化を除けば、パセックとポールが書いた歌詞に戻されました。映画におけるいくつかの最良の歌で、特別な歌でありながら、最も労を要さなかったのは面白いことです。歌詞を書くプロセスについてあまり話しませんでした。しかし、私が音楽と共に楽曲を書くときにアイデアを得る方法で、彼らもアイデアを得ていたようでした。」

<“City Of Stars”のフィルムクリップ>

“Start A Fire”
この楽曲には、独特な興奮とトリッキーさがある。素晴らしく、舞い上がるようなポップなトラックであり、セバスチャンがミュージシャンとしてのアイデアを却下されたことを表している。ほかの芸術家のように、彼は、実用的であること、生活を営むことは最も重要であるということに至る。だから、彼はポップスターのキース(ジョン・レジェンド)が率いる人気のバンドに加わる。彼は、この音楽が彼にもたらす人気を満喫するが、しかし、そこでの情熱は単調であると分かっていた。

「ほかの1組の人とその曲を一緒に書きました。それは、異例のことでペースが変わりました。ポップソングとしてアプローチをしました。ポップ音楽を書く集団で作曲をするということです。それは、異なるプロセスでした。ほかの歌曲では、ミュージシャンが書く方法でそれらにアプローチしました。私が音楽を作曲して手渡し、パセックとポールが歌詞を書きました。それは、伝統的な劇場音楽のアプローチでした。一方で、“Start A Fire”では、部屋に集まって議論をし、少し歌ってみるのです。私はピアノに座り、ジョンは、少しだけピアノを使い、歌います。ほかの1組の人たちは、そこでアイデアと歌詞を挿入します。歌が書き終わるまで部屋に座り込みます。それは楽しい時間です。別の方法で歌のアプローチをする必要があるように感じたのです。これは、別の種の歌曲だったからです。ジョンは、本当に楽しんで一緒に仕事をしました。彼は素晴らしいメロディのアイデアを持っていました。彼は少しばかり歌い、それから私たちはその上に音楽を作り上げ始めます。また、私はプレコーラスのアイデアを持っていました。私たちは、その上に音楽を組み立て始めました。ジョンと曲を書いてるアンジェリークもそこにいました。彼女は多くの歌詞のアイデアを持っていたのです。私たちはそのことを踏まえて仕事をしました。ジョンが協力的であったこと、彼が部屋の中で、ベストなアイデアは何でも聴いていたことに感銘を受けました。ポップスターでヒット曲を持っていて、謙虚で協力的であれば強い印象を与えます。最も感動したことは、6フィートの小さな部屋で彼の声を聞いたことであったと思います。皆は、ジョン・レジェンドは世界に通用する声を持っていることを分かっていました。しかし、数フィートの場所で、彼が大声で歌うと、とても力強いのです。近くに特別で独特なものを見ることは、本当に素晴らしい経験です。数時間だけのことでした。部屋に閉じこもり、一緒に大きな音で演奏しました。それは歌曲で、その後に変更を加えることはありませんでした。私たちは、基本的に歌を録音したのです。」

<“Start A Fire”を使用した予告編>

“Audition (The Fools Who Dream)”
映画の最後のナンバーは、さらに別のオーディションで自分自身を探り、夢を実現させることを望むミアにとって、重要なシーンで流れる。ミアが夢を追う人になる際に影響を受けたおばについて歌うが、その歌は親しげに始まり、大々的でロマンティックにオーケストレーションされたバラードへと変わっていく。

「これは、恐らく映画の中で自分が一番好きな歌です。作曲の中で、どの歌曲よりも誇りに思っています。作詞は、少しばかりロサンゼルスにおいて創作を行う自分にも語り掛けてくれます。その歌詞でベンジとジャスティンは美しく仕事をこなしたのだと思います。それはとても純粋なところから来ています。ほかの多くの歌での幾度もの話し合いは、それらに繋がっていました。アイデアを得るために楽曲を聴きながら、デモを使って漠然と長い時間にわたって堂々巡りをしていました。 例えば、“A Love Night”では、様々な楽曲へアイデアを得るために、フレッドとジンジャーの歌などを聴きました。“Audition”では、まったく何も聴きませんでした。何かの楽曲のようにしようとはまったく思っていませんでした。ピアノで作曲をし、その(ほかの楽曲を参考にしないという)理由のためにとても純粋なところから作られている歌であると思います。本当に感情から作曲をしているようでした。ピアノに座り、歌が何を伝えているのか、歌に歌詞を付与されたとき結局は何を伝えているのか、歌は何についてのものであるのか、歌はどのようになっていくべきなのかを考えることは、貴重な体験でした。その歌はすぐさま思いつき、それほど迷うことがありませんでした。デミアンは、構造的な草案を持っていました。ベンジとジャスティンへ渡す前に、いくつかのことを少し再検討しました。しかし、その歌は、本当に純粋な方法で思いつきました。そして、今日に至るまで自分の最も好きな歌なのです。その歌で、エマと仕事をしました。彼女は驚くべき仕事ぶりでした。映画で聞かれる歌は、すべて実際に歌っています。彼女と仕事をし、リハーサルにおいて、少しずつ実際に歌うというところへと繋がっていきました。しかし、撮影現場では、エレクトリックキーボードのピアノで演奏して彼女に聴かせました。彼女は、少し聴いていました。そして、私は別の部屋にいました。彼女に歌を導いて欲しかったからです。彼女は、別のことを感じ、別の方法で歌を聞いていた時点で、1週間前に完了していたプレレコーディングの類は望んでいませんでした。テンポ、ペース、表現などで閉じこもって欲しくはなかったのです。私たちはその歌を練習し、覚えました。彼女はリハーサルでその歌を自分のものにしていましたが、しかし、同時に、その日、彼女は少しばかりの収穫を得ていました。彼女は、技術的に歌に取り組んでいたように思います。彼女はすべての楽譜を自分のものにしていました。リハーサルで一連の楽譜を自分のものとしていましたが、映画の中に実際に入り込み、彼女は感情を演じるために、その日を待っていたのです。彼女は、とある部屋にいましたが、私は別の部屋にいました。彼女が歌を導き、私は、ただ彼女に付き添いました。すべてのテイクにおいて、それは、それまで経験したことのなかったことでした。私たちではまったくその方法で歌を演奏することはなく、私たちがその歌を撮影した日に行った方法では、そこに行きつくことはなかったからです。撮影現場で、皆は、感情を揺さぶられながらそれを観ていました。それは本当に特別なものでした。」

<“Audition (The Fools Who Dream)”を使用した予告編>

参考URL:

http://variety.com/2016/film/awards/la-la-land-composer-justin-hurwitz-songs-1201849249/

https://broadly.vice.com/en_us/article/la-la-land-composer-explains-why-his-music-isnt-supposed-to-sound-nostalgic

http://www.latimes.com/entertainment/envelope/la-en-mn-1208-justin-hurwitz-20161128-story.html

http://gaga.ne.jp/lalaland/about.html

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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