[445]ネット時代におけるクライテリオンの挑戦


009d80b8d1eb3d432033ab132bf39f4d ネットを通じた映画ストリーミングサービスの世界的トップランナーNetflixが日本上陸を果たして1年以上が経過した(#1)。膨大なライブラリから月額制で好きな映画を選んで鑑賞することのできる同種のサービスは、先行したhuluやdTV、amazonプライムビデオなど既に日本でも乱立状態だと言って良いだろう。また、同じタイトルのハリウッド大作を目玉商品として並べざるを得ないこの種のサービスは、同業他社と差を付けるため、近年ではオリジナルドラマ製作に重心を移すようになってきた。つまり、彼らにとってライバルはもはや他社のストリーミングサービスなのだ。人が映画を目にする機会は、映画館やDVDなどのパッケージではなく、既にストリーミングが中心になったと言うべきかも知れない。

 膨大なライブラリを抱えるNetflixなどのサービスで、ユーザーは如何にして好みの作品を見つけるか。あらかじめ目当ての作品や監督名が頭にある映画ファンであれば、その名前をピンポイントで検索するだけだろう。しかし、これはストリーミング時代の典型的な映画選びとは言えない。Netflixなどでは、ユーザーの居住地や性別、年齢などから統計的な好みの傾向を割り出し、それに基づいたオススメ作品をトップページに表示させる。そしてユーザーが実際にその作品を選んで鑑賞したり、あるいは途中でやめたり、スコア評価を残すことでそのオススメの精度がどんどん向上し自分好みにカスタマイズされていく。これがネットストリーミング時代における映画選びのベースとなっているのだ。

 この種の個人向けにカスタマイズされるオススメ形式はAmazonやネットニュースなどでも有名だが、確かにきわめて快適である。サイトを開けば自分の趣味や気分に応じた作品がそこに並び、あれこれ悩まずともすぐに好みの映画を鑑賞することができる。だがそこでは同時に、新たな出会いが欠落している。自分の趣味とはかけ離れた映画を偶然鑑賞することで意外な発見があったり、その体験によって逆に自分の趣味が変化していくといった可塑性が疎外されているのだ。また、映画作家の名前で作品を選んだり、映画史や映画理論の本を読んで何かの作品に興味を持つといった教養派の鑑賞スタイルは、オススメ形式のカジュアルな容易さとは対極のものだと言って良いだろう。しかし、こうした回りくどくて面倒な映画へのアプローチこそ、逆説的に私たちの映画鑑賞眼を養い、映画文化の基底を形成してきたとも言えるのではないだろうか。

 長きにわたって映画文化を支えてきた映画関連書籍の出版や映画館の特集上映は、数こそ減少傾向にあるとは言え、いまだに一部観客によって熱心に支持され続けている。しかし、こうした文化的営みや豊かな教養はネット時代において消えていくしかない運命なのだろうか。あるいは、ストリーミングサービスとは原理的に対立するしかないのであろうか。

——————————————-
the-criterion-collection-persona-a-brief-history-of-time クライテリオン(The Criterion Collection)は、アメリカのホームビデオ製作販売会社である(#2)。1984年、コンピューター界の著名人の一人ロバート・スタイン(アラン・ケイと共にアタリ社の開発部にいたことでも知られる)らによって設立された。日本では商業的興味の対象とならない名作古典映画や芸術的・野心的な現代映画を主な対象とし、世界中の映画ファンから深い尊敬を集めている。オリジナルを忠実に再現しようとする画質の高さ、専門的で高度な内容の特典、そして芸術的に美しいパッケージなどによってコレクター度の高いアイテムを次々と彼らは送り出している。初期にはレーザーディスクのリリースによって知られ、日本にも多くのクライテリオンファンを生み出したが、その後時代の変遷と共にDVD、そしてブルーレイへと記録媒体を変更してきた。

 クライテリオンが切り開き、その後業界のデファクトスタンダードとして定着した革新は数多くある。たとえばオリジナル尊重の精神から4:3のスタンダードサイズを保持するため画面の上下に黒味を入れるレターボックスは、『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』のレーザーディスクを発売したとき彼らがはじめて採用した方式だった。さらには、作品に対する監督やスタッフらの音声コメントを別トラックで収録するオーディオ・コメンタリー、予告編や作品の別バージョンを特典として採録したスペシャル・エディション、監督や撮影監督が自らの手で画質をはじめとしたディスク品質を調整しお墨付きを与えるディフィニティブ・エディション。こうした方式は全てクライテリオンが創始したものだったのだ。

 映画ファンにとって魅力的な作品をチョイスするばかりではなく、技術的にもパイオニアであり続けたのは、クライテリオンがかつてVoyagerという名称でマルチメディアCD-ROMやエキスパンドブックのパブリッシャーであったこととも深く関係している。つまり、彼らにはメディア的な野心や技術的挑戦、進取の気風も備わっているのだ。このため、ネットを使った映画のストリーミングサービスにも比較的早い時期からコミットしている。2008年には世界的な映画ファンの殿堂サイトMUBI(#3)に独自のチャンネルを持ち、2011年にはHuluとパートナーを組んでいる。そして、この2016年、彼らはTurner Classic Moviesと協力関係を結び、ストリーミングサービスの中心をFilmStruckへと移行させた(#4)。ここでは、単に既存の作品アーカイブを公開するだけではなく、ネット時代に相応しい、映画ファンのための新たなサービスを模索し構築していくとのことである。クライテリオンは今何を考えているのだろう。FilmStruck立ち上げに際して行われ、Filmmakerに掲載された現在の社長ピーター・ベッカーのインタビューから抜粋して以下に抄訳する(#5)。

——————————————-
the-shining-blu-ray-coverFilmmaker:FilmStruckでは自社のカタログをストリーミングする以上にどんなサービスを提供する予定ですか?

ベッカー:まず、FilmStruck自体がテーマによるキュレーションの施されたサービスです。ビッグデータ的な野蛮さで作品をセレクトする大手ストリーミングとは最初から全く違う場所なのです。ああしたサービスでは映画へのガイドがないも同然ですから。クライテリオン・チャンネルは、その中でも私たちの手で完全にプログラムされた特別なサービスになります。私たちのリリースした作品はFilmStruckでも見られますが、(その中で追加料金となる)クライテリオン・チャンネルでは、また少し違った私たちのアプローチを体験できるのです。

クライテリオン・チャンネルは、2種類のカテゴリーと原則に基づいて編成されます。その一つ目は、週単位のローテーション・プログラムです。月曜日と木曜日には、あるテーマに基づいた作品プログラムを公開します。例えば60年代の政治映画や監督と俳優の創造的関係(フェリーニとマシーナやロッセリーニとバーグマン、カリーナとゴダールなど)を扱ったプログラムなどです。

こうした試みはとても重要だと私たちは考えています。メディアが飽和している現代において人々を膨大な選択肢の前に置き去りにすることは必ずしも適切なことではないと思うからです。人々は、この映画を見なさいと誰かからガイドされることを望んでいるのではないでしょうか。

火曜日の夜には、長編映画と短編映画のカップリングをプログラムします。それらはしばしば古典映画と現代映画の組み合わせになるでしょう。水曜日には様々な特典を含んだクライテリオン作品を公開します。アルトマンの『ギャンブラー』など、権利関係で他では公開できなかった私たちの作品も多く含まれることになるでしょう。金曜日の夜には、クライテリオン以外の作品を含めた二本立てプログラムを公開します。例えばフリッツ・ラングの『M』と『羊たちの沈黙』といった組み合わせになる予定です。

そしてもう一つのカテゴリーとして、私たちが「スペシャル」と呼ぶものがあります。これらは時間をかけて制作するため、週替わりのような決まったスケジュールは設定していません。

day-for-night-blu-rayFilmmaker:「スペシャル」がどんなものになるか、いくつか例を挙げてもらえますか?

ベッカー:フランスで制作された『私たちの時代の映画作家たち』というシリーズがあります。アンドレ・ラバルトが映画作家を別の映画作家のところに送り込んで作らせる「映画作りについてのドキュメンタリー」です。ジャック・リヴェットがジャン・ルノワールについての映画を作ったりとか。これと同じように、私たちも「映画作家との出会い」というシリーズを作ります。その一本目は、デヴィッド・トンプソンが(ギリシャの新世代映画作家として注目を浴びる)アティナ・ラシェル・ツァンガリに取材した映画を撮りました。1時間弱の作品です。これはクライテリオン・チャンネル限定となり、公開期には同時にツァンガリが監督した三本の長編映画も流す予定です。こうした試みは、この後もさらに拡大させていきます。

「映画鑑賞の冒険」と名付けたスペシャルもあります。これは様々な職業に従事するシネフィルたちに依頼して、彼らが愛するちょっと変わった映画文化の片隅に存在するような場所を紹介してもらうというものです。また、「映画芸術の観察」というものもあります。ここでは、デヴィッド・ボードウェルやクリスティン・トンプソン、ジェフ・スミスら映画研究者・評論家に依頼して、特定の主題に関する5分から7分のミニレクチャーをお願いします。例えば、『海外特派員』にアルフレッド・ニューマンがつけたスコアを通じてその音楽的モチーフを分析するといったものです。当然、『海外特派員』もこれと同時に流すので、鑑賞者はミニレクチャーと映画を同時に体験することができる訳です。毎月新しいものを制作したいと思っています。キエシロフスキのカメラの動きに関するレクチャーや、キアロスタミについてのものも予定されています。こうした試みは人々の生活の中に映画学校を送り届けるようなもので、ストリーミングサービスによってはじめて可能になったものなのです。

1740419122国中に散らばっているアート系映画館に行って、そのプログラム担当者たちをハイライトさせようとする試みもあります。彼らについてのちょっとしたドキュメンタリーを作って、その歴史や使命、雰囲気、そして作品プログラムを紹介するのです。さらにプログラム担当者たちを招いて私たちのために全国へと流されるプログラムを作ってもらいます。アメリカにはフードツーリズムという文化がありますが、同様に映画ツーリズムもあるべきです。Northwest Film Forumのコートニー・シーハンを呼んでクライテリオン・チャンネルで番組を編成してもらったり、オマハのFilm Streamsに行ってレイチェル・ジャコブソンと何か作ったり。アレクサンダー・ペインを招いてクライテリオン・ライブ・イベントのような試みも行うかもしれません。映画文化が国の隅々にまで存在していることを人々が知るのはとても大切なことだと私は思います。ナッシュビルに観光で訪れた人が、クライテリオン・チャンネルで見たベルコート・シアターで映画を見たいと思ってくれるなら、それはなんて素晴らしいことでしょう。映画館のプログラム担当者たちは、もっと注目されるべきなんですよ。

私たちはブルーレイなどのフィジカル・メディアのリリースも続けます。それが私たちのベースとなり、映画修復などの事業を行えるのもこれがあるからこそです。しかし、ネットのストリーミングを行うことで、費用や権利などの面からこれまで私たちがリリースできなかったレアな作品を手がけることができるばかりでなく、さらに新たな挑戦も私たちには可能になるのです。これらは両立させねばなりません。
新たな挑戦とは、例えば現代映画に強く焦点を当てて紹介するといった試みです。これは常に私たちの課題でありましたが、配給会社との問題もあり、パッケージとしてはこれまでなかなか実現が難しい部分でした。フィジカル・メディアでは不可能だった様々な試みを私たちはクライテリオン・チャンネルで実現していくつもりです。

#1
http://eiga.com/news/20150806/8/
#2
https://www.criterion.com/
#3
https://mubi.com/
#4
http://www.filmstruck.com/
#5

“Suddenly the World’s Wider, More Exciting, More Engaging”: Criterion’s Peter Becker on the New FilmStruck and Criterion Channel Streaming Service

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

大寺眞輔(映画批評家、早稲田大学講師、その他)
Twitter:https://twitter.com/one_quus_one
Facebook:https://www.facebook.com/s.ohdera
blog:http://blog.ecri.biz/
新文芸坐シネマテーク
http://indietokyo.com/?page_id=14


コメントを残す