以前このページでも紹介した、地中海を渡る難民の問題を扱ったジャンフランコ・ロージ監督の『海は燃えている』(今年のベルリン映画祭で金熊賞を受賞)はその後もヨーロッパを中心に継続的にメディアで取り上げられているほか、映画祭などでの受賞が相次いでいる。日本でも今月、UNHCR=国連難民高等弁務官事務所が主催する「難民映画祭」で初めて上映されたほか、2017年2月にロードショー公開を控えている。改めて監督のロージ氏の発言や映画への評価を紹介したい。

「海は燃えている」はイタリア最南端に位置する地中海のランペドゥーサ島を舞台とする。シチリアよりもチュニスの近くにあるこの小島は、アフリカなどから地中海をわたってヨーロッパを目指す難民たちの「玄関口」として知られていて、収容施設が設置されているものの、難民の数はこの数年で激増。イタリア政府は対応に追われている。地中海をボートで渡ろうと試みて命を落とす人々の問題が深刻化していることは、日本でも連日報道されている。ロッシ監督は自身も幼少期にエリトリアの内戦を逃れ、難民としてローマに渡った背景があり、これまで様々な問題をドキュメンタリー作家として扱ってきた中でも、難民問題に関しては並々ならぬ思いがあったことが窺える。

 ベルリン映画祭での会見でロージ氏は「ランペドゥーサ島はヨーロッパのメタファーであり、これまで決して出会うことのなかった二つの世界の縮図だ」として、「難民問題は『ヨーロッパ』という観念を揺るがす危機だ」と強調する。また、ニューヨーク・タイムズのインタビューに対して、海を渡る人々がいる一方で、アフリカ大陸ではより多くの人々が命を落としていること、そして、難民はアメリカにも向かっていることを指摘し、「最終的にはこれは世界全体の問題だ」と訴えた。

 映画は、4000人ほどの人間が暮らす島でただ一人の医師、ピエトロ・バルトロ医師と島の12歳の少年・サミュエルの行動が静かに、持続的なカットで記録されていて、2人の眼を通して—島の住民たちの静かな「日常」をインサートしながら——この島の現実が少しずつ見えてくる構成となっている。ローマを囲む環状線沿いに暮らす人々を淡々と追った前作『SACRO GRA』(2012年のヴェネチア映画祭金獅子賞を受賞)と同様、明確な物語が提示される訳ではなく、ナレーションや字幕などによる説明も存在しない。見ることに徹したスタイルは、ドキュメンタリー映画の王道ともいえるが、ロージ氏はその方法論を極限まで突き詰めて、ヨーロッパが直面する難民の問題を周縁から浮き彫りにしていく。

 

 ベルリン映画祭では、ロッシ監督に続いて、映画に登場するバルトロ医師がスピーチを行った。バルトロ氏は島の住民の医療に従事する一方で、島の近辺で死亡した難民の検死にあたっていて、その死亡者の数の計測も行っているという。一部の報道で、2013年の死者数が366人とされたが実際には368人だったことをめぐって、次のように話した。「私は一人一人をこの眼で確認した。2というのは数字ではなく、人間なのです」。

 

また、最近の米メディアのインタビューでロージ氏は「政治的な解決が必要だ」と各国の主導者に対して早急な決断を迫った。「もし世界がこの問題を解決できなければ、欧州は崩壊する」。また、「それはいま、政治家の手にゆだねられている。だからこそ私は、アメリカ大統領選の今後の展開に関しても非常に憂慮しているのです」としている。

報道によると、イタリアのレンツィ首相は欧州議会で他のEUの首脳にこの作品のDVDを配布し、イタリア政府が抱える問題を共有するよう訴えた。また、難民問題にこれまで重ねて発言を続けるローマ法王フランシスコも本作のスクリーニングに参加したという。

 9月には、アカデミー外国語映画賞のイタリア代表に選出され、今月に入ってからも米・放送映画批評家協会が選ぶ最優秀ドキュメンタリー映画にノミネートされたほか、第21回カプリ・ハリウッド国際映画祭では、年間最優秀ヨーロッパ映画賞を受賞するなど評価は高まり続けている。日本では、文化村ル・シネマで来年2月に上映がスタートする。

 

参考:

  • http://www.nyunews.com/2016/10/20/fire-at-sea-explores-refugee-crisis/
  • http://artsbeat.blogs.nytimes.com/2016/02/15/documentary-on-migrants-wins-praise-at-berlin-film-festival/?_r=0
  • http://www.nytimes.com/2016/10/08/movies/fire-at-sea-strikes-a-nerve-on-the-migrant-crisis.html

 

  • 予告編:

 

井上二郎 「映画批評MIRAGE」という雑誌をやっていました(休止中)。文化と政治の関わりについて(おもに自宅で)考察しています。趣味は焚き火。

 

 


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