[154]映画制作の現場で「慌てない」ことの重要性


何をするにも、常に冷静であることだ。『Tar Pit』(2015)で初のプロデューサーを務めたロズ・フォスターは自身の経験を通じて、特殊な環境下での撮影について語る。
 インディー映画制作の現場では常に何らかの異常事態が起こり得る。プロデューサーをはじめ場を統率する立場において、問題を解決するカギは「慌てないこと」だ。
 これは『Tar Pit』のプロデューサーを務めた私にとっても重要な心がけであった。あらゆる災難が襲いかかってこようとも、この単純な心がけを思い出せばそれらの大半には迅速に対処することができたのだ。2014年6月、最後の銃撃戦を撮影したのは、ニューヨーク北部の奥地にある豚の屠殺場でのことだった。
 蒸し暑くほこりっぽい空気は、ゴミの山、腐った飼料、ひしめく豚の臭いとともに腐敗した死体が放つ悪臭を運んできた。この撮影はディレクター兼ベテランのインディー映画制作者であるJ・クリスチャン・イングヴォールドセン(以下クリス)と共同で手配したものであった。一流の撮影監督兼脚本家であるマシュー・M・ハウ(以下マット)は平然としており、彼は養豚場ではこれが当然だと思っていたのだ。だが私は次第に、なぜこんな場所にいなければならないのかと思えてならなかったものだ。
 しかし慌てるな、と私は自身に言い聞かせた。クリスも私に「これ以上に圧倒的な銃撃戦の背景は誰にも演出できないよ」と声をかけてくれたのだ。
 撮影の用意が整うと私は車から降り、農場と肉屋を経営する店主の、豚の糞にまみれた手と握手を交わした。彼の視線は、私のような小娘が彼と豚たちの食生活を変えさせてしまうと思われているのではないかと私の不安を煽ったが、慌てるな、と私は再び言い聞かせた。彼が血しぶきのこびりついた腰ベルトから肉包丁を引き抜くには、目撃者が多すぎたからね。
 それでも、クリスとマットが恐れ知らずに現場を下見している間は、私はほかの俳優たちとともにセダンの中で安全に待つと決めていた。二人は戻ってくると私だけを車から降ろし、「豚の死体があちこちに転がっているよ。」とひそひそ囁いた。
 夏の熱気の中で静かに手を下ろし、「なあに、大したことないさ。ただ、みんなの気が散らないようにするだけだ。そして、慌てないこと。」という彼らの笑みは私をほっとさせてくれた。
 そうだ、しっかりするんだ!と気を落ち着け、私たちは役者を子豚の鳴き声がする養豚場に案内した。すると「かわいい!こんなに近くで見たことない!」と俳優たちは満面の笑みを浮かべ、携帯のカメラを向けて笑いながら壊れてひっくり返った冷蔵庫やさびた有刺鉄線を飛び超えて大小の豚の群れの間ではしゃぎまわった。
 そうして歩いていると、私は誰も気づかない場所に死んだばかりの子豚を見つけた。俳優たちは陽気に歩いていたが、傾いた車とぼうぼうに伸びた草と豚たちに囲まれて私は一人泥に沈んだ豚の亡骸をぼんやり眺めていた。奇跡的に、幸福に満ちた役者たちはこの事態を見ることなしに済んだのだった。
 撮影を開始した際、私は周辺の安全だと思われる場所に行動範囲を制限するよう呼びかけた。幸いにも彼らは私が頼んだ場所の中にとどまり、互いに集まって先ほど撮った写真を見て過ごしてくれた。撮影が始まり一息ついたのもつかの間、突如一人の女優がキャーッと悲鳴を上げたのだ。歯をむき出しにした巨大な豚の骸骨と腐りかけの内臓や骨を横目に、私はてんやわんやでみんなを捕まえたのだった。このような豚の解剖事件とも呼ぶべき出来事の数々は想像にお任せしよう。つがいの豚がすぐ傍で交尾をはじめたこともあり、表面上は「カメラはそのままで――」と繕ったものの、これは笑い声を編集する必要があった。俳優たちが揃って腹を抱えて笑い転げたのだ!
 彼らは陽気で勤勉なプロの役者たちばかりだったので、豚とともに過ごした日々は撮影のなかでもかけがえのない時間となった。彼らは苦しい撮影期間中もずっと笑顔を絶やさないでいてくれた。この環境下でやり遂げたことを誇りに思ってくれているようで、のちにこの養豚場での撮影秘話は彼らの手でフェイスブックやツイッター、インスタグラムを通じて公開されている。おそらくは、喜びとともに。
 映画製作者には、ぜひクリスとマットの以下の対談動画をご覧になってほしい。撮影で慌てないことがいかに重要かについて語られている。(豚の映画を見たい変わり者のあなたは、『Tar Pit』のラストを見ることをお勧めしたい。)
Don’t Panic on the Bridge of the Enterprise (or on an Indie Film Shoot)
http://vimeo.com/113800189
筆者=ロズ・フォスター
プロデューサーに加え、Roots Digital Mediaの出版部門、the Sandra Dijkstra Literary Agencyの仲介者を務める。
早稲田大学文化構想学部
西山 晴菜
参考
http://www.indiewire.com/…/attention-filmmakers-dont-panic-…
『Tar Pit』
https://vimeo.com/ondemand/tarpit


コメントを残す