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2016年11月に開催予定の「第8回京都ヒストリカ国際映画祭」にて、トミー・リー・ジョーンズが監督と主演を務める『ホームズマン』が日本初公開される。『ホームズマン』は、西部開拓時代が舞台となっている。登場人物の1人であるメアリーは、ネブラスカの過酷な生活で精神を病んでしまった3人の主婦を、教会の女性のもとに送り届けようとする。しかし、女性のみの旅には不安があり、共に付き添ってくれる男性が必要であった。そこで、縛り首になりかけていたジョージ・ブリッグスを助け、その代わりにアイオワへの旅に同行してもらう。
その音楽を担当したのは、マルコ・ベルトラミと、バック・サンダースであった。彼らが作り上げたのは、伝統的なオーケストラの音楽ではなかった。映画の絶望的な雰囲気を捉えるために、この映画のためだけに新たな音を作り上げていったのである。監督のトミー・リー・ジョーンズは、映画へのスコアリングをとてもシンプルに表現する。

「その過程とは、レンズが見ているものから音楽を作り上げることなのだ。」

トミー・リー・ジョーンズは、早期の段階から荒涼とした厳しいネブラスカにおける正気を失った3人の女性の物語の音楽について、作曲家と共に考え始めていた。彼は以下のように話している。

「空飛ぶ円盤が墜落して巨大なアリが登場するときに流れるような「狂った」音楽を求めていたわけでなかった。印象的な音楽ではなく、オリジナル性のある音楽が欲しかったのだ。その地域を反映した、その地域の音である。お互いにその映画の音をどのようにすべきなのかを分かっていた。それを見つけ出さなければならなかった。」

トミー・リー・ジョーンズは、常に広い範囲で音楽の指示をした。

「気取らないが、狂気に囲まれたような音楽が欲しいんだ。」

作曲家の1人であるバック・サンダースは、このような音楽に対する指示は、音楽制作の自由の幅を許容してくれるのだと語る。

「このようなコメントをもらったら、そのことを考え続けることができます。彼が考えていないことであっても、すぐさま彼に自分の考えを知らせることができるのです。だからこれは、本当に夢の仕事です。芸術的な自由を与えてくれる監督と仕事ができるのですから。」

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バック・サンダースとマルコ・ベルトラミは、最初に映画のセットからインスピレーションを得た。そこには、音楽の本質の部分が宿っている。マルコ・ベルトラミは次のように話す。

「登場する多くの女性にとって、風が要因となるのです。大抵の場合、皆がそこにいるのです。風は、人々を狂わせます。加えて、風は、その病とすべての苦難となるのです。私たちは、「どのように、それを表現するのか」を考えました。バック・サンダースが最初に思い浮かべたことの1つは、エオリアン・ハープ(自然の風によって音を奏でることのできる弦楽器)を試してみることでした。その楽器は、基本的に木で作られている表面に弦が付いています。風と共に鳴り響きます。奏でていると、トミーがやって来ました。とても風の強い日で、吹き飛ばされそうになりました。彼は、まったく空気から音楽を聴いているようだなと言ったと思います。言い得て妙でした。」

マルコ・ベルトラミのマリブスタジオは、サンタモニカ山脈の高い場所にあり、太平洋を見渡すことができる。そこで、マルコ・ベルトラミとバック・サンダースは、『ワールド・ウォーZ』や、『3時10分、決断のとき』、そして、トミー・リー・ジョーンズが監督した過去の2作品(『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』、『The Sunset Limited』)の音楽を創作した。バック・サンダースは、エオリアン・ハープを作り上げることに対して、責任を持っていた。
そして、2人の作曲家によって完成したのは、半分がエオリアン・ウィンド・ハープであり、半分がピアノの楽器であった。それは「貯水タンクオルガン」とでも呼ぶべき楽器であった。古いアップライトピアノ、数百フィートの長さのピアノのワイヤー、貯水タンクを使っている。ピアノから貯水タンクに伸びているワイヤーは、ピアノのキーによって発生する音波を伝える。さらに、その楽器は、直接ワイヤーを打ち、また曲げることで演奏することが可能であった。風に反応し、それ自体が陰鬱な音楽を奏でる。
バック・サンダースは、その音の制作について説明する。

「これがエオリアン・ウィンド・ピアノ(ハープ)です。ピアノの調律師が地下のようなところから見つけ出した古いアップライトピアノです。彼は喜んで贈与してくれました。それを10フィートの高さの鉄でできた貯蔵設備の上に置きました。トラクターのシャベルにそれを置き、持ち上げて降ろしました。そして、ワイヤーでピアノを固定しました。8台のピアノをピアノの響板から垂直になるようにワイヤーで結んでもらいました。私たちは、風を捉えるために、2つの大きな金属でできた水の貯蔵タンクへと、175フィートの丘を駆け上がりました。」

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水の貯蔵タンクへとワイヤーを繋げた際に、この映画を表現するための1つの音ができたのである。
バック・サンダースは続けて話している。

「水のタンクへと耳を澄ますと、その場所で鳴り響いているのを聞くことができます。しばしば本当に強く反響しています。その音を得られるかどうかは確かなことではありませんでした。それは実験であったからです。仕事の上で楽しい日でした。しかし、結果的に、美しい音となったのです。透き通るような音です。」

その音は、登場人物の不安定さを表現しているともいえるであろう。
2人の作曲家たちは、映画の環境を捉えるためにそれに加えて伝統的な楽器を使おうとした。小編成の弦楽器によるアンサンブルであったが、彼らは野外で録音を行った。
マルコ・ベルトラミを以下のように語る。

「それは、とても簡素な環境です。19世紀半ばに、平野へとやって来た開拓移民の環境です。私たちは、暖かい部屋で、多くの反響を伴うレコーディングに慣れてしまっています。美しく作り上げられ、そして、すべてが素晴らしい音になります。しかし、それは、映画のセットの環境ではないのです。」

映画内のあるシーンにおいて、ヒラリー・スワンク演じるメアリーは、東部へと女性たちを運ぶ役割を引き受けるが、しかし、迷ってしまい、結果として発狂してしまいそうになる。マルコ・ベルトラミは、そのシーンを例に挙げ、野外でレコーディングした音楽の効果について話している。

「彼女は堂々巡りをします。ここのシーンでは、一般的に音を録音する暖かい環境であるべきではないと考えました。音が空気の中へと消えていく方法が可能であるならば、素晴らしいことです。」

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現在の映画音楽には、互いに似通った音楽が作り上げられてしまうという問題が挙げられる。それは、コンピュータ上で、容易に音楽を扱うことができ、他の作曲家の音楽の真似ができるようになったことも要因であると考えられる。『ホームズマン』の音楽は、その傾向に抗うかのように、自身たちの手で楽器を製作し、室内だけでなく、野外での録音も行っている。
そのことについて、バック・サンダースは語っている。

「このスコアの素晴らしいことは、私たちが持つ感触の体験ができることです。楽器を作り上げ、野外で作業をしました。フィルムスコアリングは、コンピュータ中心の作業となっているからです。多くの提示するものは、完成させてもらったサンプルを使用しなければなりません。しかし、本当に重要なこととは、楽器を作り上げ、野外で録音するといった身体的な経験をすることであると思うのです。そのことは、感動させ、自分の中にあると思わせる音楽との強固な繋がりを創り上げるのです。」

同様のことについて、マルコ・ベルトラミも続けて話す。

「音楽の中に楽しさという本質を保ちたかったのです。もし、コンピュータのキーボードを叩くことに疑問を抱いているならば、そのことが古くなったからです。新たなものを考え出すために、楽しさと活気を保っていかなければならないのです。ここで、探求という由緒ある伝統に沿って、(音楽の制作を)続けていかなければならないと思います。」

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マルコ・ベルトラミは、西部劇というジャンルを好み、進んで仕事を引き受けている。イェール大学の音楽学校において作曲科の学位を取得後、彼を映画の仕事へと導いたものの1つは、エンニオ・モリコーネ作曲の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』のスコアであった。エンニオ・モリコーネは、セルジオ・レオーネ監督作を始めとする西部劇の音楽を担当している。そして、そこには、実験的ともいえる音楽も含んでいた。『ホームズマン』の音楽が、エンニオ・モリコーネが作り上げたような実験的な音楽を想起させる理由の1つは、ここにあるのではないであろうか。

マルコ・ベルトラミは、トミー・リー・ジョーンズとの仕事で最も良かったことは、作曲家に余裕を持たせてくれたことであると語る。彼によれば、トミー・リー・ジョーンズは、音楽の指示をする際には、既存のスコアによるテンプトラック(テンプミュージック)を使用せずに、自分や、映画にとって望む音楽を伝えた上で、作曲家に音楽制作の中心を任せた。
さらに、トミー・リー・ジョーンズはマルコ・ベルトラミとの仕事について語る。

「創作の自由、オリジナリティへの機会は、マルコに与えなければならなかった。それは、彼が、(他の仕事で)いつも許容されていることではないのだ。そして、それは本当に私たちの仕事の関係における基本である。」

『ホームズマン』の音楽制作についての動画です。エオリアン・ウィンド・ピアノ(ハープ)の姿とその音色、野外での録音風景などをご視聴いただけます。

参考URL:

http://www.npr.org/2014/11/22/365691849/in-the-homesman-wind-is-the-sound-of-insanity

http://www.hitfix.com/in-contention/composer-marco-beltrami-on-crafting-another-western-score-for-tommy-lee-jones-the-homesman

http://www.indiewire.com/2014/11/how-to-make-a-gorgeous-western-lenser-prieto-and-composer-beltrami-on-the-homesman-189967/

http://www.malibusurfsidenews.com/marco-beltrami-delves-details-film-compositions-during-first-salon-series-2015

http://www.btlnews.com/awards/contender-composer-marco-beltrami-the-homesman/

http://www.historica-kyoto.com/films/special/the-homesman/

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


2 Comments
  1. 昨日、HOMESMANを文博で見せていただきました。
    あの不思議なピアノ音が何なのかずっと気になっていて、映画後のトークでトミーリー・ジョーンズ氏が丁寧にアップライトピアノと風を捉える方法について話されたので、この記事を見つけました。
    なるほど、と納得がいきました!

    • 先日のトークへ行くことができませんでしたので、このようなコメントを頂きまして、ありがたく思っております。
      また、少しでも記事がお役に立つことができたのでしたら、とてもうれしいです。

      この映画のために作られた楽器の音色ゆえに、それはこの映画でしか聞けず、オリジナリティとなっておりますが、新たな創作へ寛容なトミー・リー・ジョーンズ監督との仕事でなければ、これほど自由な発想やアイデアは実現に至らなかったのではないかと思っております。

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