皆さんはロバート・イェーマン(#1)という撮影監督をご存知でしょうか?
 1951年、アメリカ・フィラデルフィア生まれのイェーマンは、80年代からカメラマン、撮影監督としてのキャリアを開始、これまでに50本近い作品を手掛けてきています。代表的な作品には『ドラッグストア・カウボーイ』(ガス・ヴァン・サント)、『イカとクジラ』(ノア・バームバック)、『ローラーガールズ・ダイアリー』(ドリュー・バリモア)、『ブライズメイズ』(ポール・フェイグ)などがありますが、多くの人は彼の名前をウェス・アンダーソンの作品によって記憶しているのではないでしょうか。イェーマンは『ファンタスティック Mr. FOX』を除く全てのウェス・アンダーソンの作品で撮影監督を務めてきた人物です。
 今回はIndiewireに掲載されたイェーマンの最新インタヴュー(#2)から一部を抜粋してご紹介したいと思います。
・ウェス・アンダーソンと撮影前に行うリサーチ、準備
「ウェスの作品は入念な調査と計画のもと作られていきます。(『グランド・ブタペスト・ホテル』では)私が渡欧するまでにウェスが膨大な調査を行い、中欧を旅行してホテルを探していました。その後私の起用が決まると私は彼の住むパリへ飛び、まずは数日間ぶらぶらして過ごし、彼から古いホテルのヴィジュアル的な資料や1930年代の写真をたくさん見せてもらったんです。それから彼と一緒に列車でプラハへ向い、また数日間をそこで過ごして中欧の文化や美学にどっぷり浸かりました。興味深いのは、プラハは美しい都市ですが、共産主義政権の時代にたくさんの美しい建物が塗り替えられたり漆喰でふさがれたんですね。彼らは全てをゼロに戻したかったんでしょうか。だからプラハには一度古い技巧がはがされる過程を経て、かつての壮観を取り戻すために再度修復された建物が並んでいます」
「私たちは撮影を予定している全てのロケ地へ行って、どのように撮影していくか、さまざまなアイデアを突き合わせて、本当に何度も話し合います。ウェスはエルンスト・ルビッチのコメディを始めとするたくさんの作品が収められたビデオライブラリーを持っていて、そのライブラリーは全てのキャストやスタッフに開かれています。視覚的な資料となる本もたくさんあって、そうした本やDVDを見ることでウェスが視覚的に求めるものを全員で共有することができるんです。ロケ地を選ぶとすぐにウェスはアニマティックと呼ばれるもの――手描きのフィギュアを使ったちょっとしたアニメーションを作ります。彼は全てのキャラクターの声も演じ分けているんですよ。それも誰もが見ることができるので、全員がその映画をどう作っていけばいいのか良いアイデアを得ることかできるんです」
・『グランド・ブタペスト・ホテル』のアスペクト比について
「アスペクト比を変えるのはウェスのアイデアで、私たちはその変化によって各時代を表現したかったんです。1930年代の部分は、当時撮られた映画の基本的なサイズであるアカデミー1.37(スタンダード)で撮影しました。60年代のパートは比率2.40(シネマスコープ)のアナモフィック・レンズを使って撮りました。それは60年代の多くの映画がスコープで撮られたことに起因しています。私が思うに、テレビの台頭に反応したスタジオがワイドスクリーンでたくさんの作品を作ることで、人々に映画を観に行くことが支出に見合うだけの価値を持つように思わせようとしたのではないでしょうか。それから70年代、80年代は今日の映画の標準的なフォーマットとも言える1.85(アメリカン・ヴィスタ)ですね。ウェスはその時代のフォーマットで撮影することで、それぞれのフォーマットの中にあるショットを差異化して見せることができると考えていました。私もそうすることで視覚的にそれぞれの時代を捉えやすくなり、より時代の空気を感じやすくなると思います」
・『グランド・ブタペスト・ホテル』の撮影について
「ホテルのロビーとして使用したのはドイツのゲルリッツにあるデパートのような建物でした。その建物は今空ビルになっていて、美しい天窓がありました。ウェスはもし実際に営業中のホテルを使えば、自分たちが望むやり方で撮影することが難しくなることがわかっていました。それでそのかつてデパートだった建物を見つけて来たのです。そうしてそのデパートのロビーがグランド・ブタペスト・ホテルのロビーとなり、60年代のパートではプロダクションデザイナーのアダム・ストックハウゼンが巨大な吊天井を造り、蛍光天井灯をつけました。当時の共産主義政権下では、美しい照明は取り外され、蛍光灯が取り付けられるということが度々あったんです。一方で30年代のシーンを撮影する時は、もっとロマンチックな時代ですから、偽の天井を剥がし、天窓から光を入れて柔らかな雰囲気を出すようにしました。さらに背景でもたくさんの照明を使って温かく見せたので、その場所が持つ空気、そこへ行きたくなるような幸せな雰囲気が良く出せたと思います」
「撮影中に一番問題となったのは、日照時間でした。1月にドイツ東部で撮影を行ったのですが、空が暗くて気温も低い。窓から光が差すのは朝の8時半から午後3時30分~4時の間だけだったので1日の撮影時間が限られてしまいました。撮影する量を減らせばいいのですが、ウェスはたくさんのカットを撮りためることを好みます。それで日のある間に必要なショットを撮り切るために日中はてんやわんやでしたよ。屋内のロケ地の多く、たとえば監獄、ホテルのロビーになったデパート、F・マーレイ・アブラハムとジュード・ロウが知り合うスパなどは上に大きな天窓があったのですが、午後になると十分な光量が得られなくなります。なので、私たちは天窓を改造しなければなりませんでした。3箇所のロケ地でその作業を行うのは至難の業でした」
・ウェス・アンダーソンとのこれまでの仕事を振り返って
「初めのうち、特に『アンソニーのハッピー・モーテル』の時は彼にとって初めての長編監督作だったので、ある側面ではかなり私を頼りにしていたところがありました。私は彼と出会う前に多くの経験があったので、指導者的な役割を多少担っていたと思います。でもウェスは飲み込みが早く、ものすごく知的な監督なので、『天才マックスの世界』や『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』を作る時には我々が何を必要としているか、すぐに気づくようになっていました。私に頼る分野も減り、協力者的な立場で一緒に仕事をすることができるようになり、私自身も彼が物事をどのように撮りたがっているのかを予測できるようになっていきました。今では一緒にロケーションに向かい、ロケ地を歩いて回りますが、時々ウェスがどのように撮ればいいか決めかねる場合もあります。そういう時は私がいくつかのアイデアを投げかけて、彼がそれを受け入れたり、あるいは“いや、僕はそういうことをやりたいわけじゃない”と言ったりするわけです。最近では、彼は照明の分野にもより関わってくるようになりました。私が照明に関する計画を話すと、彼が“何故これを試してみようと思わないんだ?”という感じでアイデアを出してくることもあります。ふたりの間にはそうした持ちつ持たれつの関係がありますね。そして彼の全作品において私が常に担っているのがカメラの操作ですが、移動撮影をうまくやるために非常に特殊な方法をとっているんです。そうした仕事も協力して非常にうまくやれています」
黒岩幹子
#1
http://www.imdb.com/name/nm0005934/
#2
http://www.indiewire.com/…/wes-andersons-dp-robert-yeoman-o…


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